第13話 不死鳥の涙(リーナ視点)

◇ 南の森 ◇


 若葉があざやかにかがやき、木々の隙間すきまから陽射ひざしが差し込んでいる。


 まわりには人どころか、魔物の気配けはいすら感じられず、静寂せいじゃくが広がっていた。


 私は初めて軍部の規律きりつそむいた。


 それが正しいことで、必要なことだと信じていたからだ。


 全てはジン隊長の無念むねんらすためである。


 しかし、フレイの方が一枚も二枚も上手だった。


 ジン隊長や私の方が正しいはずなのに、結局フレイを処罰しょばつするまでにはいたらなかった。


 尊敬する彼の願いをどうにかかなえてあげたかったのに…。


 感情がたかぶり、涙がほほを伝って流れ落ちた。


 くやしかったし、悲しかった。


 ジン隊長に良い報告ができなくなってしまったことが、とても悲しかった。


 かつての仲間から受けた傷は深く、出血は想像以上に酷かった。すぐに治療しなければ命に関わるレベルだ。


(危険な状態だわ。街に治療にいかないと…。)


 そう思って立ち上がろうとした時だった。


「あっ…やばい…。」


 視界が歪んでその場に倒れ込む。


 血の気がせて立ち上がることすらままならなかった…。


 私には治療するために、街へ行く余裕よゆうすら無くなってしまったらしい。


 私は絶望ぜつぼうした。


 森にたった一人きり。私に手を差し伸べてくれる人なんているはずもない。


 死が目前に迫っていることをとうとう実感したのだ。


 ジン隊長は、どう思ってくれるだろうか?


 私を責めるだろうか?


 それとも許してくれるだろうか?


「会いたいよ!もう一度会いたいよ、ジン隊長!」


 私は、最後の力を振りしぼって『再現の瞳』の保存映像を起動した。


 ジン隊長が執務室で書類仕事に追われている姿を見つめながら、再び泣いた。


 フレイが現れると、すぐに最初からやり直しては、隊長の姿を見入っていた。


 何度も繰り返しているうちに、ついに魔力がきてしまう…。


 手は冷え切ってしまい、感覚もなくなっていた。


 私は、朦朧もうろうとする意識の中で、ジン隊長への想いが尊敬そんけいだけではなかったことにようやく気づいたのであった…。


(ジン隊長…今すぐ会いに行きます。待っていてください…。)


 死を覚悟かくごした時、服のポケットから強い光が放たれているのに気がついた。


 力なく手に取り出したのは、真っ赤な小石だった…。


(そうだ、思い出したわ…。)

 


《 今より一週間前 》


 ジン隊長が私を飲みに誘ってくれた時のことだった。


「リーナ、これは神が必要な者に、必要な時に与えると言われているものだ。父から受け継いだものだが、俺には家族も友人もいない。そして、この石は二つある。そこで、一つをお前に渡そう。」


「何故こんな大切なものを私に?」


「何でかな…。この石がリーナを選んでくれたんだと思うんだ。『不死鳥フェニックスなみだ』と呼ばれているそうだが、死によって望みが絶たれそうになった時に、異世界から助けが来ると言われている。」


「『不死鳥の涙』…。」


「ああ。父の言葉をそのまま伝えただけで、詳しいことは俺にも分からない。父はお守りだと言っていた。身につけておくといい。」


「ジン隊長、ありがとう!」


 ◇ ◇ ◇


「ああ。良かった。思い出せた…。」


 お酒にかなり弱い私は、あの夜の出来事をすっかりと忘れてしまっていた。


 しかし今、ようやくその時の具体的な内容が、霧が晴れるようにはっきりと思い出せたのだった。


「きれいな光…ジン隊長…『不死鳥の涙』ありがとう…。」


 魔剣士リーナの意識は、ここで途切れた。


『不死鳥の涙』は、彼女が息を引き取った後も輝き続けていたのであった…。

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