SF
皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号【改訂版】/ もってぃ 様
作品名:皇女と候補生と航宙軍艦カシハラ号【改訂版】
作者名:もってぃ
URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054893449088
ジャンル:SF
コメント記入年月日:2024年2月12日
以下、コメント全文。
この度は『レビュー、もしくは感想を書きます』企画にご参加いただき、ありがとうございました。主催者の島流しにされた男爵イモです。
作品の方を拝読致しました。
SFにはそれなりに触れてきましたが、スペースオペラだけはなぜか今まで通らなかった道なので、新鮮な気持ちで作品と接することができました。もってぃ様の作品に触れたのは、去年に開催した企画で拝読した『神亡き世界の黙示録』が初だったかと思います。あちらは、どちらかというと趣味に走った作品でしたが、その頃から筆力はたしかな方だという認識があったので、今回の作品を拝読する運びとなりました。
本作から感じたこととしては第一に、その筆致が硬質だということです。地の文においてはそのことが顕著でした。海外小説の翻訳調の筆致と、そこから生まれる味気なさを省いた自然な硬さ。読みやすく、それでいて一定の硬度を保った地の文には目を瞠るものがありました。これは書き手としても勉強になりました。途中で作風が崩れることもなく、安定した話運びが特徴的でした。文中で用いる単語選びにも余念がなく、描写に必要な単語が厳選されていたかと思います。私は作中で登場する軍事用語や兵装などの呼称に関しては門外漢ではありますが、知識をひけらかしているようには感じませんでした。まさに必要最低限といった具合です。通常の地の文でもそれは同様で、あくまでもアクセントとしての難読熟語の登場が認められました。このバランスは理想形ではないでしょうか。
第二に話の軸となる権力闘争や陰謀といった事柄は、緻密かつ人間味のある展開につながっていたように思います。話の本筋は単純である一方で、派閥や勢力同士の対立やカギとなる人物の哲学などが絡むことにより、良い意味で複雑な作品に仕上がっていました。武力衝突を安易に描くのではなく、そこに至る前での解決や法的な内容に踏み込んでいたのは本作の醍醐味であるはずです。そのことによる弊害もありますが、作品のオリジナリティはこの部分に収斂されていたと感じました。不殺に努めるからこそのリアリティですね。
では、続いては気になった点を挙げていきます。
➀ルーズすぎる情景描写
➁本作の目指すところ
※今回は批評ではなく感想であるため、字数の削減のために意見の根拠や裏付けを一部割愛する場合があります。
まずは➀、ルーズすぎる情景描写。
作中では場面転換ごとに挟まれる日付や場所名をはじめ、空間の描写を場所名のみに留めることが多々あります。もちろんそれだけで空間情報を把握することはできますが、宇宙や航宙艦が登場する特殊な世界観では悪手だと感じました。私がスペースオペラに馴染みのないこともあるでしょうが、艦内の情報はまだしも都市や搭乗橋の構造については想像の域を出ませんでした。読み進める間、「果たして自分が想像している画は、作者が伝えたい画と一致しているのか」という疑念が終始付き纏っていました。言うなれば青写真を見せられている感覚です。精緻な書き込みが為されているが、そこから具体的な質感や彩りはわからない。骨組みは作ったので、肉付けは全部そちらにお任せします。という意図を感じました。そこからもう一押し、読者に想像させるための働きかけがほしいところです。
その方法として、アップな描写が効果的かと思います。もってぃ様は物事や場面の大枠を埋めるのは得意な方のようなので、そこからもう一歩踏み込んだ書き込みが重要になってきます。現代を舞台にした作品であれば地名や簡素な情景のみで事足りますが、そうでない場合はより丁寧な情景描写が必要になります。そうしなければ、作品そのものが薄っぺらく見えてしまうので。本作で考えると諸々の構造体の形状、空間の明るさ、ごみや傷、においなどの生活感が加えて描写されると作中世界の雰囲気が増すはずです。視覚情報以外での直感的な描写も取り入れて、前述した「肉付け」を作者側で20ないし30%でもしてもらえれば、より作品は洗練されたものになるかと思います。
次に➁、本作の目指すところ。
これは方向性と考えていただいても構いません。本作はなにに重きを置いた作品なのか。未曾有の事態に巻き込まれた若者たちの奮闘を描くエンタメ群像劇、はたまた陰謀渦巻く世界での一筋縄ではいかない厳しい現実を伝えるリアル志向の作品なのか。おそらく前者かと思いますが、その場合はやや盛り上がりに欠けるように思いました。その要因は群像劇と、神の視点での展開を選んだことによる物語のペースの遅さにあります。このことは場面によっては人物の掘り下げや交錯する思惑を示すことに役立っている反面、戦闘場面に入ると緊迫感よりも足踏み状態の色が強くなります。様々な人物の視点で戦況が克明に記されるために、どうしてもそれまでのテンポが崩れてしまうのです。
その他に群像劇や神の視点には「先の展開を読者に教えてしまう」という欠点があります。想像させるのではなく答えを出す。つまり作品そのものがネタバレをしながら進むのです。こうなると話の展開から意外性や緊迫感も薄くなってしまいます。エンタメ作品としてはあまり嬉しくないことばかり。このことから作中で交戦中に様々な人物へと視点が移り替わることは、メリットよりもデメリットの方が大きいと考えます。もし仮に改稿されるなら、交戦中の視点移動は平時よりも抑えた方が緊迫感は増すはずです。
本作は以上のことや先に述べた権力闘争の話を中心に進むため、読者目線では作者がなにに最も力を入れて書いた作品なのか理解しにくいものになっています。見せ所の一つである戦闘ではリアルな主権や戦力差が制約となり、話の舵をエンタメに切りづらくなっているのも事実でしょう。特に終盤の場面はエンタメ作品ならば艦同士の正面からの武力衝突を書こうと思えば書けますが、本作ではそうはいきません。よって地味ではあるものの現実的な話が展開されるのが、本作の強みであり弱みでもあるのだといえます。良く言えばリアル志向のライト文芸作品、悪く言えば盛り上げどころを見失ったエンタメ作品といったところです。
「リアル志向のライト文芸作品」がもってぃ様の狙いだとすれば続く文は蛇足ですが、個人的には盛り上げる部分は多少誇張してでも盛り上げた方が面白いと思います。戦闘や事故でのトラブルの続発、規定違反して暴走する艦隊の一部、カシハラ側の作戦を掻い潜る猛者など。そうしたイレギュラーな事態が展開に含まれると、より作中で起こる数々のイベントが読者にとって印象的なものになるのではないでしょうか。なまじ序盤で容赦ない描写が挟まれたぶん、中盤以降のやり取りが易しすぎるようにもみえます。もしエンタメ性を意識されるのなら、ときには主人公補正や味方補正を外すことも有効です。
最後に、気づいた範囲で誤植などの報告を。
第8話:横から話を引き取られ攫さらわれてしまったキムは、ちょっと面白くなさそうな表情をしてみせる→句点の付け忘れ。
第10話(前):「~~セクハラかい?パワハラの方?~~」→疑問符のあとの一字空け忘れ。
第18話:程なくして艦橋当直の観測要員から報告が上がったくる。→上がってくる。
第45話:ツナミの表所が、それと判るほどに強張る。→表情。
以上になります。
作者様の創作活動の一助となれば幸いです。
以下、レビュー全文。
その艦は、次代への意志をのせて
様々な勢力、派閥による陰謀。口実にすぎない命、その命がみせる気高さ。
それらが凝縮されて、著者自らが構築した世界の中であますことなく描写される様は、読んでいて心地よいものでした。良質なSF映画を観終えたような、そんな読後感を味わいたい方には是非とも読んでほしいスペースオペラ作品です。
その魅力を生み出しているのは、練り上げられた世界観。
他の方のレビューにもあるように、その作り込みには圧倒されます。宇宙と航宙艦を登場させて終わるのではなく、そこから架空国家の主権や国際情勢、思想にまで話が及ぶわけですから。この辺りの内容を想像することは誰しも可能だとはいえ、書き起こすとなると相当な技量が必要となるでしょう。それを簡単にやってのけてしまう時点で、そのレベルの高さを窺い知ることができます。シリアスな国家間対立や陰謀を軸にした物語を好む方なら、それだけでも読む価値はあるでしょう。
そして、海外小説の翻訳を彷彿とさせる硬質な筆致。
個人的に、この部分はイチオシです。海外のSF小説、特に古典SF小説に親しんできた方には、刺さるものがあるのではないかと思います。一語一語を噛み砕いて味わう。そんな読書が好き、してみたいという方は本作をその窓口としてみてもいいのではないでしょうか。硬いといっても、読みづらくなるほど硬いわけではありません。文章表現の硬質さが生む刺々しさは、ほどよく研磨されています。たしかな筆致による安定した土台と、その上で繰り広げられる星系の命運を賭けた群像劇を楽しみたい方なら、絶対におさえておくべき一作です。
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