12:コロシアムの裏側とその後の裏ダンジョンにて

 倒れ伏すスキンヘッドを見下ろし、俺は、大歓声の真っただ中で、深く深く、息を吐いた。


 ――あっぶねえええっ!

 なんだこいつの展開力!? 普通に負けそうになったんだけど!?


 矢の弾幕で押し切れると思っていた。それをまさか【聖域魔法ホーリーサークル】で完全に無効化するなんて、聞いてない。ダンジョンじゃあり得ない現象だった。

 タイラントマンティスの飛刃をあんなもので防げるなら、どれほど楽に探索できるだろうな……。


 それでも牽制で矢を放ち続けた。てか、武器、弓矢しか持ってきてないから、それしかできることなかったんだけどな……! そのうち【反応爆炎弾クレイモア】なんて、ダンジョンじゃ絶対に使わない魔法まで駆使して、それがまあ有効に、俺の行く手を阻んでくれたもんだ!

 魔法の使用回数は限られている。【罠を張る魔法】なんて、モンスターが罠に引っかかってくれなきゃ無駄撃ちのリスクがある。まずダンジョンに持ち込むことはない。


 ダンジョン冒険者と、バトル冒険者の立ち回りに、ここまで差があるとは、思いもよらなかった。

 俺も、せめてこの状況を打破できる魔法とスキルを持ち合わせてればよかったんだが……。


 セットしてきてないんだよね……。

 魔法もスキルも、何一つ持ち合わせていなかった。

 いやだって……そっちの方が、勝った時、カッコイイじゃん?


 だけど一方で「舐めプして負けました」は、死ぬほど恥ずいぞ!?

 しかもこんなに観客がいて、ネット配信までされて、こんなに追い詰められて……マズくね?


 ……と、思っていたら、なぜかスキンヘッドはなかなか次の一手を出しあぐねていた。

 まさか、この状況からでも出し抜ける策が俺にはあると思ってくれているのか? それを警戒しているのか?

 それ、買い被りだぞ?

 俺、スキルも魔法もなくて、絶体絶命だぞ?


「ちっ、次に【聖域魔法ホーリーサークル】を張る時が貴様の最後だぜ! カズキくんよぉ!」


 え、マジ? 張り直す猶予くれるんか?

 だとしたら……イケる。奴のバリアが解けて、張り直されるまでの一瞬があれば、奴の首に手が届く……!

 同じ魔法は必ず、一度使い切らないと展開することはできない。だからスキンヘッドの【聖域魔法ホーリーサークル】のバリアは、必ずクールタイムを必要とするのだ。

 ただし相手は、そうとう冒険者バトルをやり込んでる。クールタイムはごくごく短いだろう。


 ──それが、今ッ!


「ダンジョンマジック発動【聖域魔ホーリーサー……】!?」


 めちゃくちゃ早口で呪文スペルを唱えるスキンヘッド。俺ももう、矢を放つ素振りすらしないものだから、その場にベタ足で立ち止まって、なんとも、無防備なものだ。


 悪いが、お前の早口よりも……!

 俺の縮地・・のほうが速いっ!


 一足飛びで、最大加速で、最短距離!

 勝利を確信したスキンヘッドのニヤケ面が眼前まで迫る。

 そのままスピードを殺さず、奴のがら空きの首筋を、左右から同時にぶん殴って、血流を一瞬だけ、・・・・・・・・完全に遮断する・・・・・・・


 完全に決まった。酸素の供給されない奴の脳みそは、瞬く間にブラックアウトだ。

 スキンヘッドは、もう自分が意識を失っていることにまだ気付いていないようで、仁王立ちのまま、呪文スペルを唱え終えて、【聖域魔法ホーリーサークル】を展開した。その根性だけは褒めておこう。


 そんなわけで、俺の初バトルはなんとか、辛勝で、幕を閉じた……。

 こんなん、ダンジョンと勝手が違いすぎる。もうやめとこ。







 翌日、ダンジョンに潜ると、芒野こっこが出待ちしていた。

 土下座で。

 見たことある景色だなあ……。


「……起きてる?」


「起きてます! 起きてます! ほんと、ごめんなさい! 私のせいで、あんな奴らに絡まれて……!」


 なんだ、そのことか。

 だとしたら……こっこが謝るのは筋違いだな。


「それは違う。あのイカレ野郎共の行動に、こっこが責任を感じる必要なんてない。完全なお門違いだ。やめてくれ」


「うう……! でも、あいつら、カズキくんにまで迷惑かけて……許せなくて……!」


 泣いてるのか。そうだよな、悔しいよな。

 なまじこっこのファンクラブだなんて名乗りやがるものだから、未だに、あいつらの文句がコッコ宛に届くらしい。

 アンチより厄介な集団だよ……。


「わかってる。こっこがあいつらにされてきた仕打ち……俺もわかってる。だから、俺が、ぶん殴ってやりたかったんだ。イチこっこファンとしてな」


「……ありがとう、カズキくん……」


「ほら、立って立って。あーあーダンジョンのゴツゴツ岩肌、痛いだろうに。ほら膝赤いじゃん。ポーション飲めポーション」


「えへへ……うんっ!」


 涙を拭って、いくぶんか、元気を取り戻せたように笑顔で振る舞うこっこに、思わず、イチこっこファンとして、目頭が熱くなる。

 それを悟られないように、どうしょうもない俺は、彼女にいじわるしてやるのだった。


「しかしなんだ。俺はてっきり、コロシアムをパンクさせるほど観客を呼び込んだことへの謝罪だと思ってたんだが……まだ、その話が聞けてないな?」


「……へ?」


 ほう、とぼけるか。

 俺また最近、こっこの動画、視聴し始めてるんだけどな?


「おめでとう。俺のバトルで、同接500万人突破したんだって? だよなあ。控室って、フィールドに一番近いから、見ごたえあるもんなあ?」


 結果的にさ。俺、勝てたし、良かったよ?

 でも負けてたらと思うと……うん。

 もう外歩けねえや。

 第一、SNSに投稿したあの写真……隠し撮りじゃねえか! 一般人にも肖像権はあるんですうー!!!


 その事を淡々と説明して、こっこに再び土下座させた。我ながら、ファンを名乗るクズだと思う。

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