ギフママ! ーギフテッドと揄怪な大人たちー

ハナズオウ 真希

第1話 うちの子ギフテッドでした!なギフママ(ギフテッドのママ)

❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁

☆やブクマ等の応援していただけますと、とても嬉しいです!

よろしくお願い申し上げます🙇‍♀️

❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁ 



プロローグ


【ギフママ】

意味:ギフテッドである子どもを育てる母親(ママ)。


【ギフテッド】

意味:同世代の平均よりも、

一つまたは複数の特定分野について、

優秀なパフォーマンスができる才能を持つ子ども

(ただしこのギフテッドの定義は、アンメリー合衆国のNAGKが定義したものである)。

  


日本国内ではギフテッドについて公的に定義されていない。

また、医学的にも定義されておらず、ギフテッドと診断されることはない。

日本ではIQ130を超えればギフテッドであるとのネット情報があるが、根拠は不明である。


海外でギフテッドと認定されていないにも関わらず、日本国内でギフテッドやギフママと名乗る人々は全て自称と考えられる。




第一章 うちの子ギフテッドでした!なギフママ


ゆーまま⭐︎ @IQgifted_mom 13:30 2022/10/21

「息子がギフテッドでした! IQ130超え!」 

「息子が変わり者なのは高IQのせいだったのか!でもなぜか納得w」

「イライラして暴れていたのも、ギフ児だからなんだ。早く気付けなくてごめんね」


SNSのツミッタで、さっき作ったばかりの私のアカウント。

私は初めて息子について投稿。

ツミッタは短文を中心に投稿できる大手SNSサービスで、気軽に投稿できるところが良い。

すぐにピコンとスマホに通知が来た。

 

ミネルヴァ @giftedgirllove 13:35 2022/10/21

「高IQのギフテッドはエネルギー消耗が激しいので、癇癪を起こすのはギフテッドあるあるですよ⭐︎ご心配なさらず!」


♪まき♪不登校を楽しむ親子 @BIGbrave 13:36 2022/10/21

「分かります!私もすぐキレる子どもに怒ってばかりでしたが、まさにギフテッド特性ですよね」


アヤカ&脳デカ凹凸子 @AYA&IQ133 13:36 2022/10/21

「そうですよね、こういうギフテッドの特徴ってなかなか気付けないし、周りにも理解してもらえなくて悲しい」


初めての投稿に、次々とイイネとコメントがつく。

やっと悩みを分かち合える人に出会え、私の子育てと苦しみを初めて肯定された気分になった。

疲れでやつれた頬に温かな涙が伝う。

一度涙が出ると、止まらなくなってしまい、そのまま私はボタボタと涙を溢しながら、歯を食いしばり、ううーと唸るように泣いた。

どんなに苦しい時も、私はずっとずっと一人ぼっちだったけれど、もう孤独ではないのだ。



思い返せば、息子のユウマは幼児の頃から手が出る子だった。

気に入らなければ噛みついたり、引っ掻いたり。

ガリガリと爪先に力を入れて引っ掻くので、引っ掻かれたところは抉(えぐ)れて、皮膚の下の肉から血が滲むのが見えた。

でも、保育園の先生はユウマが人に怪我をさせたというようなことは一切言わなかったのだ。

先生は


「ユウマ君は体が大きくてしっかりしていますね。元気いっぱいで、いつも走り回っていますよ。可愛いですね」


と、いつもユウマを褒めてくれた。

だから、ユウマが乱暴なことをするのは家の中だけで、甘えているのだと思っていた。

しかし、ユウマが小学校に入ると、連日のように学校の担任から電話が。

ユウマがお友達を叩いた、引っ掻いた、怪我をさせた。そんな話ばかり。


そして、事件はユウマが一年生の二学期に起きた。

ユウマがクラスメイトの女の子の顔を深く抉るように引っ掻いたのだ。

傷はおでこの右上から鼻の頭に届くほど大きく、目も怪我をしているかもしれないと、女の子はすぐに病院へ。

学校から事件の連絡が私の職場に来たとき、私は人生で初めて、目の前が真っ暗になるという感覚を知った。

衝撃と信じられない気持ちで、全ての感覚が閉じられてしまったかのようだった。

 

「まさかそんなこと」

「きっとユウマにも事情があったに違いない」

「他の誰かとユウマを間違ってるんだろう」

 

私は着の身着のまま、ヨレヨレのポロシャツにジーンズ姿で、中途半端に伸びた髪を振り乱し、学校へ自転車を漕いだ。

昼間のガラ空きの車道。

学校へ向かう間ずっと、何かの間違いであってほしいと願った。




学校に着くと話を聞き、癇癪(かんしゃく)を起こしているユウマを落ち着かせ、一日バタバタ。

夕方には、私は近くのケーキ屋で買った菓子折りを持って、一人で道を歩いていた。

菓子折りを持っているのは、今から怪我をした女の子の家までお詫びに行くからだ。


学校からの説明では、ユウマが女の子を引っ掻く瞬間をクラス担任が目撃しており、犯人はユウマに間違いなかった。

ただし、先生の話によると、ユウマが引っ掻くだけの事情があった。

中間休み、ユウマがトイレに行っている間、女の子が勝手に息子の席に座ったらしい。

ユウマが教室に戻り、女の子が勝手に自分の席に座っていることに気付いて、息子は女の子の横に立って

 「うざ」

と言ったらしい。


女の子はユウマの席から立ったが、

 「は?お前がな」

と言い返したようで、周りにいた女の子の友達も一緒になって、何やら文句を言ったらしい。

 「俺の席にお前が勝手に座ったんだろ!」

ユウマは突如怒り出し、次の瞬間には女の子の顔面を引っ掻いていたとのことだった。


担任から話を聞いて、私の胸には驚きと怒りが同時に渦巻いた。

ユウマがたったそれだけのことで、大怪我をさせるだなんて信じられなかったし、乱暴な言葉遣いをすることも知らなかった。

でも、なぜ女の子は勝手にユウマの席に座ったのに口答えをしたのか。

女子達が徒党を組んでユウマに文句を言わなければ、ユウマは引っ掻かなかったのではないか。

そして、担任は見ていたにも関わらず、なぜ怪我になるまで放置していたのか。

私はジリジリと足の指先が焦げるような苛立ちを感じた。

大変なことになった。

ユウマだけが悪いわけではないのに。

私は息子だけが悪者になっていることに納得ができなかった。

謝罪に向かう今も、納得はできていない。

 

ああ、女の子が勝手にユウマの席に座ってさえなければ。

事の発端は女の子なのに。


私は女の子の家へ謝罪に向かう道すがら、女の子にも非があったところを数えた。

女の子の非を数えるごとに、日はどんどん暮れていき、女の子の家は近づいた。


怪我をした女の子の家の前に着くと、家は二階建ての小さなアパートだった。

築四十年は経っていそうなボロ屋。

屋根はトタンではないかと疑いたくなる。

このアパートの周辺の地域は古い家が多く、ジメジメと陰気なので、普段は通ることはない。

肌で所得の低さを感じる。

私の新築の家は、もう少し小高い場所の、もっと落ち着いたエリアにある。

注文住宅で、家の外観は和モダンをテーマに庭の植木にまでこだわった。

嫌だわ、こういう地域に住む人ってガラが悪いのよね。

あーあ、なんて運が悪い。



女の子の家の呼び鈴を押すと、金髪の小柄な母親が玄関のドアを開けた。

金髪は傷み、根元は黒くなっていて、細やかな気遣いに欠けていることが見て取れる。

怪我をした女の子は、これ見よがしに顔に大きなテープを貼って出てきた。

玄関は予想通り、靴が散乱し、シューズボックスの上には山のように手紙やチラシが放置され、玄関自体がゴミ箱のようだった。

私の視線を察したのだろうか、母親は言いにくそうに


「困ります」


と小さくモジモジと言う。

困るのは怪我?それとも散らかってるのを見られることかしら?

すると、父親が奥から出てきた。


「いやー、こういうの困るよね。女の顔に傷をつけるなんて、信じられないなー!」


女の子の父親はネチネチとした口調で文句を言い始めた。

父親は年甲斐もなく明るい茶色に髪を染め、肌もわざわざ焼いているような不自然な黒さだった。

顔が赤くなっているが、どうやら飲酒しているようだ。

モンペに捕まってしまった、と絶望的な気持ちになった。


「あのさ、聞いてんの?」


父親は俯く私に苛立った声を上げた。

父親がため息混じりに髪を掻き上げると、手首についている数珠がジャラジャラと音を立てた。

法事用でもなく、ファッションで身に付ける数珠。

センスもなければ、知性も感じない。

子どもの怪我さえなければ、絶対に関わらなかったであろう底辺の人。

いつまでも自分は若いと勘違いしているイタい人。

ふん、あなたの子どもだって、ユウマに勝手なことしてたくせに。


「本当にこの度はすみませんでした」


私は(結果的に怪我をさせてしまったことは謝っておくわ)と心の中で呟きながら頭を下げた。

頭を下げると砂が上がったままの玄関の床が目に入る。

ユウマを連れて来なかったのは正解だったと思った。

こんな底辺の人間に謝らせるなんて、そんな可哀想なことをユウマにさせるものか。

この父親は自分の娘にも非があったなんて考えてもいないのだろう。


「どういう躾してんのかな、と俺は思うわけですよー」


私を玄関に立たせたまま、父親は玄関に胡座をかく。


「すみません。今までお友達に怪我をさせた話は聞いたことがなくて、私もびっくりしています」


「は?アンタ、子どものこと把握してないの?」


ああ、父親がこんな言葉遣いだから女の子も口が悪いのか。

父親の喧嘩腰の言葉遣いを聞いて私は納得をする。


「すみません、ちゃんと言って聞かせます」


「お宅の子ども、保育園出身だとか。あんまり子どもをほったらかしにするのはどうなんだろうね?うちは幼稚園行かせてるから問題なんて起こさないよ」


上から目線で話す父親に、私は怒りが爆発しそうになる。

こんな小屋のような家に住んでいながら偉そうに!

ロクでもない底辺親に育てられて、口の悪い女の子が育つくらいなら、保育園に入れた方がよっぽど良い選択だ。

私は靴の中でギュッと足の指を丸めるように力を入れて堪える。


「本当にすみませんでした」


私はもう一度頭を下げる。

父親はため息をつき、まだ文句を垂れる。


「あのね、こんな怪我させるような問題起こすなんて、愛情不足なんじゃない?」


愛情不足。

私は予想もしていなかった言葉に一瞬、脳みそが停止する。

いやいや、元はと言えば、あんたの子どもが先にいらないことしたんじゃない! 私は言い返したい気持ちを押し殺し、グッと奥歯を噛み締める。

こめかみの筋肉が軽く痙攣する。


怪我さえなければ。

怪我さえなければ。

悪者はそっちだったのに。




結局、私は合計一時間も謝り続け、最後には二度とユウマが女の子に近づかないように約束をさせられた。

約束などしなくても、こっちだってあんな底辺家庭の子どもと仲良くしたなんて思わない。

憤懣(ふんまん)遣る方なく、帰りは一人、暗い夜道を歩いた。


「その茶髪、白髪が隠せていませんよ」

「あら今からお葬式ですか? それにしては安っぽい数珠ですね」


仕返しに、あの父親に何か言ってやれば良かったと、嫌味を次々と考えたが、胸の底に溜まったような、ズンと重い怒りと憂鬱は少しも軽くならなかった。

ユウマが引っ掻くのは知っていた。

ただ外でも引っ掻くなんて知らなかっただけ。

フルタイムで働いているけど、ユウマに寂しい思いをさせたつもりはない。

土日はしっかり一緒に過ごして、お迎えだって遅れたことはない。

仕事と育児を両立したからこそ、あんなボロ屋の賃貸になんか住まなくていいし、落ち着いた環境を用意できた。これが愛でなくてなんだというのか。


「そもそも保育園の先生がちゃんとユウマを見ていてくれたら、ユウマはこんな事件を起こさなかったんじゃないか」


ふとそんな考えが頭に浮かんだ。

保育士は親代わりに子どもを育てているのだから、もっとしっかりしてもらわなくては困るじゃないか。


「やっぱり子どもと遊ぶだけでお金をもらえるような保育士なんか、信用しちゃだめだったんだわ!」


今度は保育園への不満を数えた。

保育園の至らない所を挙げるたびに、歩調はどんどん早くなり、周りの景色もどんどん流れた。

このまま今日の記憶も流れて消えればいいと思った。




私は、何も悪くない。






「お子さん、IQが高いですね」

心理士の言葉に

「へえ?」

私は間の抜けた返事をしてしまう。


引っ掻き事件の後、ユウマは担任やスクールカウンセラーの面談を経て、発達検査を受けることになった。


「ユウマに発達障害があるっていうんですか? 前の引っ掻いた件のせいですか?」


私は最初、担任から発達検査を勧められた時、なぜ引っ掻いたくらいでそんなに大事にするのか理解できなかった。

担任もあの女の子の親も、ユウマを問題児扱いしたいのか。

私は腹を立てたが、担任は何度も何度も発達検査をしつこく勧めてきた。

延々と検査を勧められるうちに、私も不安になり、とりあえずユウマに検査を受けさせることにした。

その結果、ユウマが高IQだと判明したのだ。


子育てセンターの面談室で、神経質そうな顔をした男性の心理士が知能検査の結果を話す。


 「今回の知能テストはWiskitというテストで、ユウマくんはFSIQ136です。非常に高い数字で、IQの数値だけでいうと、海外ではギフテッドプログラムという天才児教育を受けられる水準です」


「ギフテッド?」


私は聞きなれない言葉を聞き返す。


「海外ではIQが高く、何か突出したものを持つ子どもに、特別に教育をするシステムがあります。知能に凸凹が激しいと困り感を持ちやすい面についても支援がされます。これらの教育やしえんを受ける子どもを海外では…」


心理士は手元の資料を見ながら、お経を唱えるように一本調子で話しているが、私は途中から心理士の話より、喜びで早まる自分の鼓動の音を聞いていた。

ユウマが高IQ!ギフテッド!

ああ、なんてこと! ユウマは問題児ではなくギフテッドだった!

急に暗闇に光が差した気がした。

心理士はそんな私の方を見ることもなく、変わらぬ調子で話し続ける。

 

「ただし、日本にはギフテッドプログラムはないので、ユウマくんには良い環境を用意してあげてください。検査ではADHDとASDの疑いも見つかりました。病院を紹介しますので受診なさってください」


私は溢れる喜びで、椅子から身を乗り出すように心理士に確認した。


 「ユウマはギフテッドなんですね? 発達障害じゃないんですよね?」


心理士は手元の資料をまとめながら答える。


 「発達障害の診断は医師がします。詳しくは医師に聞いてください」


では次の面談がありますので、と心理士は席を立った。

私はそうですかとか何とか、気もそぞろに返事をして、心理士と一緒に部屋を出た。


ユウマがギフテッドだという事実にまだ胸がドキドキしている。

感激と驚きで手が震えた。

帰り道にスマホで「ギフテッド」を検索すると、ギフテッドに関するサイトが山ほど出てきた。

ユウマに当てはまる特長が並び、中にはギフテッド特性と呼ばれるギフテッド特有の言動で、発達障害と誤診されるという情報もあった。

そうだ、ユウマは高IQでギフテッドなのに発達障害なわけがない。

受診をして発達障害やら難癖つけられてたまるものか。

ギフテッドであるユウマを守れるのは、私しかいないのだ!


子育てセンターからの帰り道は今までよりも一層、世界が明るくて、温かくて、鮮やかな気がした。

何度もギフテッドと心の中で唱えた。

担任もあの女の子も、女の子の親もざまあみろ。



あんたたちが問題児扱いしていたユウマは、ギフテッドよ! 



❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁

☆やブクマ等の応援していただけますと、とても嬉しいです!

よろしくお願い申し上げます🙇‍♀️

❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る