SF
仮想箱₋synonym / kinomi 様
作品名:仮想箱₋synonym
作者名:kinomi
URL:https://kakuyomu.jp/works/1177354054881092594
ジャンル:SF
コメント記入年月日:2023年11月25日
以下、コメント全文。
この度は『熟読&批評します』企画にご参加いただき、ありがとうございました。
主催者の島流しにされた男爵イモです。作品の方を拝読致しました。
本作は今まで拝読したkinomi様の作品の中で、最も難解なものだった印象です。そして、読んでいて一番刺さった作品でもあります。細かな部分への指摘は後述しますが、一個人の感想としては「非常に面白い」ものでした。私はどちらかといえばソフトSFを楽しむ人間ですが、そんな立場の者でも高尚な世界の一端に触れられるハードSF作品だった印象です。作品の性質上、スタニスワフ・レムの『ソラリス』や二瓶勉の『BLAME!』のようなある種の独善的な構成がとられているものの、それ自体に抵抗は感じませんでした。いい意味で読者を篩にかけており、作風が好みの人はとことん没入できる作品だったと思います。端的に表すなら、「10人中、3人の心の奥深くまで刺さる作品」といったところです。
作品の内容については、とにかく難解でした。理解が危うい部分は何度か読み直しましたが、それでも話の意図を100%理解したとは言い切れません。そこで憶測を交えての考察で恐縮ですが、私なりに感じたこと(本作の魅力)をまとめてみます。それでは本題の方に。私が作品から読み取れたことは、形而上学への挑戦です。仮想箱という情報集積の海を舞台に、読者はハルカの目と感性を通じて、認識の哲学もとい人間性を探求していく。ときにはSF的に、またあるときはドラマチックに。そうした過程を経て、人間性(思考と行動)のプロセスと意義を読者に再認識させる試みが為されていたように感じます。他の単語で言い換えるならば、自由意志でしょうか。それらのことが「作品そのものが、読者にとって仮想箱である」という演出の下、仮想箱の二重構造による没入感によって伝わってきました。
また仮想箱の正体についても、作中での設定の裏側を考察した場合、「あらゆる過去を見てきた生き証人、あるいは人間そのもの」と解釈できる気がします。データ化された擬似的な人間。ガワは人間の定義から外れているとしても、中身は同一かそれ以上。箱庭という歴史を内包した、思考の集合体。これを人間と呼べるのか。そうした問題提起でもあったように思います。ここまでのことが全部深読みのしすぎであったのなら恥ずかしいですが、かなり考察の捗る作品でした。たとえそれらが間違っていても、考察ができることは本作の最大の強みといえます。文章以上の奥行を、読者に伝えられるわけですから。私のような素人でもそれなりの考察ができたので、同じように考察しながら読書を楽しんでいた読者は一定数いることでしょう。序盤でギブアップした読者はまだしも、中盤まで読んだ読者の頭には、なにかしらの気づきがもたらされたはずです。読者に示唆を与える、という点においては、書店に並ぶ古典SF小説に匹敵するポテンシャルを感じました。
それでは、続いては気になった点に触れていきます。
全部で三つ。どれも前提として、「客観的に一つの作品として見た場合」という基準で挙げました。ちなみに近況ノートにいただいたコメント(スターシステム)については、さして問題とは思いません。それのせいで物語の本筋がブレることはなかったですし、むしろ考察の材料として機能していた印象です。では、三つの気になった点を以下に記します。
➀複雑な情景描写
➁物語の進行に伴う作風の変化
➂ハルカの行動原理の不明瞭さ
まずは➀から。これは簡単な内容なので手短に。
作中では一部、情景描写が必要以上に難解になっている部分がありました。特にDanceBoxでの踊り子のいる会場や、MeteoriteBoxでの空き瓶さんに会うまでの空間エレベーターの描写など。何度か読めば全体像が頭に浮かぶ一方、やはりフワッとした認識になってしまいがちです。原因としては情景描写に凝った表現や、婉曲的な言い回しを多用していることが考えられます。そのために場面の解像度が、かえって低下しています。一概にこうした表現を否定はしませんが、最初は情景描写を簡素化して全体像を伝え、次いで個性的な表現を用いて細部の描写を補足する。そうした手順を踏んだ方が、読者の理解は深まるはずです。
続いては➁、物語の進行に伴う作風の変化。
➂の課題を招いている要因です。具体的な部分はのちに掘り下げるので、こちらでは大まかな概要をお伝えします。通読したところ、三番目の仮想箱から作風が変化したように見受けられます。それまでの形而上学的な思索から一変、仮想箱の面々と力を合わせてシステムに立ち向かうという情熱的な展開に。それまでの哲学的な話運びが、途端に軟化してしまったイメージです。いうなればコース料理の最後に、ファストフードが運ばれてきた感覚です。ある意味、三番目の仮想箱の内容はSFに疎い人でも馴染みやすい展開となっていました。仮にMeteoriteBox単品で長編作品があったのなら、この『仮想箱』という作品よりも注目を浴びるかもしれません。それほどまでに、中盤から作風が変化していました。この違和を減らすためには、MeteoriteBoxの作風を前の仮想箱の雰囲気に寄せる、ないしは作品全体の難解さを和らげることが必要です。後者に関しては作品の根幹を揺るがす無茶な注文と思うので、ここでは前者の場合の提案をさせていただきます。
MeteoriteBoxの雰囲気を変える場合、ハルカの思考と行動をもう少し消極的にさせてみてはどうでしょうか。主体的にメイジに挑むのではなく、あくまでも傍観者を貫く。最終的に他の人物に感化されて、仮想箱の真理に辿り着くという流れにするのです。ハルカの積極性は前二つの仮想箱で明かされていますが、終盤のそれとはベクトルが違います。知的好奇心から、感情移入による干渉に変わっています。違和の根本には、ハルカの心境の変化に読者が追いつけていないことがあると思うのです。そのためにハルカが「仮想箱を楽しみに来た客」から「物語の主人公」になることが不思議でならない。DanceBoxでのケイコとの出会いによってハルカがすでに仮想箱に感化されていたとしても、システムに挑む動機として弱い。こうした小さな疑問が、次々と浮かび上がります。どうして、ハルカが壮大な計画を立てるに至ったのか。この点が十分に書かれなかったことが、作風の変化(そうした認識)につながっているのではないかと思います。
ということで➂、ハルカの行動原理の不明瞭さになります。
結局のところ、ハルカはなにを考えていたのかという部分ですね。とはいえ、本作は人物で魅せることが売りの作品ではないと私は考えています。ケイコやジェミーなどの興味深い人物は多数登場する一方、本作が重きを置いているのは仮想箱を通した哲学ではないかと思います。メタ的に見た場合、ハルカは「読者の目」の役割を果たせば十分です。その他のユーモアのある言葉や積極性、いわば人間らしさは副産物とも考えられます。しかしながら小説である以上、主人公を軸に物語を展開させる必要があります。そうした場合、ハルカに行動原理は不可欠です。仮想箱になにを求めているのか、どんな価値観で生きているのか。それらの描写が希薄であるために、MeteoriteBoxのくだりも相まって方向性が入り乱れた、どっちつかずの作品という印象が残っています。
内容で魅せる作品なのか、それとも人物で魅せる作品なのか。前述したように本作を「内容で魅せる作品」と断ずれば大いに評価できる反面、「人物で魅せる作品」だと思って読めば、評価は低いものになります。こうした読者側の認識のズレを防ぐには、kinomi様の方で作品の方向性を定めることが重要になります。それに合わせて、ハルカの行動原理を描写すればよいのです。ひたすらに傍観者として書いてもいいですし、内面を掘り下げて人間味のある人物にしても構いません。あるいは徐々に心境が変わっていく様を丁寧に書き込んでもよいでしょう。なにかしらハルカの気持ちが読者に伝わる形になれば、作品への違和は抑えられることと思います。同時に、ハルカに対する見方も固定されることでしょう。
最後に気づいた範囲で、誤植などの報告を。
17₋SandBox₋14₋より:ヒトが音を捉える性能はそれなりに優秀で、メロディーは少しずつ音量を確かなものにしていく。 幾つ目かのビルの角を曲がって少し歩いた時、視界が開けて小さな広場が見えた。→文の間の不自然な一マス空け。
18₋SandBox₋15₋より:無残な都市の残骸地どのくらい歩き続けただろう。→残骸地「を」
25₋DanceBox₋02より:女性は交差させた腕をテーブルそっと乗せると体重をいくらか預けた。→テーブル「に」
28₋DanceBox₋05より:立ち込めているようでもあり、逆放射状に集まる視線と中心で舞う動き沿って流動しているようでもある。→動き「に」沿って
29₋DanceBox₋06より:少年は少し先の椅子を指指差す。→「指」の重複。
42₋MeteoriteBox₋04より:もしかして私はとんでもないことを言っているのないかと気にしてしまう。→言っているの「では」ないかと
??₋外側₋02より:重なるのであればあなたはそれに相談できるか→句点忘れ。
47₋MeteoriteBox₋09より:孤独なアンドロイド店員が深々とお辞儀をする見えたので、自分の尺度でお辞儀を返す。→お辞儀をする「様子が」or「のが」
59₋MeteoriteBox₋19より:時代技術が人格の再現を自由にしたのならばダテマルくん言うことは容易に根拠を得る。→ダテマルくん「の」
62₋MeteoriteBox₋21より:『③「ジェミーしりとりをしよう」 {え?しりとりジェミ?} 「さよう、——→{え? のあとの一字空け忘れ。
65₋MeteoriteBox₋24より:見間違いじゃない、しゃがんで地面じっと見ると、→地面「を」
72₋MeteoriteBox₋31より:俺たちエレゴーストの仕組みに近付いた感じた。→感じだ
76₋MeteoriteBox₋35より:イオは表情を頷くと表情を引き締めて機械室奥の操作席に向かった。→「表情を頷くと」の言い回しが不自然。
以上になります。
批評内容に関してご不明な点や不備があれば、私の近況ノート『11/3開催 自主企画専用ページ』にて対応致します。気軽にお申し付けください。レビュー内容に関しても、ご要望があれば内容を変更しようと思います。ここで述べたことが、kinomi様の創作活動の一助となれば幸いです。
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