第73話「お前のせい」
注
今話は後半にグロテスクな描写が含まれています。
苦手な方はご注意ください。
ーーーーーーーーーー
奏者達の不在時を狙いDelightへ息を潜めて侵入する謎の二人組を居残り組である十番隊。篠澤将人と
そんな一方で日本各地に出現する憎愚達の殲滅を受け持った仙道巳早が上級憎愚である
かつての戦友の仇を取るべく巳早は奏者の極地。完全聖転換の力を解放し戦いに挑む。
密かに暗躍していた上級憎愚が今このタイミングで巳早の前に現れた目的は一体。
――――――――――
巳早の愛刀『アルカディア』に聖なる蒼炎が宿る。卓越された戦闘スキルの前に上級2体相手であっても全く引けを取らずに優勢に戦えている。
郊外で戦っているとはいえ時刻は昼前。周りの建築物や一般市民への被害も考慮し空中での戦闘をベースに戦うがそんな巳早を嘲笑うかのように隙あらば負薄達は道ゆく通行人や何も知らずに無邪気に遊ぶ子ども達へ容赦なく危害を加えようとする。
「
「むっ!?」
巳早の猛攻の隙を付く。負薄の両手指が漆黒の鋭利な鳥の羽の形へと変わり子ども達へ目掛けて放つ。
同時に悲哀は巳早へ向けている攻撃を分断しその半分の
「
両者の攻撃が迫った瞬間巳早は自分の周囲に氷のエネルギーを展開させる。
「あぶねっ!」
負薄は完全に凍りつく前に距離を取るも身体の各部位が凍りつき凍傷のダメージを負う。蟲達は一瞬で凍りつき強固な氷の壁が展開された事で悲哀の遠距離攻撃は封じられてしまう。
その隙に尖羽と弾癌蟲達を斬撃で一掃する。
「炎だけだと思ってたけどそんな事も出来るようになってたんだ」
「伊達に歳は取っていないさ。それにしてもつくづく小賢しい真似をしてくれるな」
「まぁ使える物は使っていきたっていうかさ。俺らも必死なの。それにあんたら絶対見捨てないでしょ。そこら辺にいる価値のない人間でもさ」
「お前達憎愚如きが人間の価値を語るな」
「この世はどうしようもない無価値な人間で溢れてる。僕からしたらそこら中の人間みんな超しょうもないね。だから殺しても喰っても何の情も湧かない」
まだ喋り続けようとする負薄に対し一切の容赦無く巳早は刹那の一瞬で距離を詰め首を切り落とそうとする寸前で回避される。
ちっ……と苛立ちの表情を浮かべる巳早を茶化すかのように負薄は話し続ける。
「そうかっかしないでよ。数年ぶりの再会なんだ。ちょっと話そうじゃないか」
「お前達と話す事など万に一つも無い」
「君も薄々勘付いてるはずだ。今こうしてる間にも自分の利益しか考えられないようなリスペクトの欠片も持ち合わせていない自己肯定感を上げる為だけに
彼ら彼女らは自分の利益しか頭にない。欲望に忠実と言うか。先代に対しての申し訳なさとか築き上げて来た文化を敬うっていう気持ちが大幅に欠如している人間が大半を占めている。
でもそんな人間じゃないとまともにやってられないくらいに今と昔とではアイドルの環境、在り方が大きく変わってしまったのさ。地下の奴らは特に顕著だ」
現在2023年の日本全域に存在する地上、地下を合わせたアイドルの人数は約3万人。その内の4分の3を地下アイドルが占めている。
地下アイドル業界は2018年のある事をきっかけに活動規模を拡大。地下アイドル達は名声を勝ち取る為一気に勢力を広めていった。
だが考え無しに量産し乱立しすぎた故に地下アイドル事務所、地下アイドルグループの中で強者と弱者が明確に存在してしまう。ノウハウも予算も無い弱小事務所も後を断たず、劣悪な環境下で働き続けている地下アイドルも数多く存在してしまっている。
「5年前の
「どういう意味だ」
「これ以上は教えてあげない♪さぁ続きと行こうか」
言葉の真意を考える間も与えずに再び負薄達は巳早へ襲いかかる。
(叛逆の狼煙だと……!?何かが私達の知らない所で動き出しているのか!?)
――――――――――
同日 想武島 中央区域 9:23分
友哉の
2対1で数の有利も取っている。キャリアに差はあれど決して勝てない相手では無いとそう信じてぶつかった。
だが地面に伏していたのは想力を大幅に消耗し完全顕現も解除された光也と聖愛であった。
「ぐっ……!!クッソぉ……!!」
「雷水解の意は主に相手の力に緩みを加え力を離散させる事にある。君達の連なった二つの力は僕に届く頃には貧弱な物になっていたと言うことさ。とどのつまり君達は結局僕の掌の上で踊らされていただけに過ぎないのさ」
両者共に想力をほぼ使い切ってしまっている。故に逃げる事も戦う事もままならず一矢報いる事も出来ないそんな非力な自分を光也は悔やみながら友哉へ癌を飛ばす。
「だが新参者にしては良くやった方だ。素直に褒めてあげてもいい……だから残りはゆっくり休んでいるといい」
友哉の弓の矛先が二人へ向けられる。とどめの一矢が放たれようとしたその時。
「えいっ」
ザクッ
友哉の脇腹を貫通して現れた包丁の刃先。横腹は血に染まり赤く染まる。
光也達の脳裏に増援の可能性が一瞬頭をよぎるも漂ってくる異質さと禍々しさからその線は無いと本能が感じ取る。
「お前……何者だ……!?」
友哉は意識が朦朧とする中で吐血しながらも背後に立つ少女へ尋ねる。
その問いに対して少女は気にも留めずに包丁を勢い良く抜き取り一瞬にして血を凝固させた複数の槍を形成し容赦無く友哉へ突き刺し友哉は意識を失ってしまう。
「これで邪魔者はいなくなったねぇ……聖くぅん♡」
「お前……なんで……」
普段のクールで茶めっ気のある面構えからは打って変わり聖愛の顔色は酷く青ざめており戸惑いを隠せていない様子だった。
光也以上に聖愛は今目の前で何が起こっているのか冷静に状況を理解できていない。故に思考が全くと言っていいほど追いつかない。
「聖くんにずっと会いたかった!アイドル辞めちゃってから全然会ってくれなくなってちやめちゃくちゃ寂しかったんだよ?」
戸惑う聖愛を見るや否やにぱっと笑い少女が聖愛へ向けて駆け寄る。
「近づくな!!」
聖愛の怒鳴りと共に光也と聖愛は疲労困憊、想力も底がついている状態ながらもフラつきながらも刃を構え少女から距離を取る。
「状況が全く飲み込めねぇが……敵襲って事でいいよな」
「……あぁ。構わない」
光也の問いに対して聖愛は眉を顰めながらも肯定する。
「敵?違う違うちゆと聖くんはラブラブカップルだよ?あっわかった!久しぶりにちゆも会ったから照れてるんだよね?大丈夫ちゆは聖くんのことちゃんとわかってあげてるよ?」
「……激ヤバ女が……!」
二人はなけなしの想力を刃に宿し戦闘態勢に入る。
「……聖くん悪い子だ。大事な大事な世界一大事にしなきゃいけない彼女に対してそんな事しちゃいけないんだぁ。
あ、わかった。きっとそいつが聖くんを唆してるんだよね?ちゆと聖くんを引き離そうとしてるんだ!!」
少女はいきなり乱心したかと思えば徐ろに手に持つ包丁で自分の左腕手首へ深く切り込みを入れる。
(自傷!?なにする気だ!?)
少女の手首から大量に噴出する血液は一点へと集結し悍ましく呻き声をあげながらドロドロした獣の姿を模っていく。
「
少女が自傷愛猫へ光也を襲うように指示する。重苦しい叫び声を上げながら光也へ襲いかかるも速度は飛び抜けて早いわけでも無く負傷中の光也であっても対処できる範疇であった。
「こんなもん消し飛ばしてやる!」
目の前に迫った自傷愛猫へ向けて雷を乗せた衝撃波。
その衝撃の前にバラバラに飛び散る自傷愛猫の血の断片に何滴か触れてしまう。
数滴の接触程度特に気に求めない光也であったが次の瞬間尋常ではない重力を感じそのまま地面に叩きつけられる。
(なんだこれクソ重ぇっ……!!身体が動かせねぇ……!!)
「ちゆの血にはちゆの深くて重ーい愛がいっぱい詰まってるの。数的でも浴びればまず身動きは取れないんだよ」
少女は光也の身動きを完全に封じる。光也ら重みに耐えきれず気を失ってしまう。光也のサポートに駆け寄ろうとした聖愛も自傷愛猫の血を少し浴びてしまっており自由に身動きが取れずにいた。
「ここからが本題。ちゆね。実は今地下アイドルをしてるの。それでね。ちゆから一つだけお願いがあるんだ」
「お願い……?」
「今ちゆ達の所に全国から選ばれた地下アイドルがある目的を果たすために集まってるんだ。だから聖くんにもちゆたちのすーこーな目的をたっせーする為に力を貸して欲しいの」
「……俺はもうアイドルからは足を洗ったんだ。お前らの目的なんざ興味ない。それにお前のそれ憎愚の力によるもんだろ。勧誘する相手間違ってんじゃねぇのか?」
「そーしゃだっけ?正義のヒーローみたいな奴なんでしょ?そんなの聖くんには似合わないよ。それにちゆは聖くんにトップアイドルになって欲しくてこの力を手に入れたんだよ?」
「だったらお門違いもいい所だ。俺はアイドルに戻る気はこれっぽっちもない!憎愚に身を委ねるようなクズ女に誘われちゃ尚更な!!」
「いい加減にしろよこのクソゴミ男がぁ!!!!!!」
怒鳴り散らす聖愛に対し今まで常時へらへらし上機嫌であった少女の態度が急変。聖愛を押し倒し何度も何度も怒りの赴くがままに顔面を殴りつける。
「お前のせいでちゆの人生は狂わされたんだよ!!誰よりも大切なんじゃなかったのか!?世界で一番愛してるんじゃなかったのか!?アイドル上がったら結婚するんじゃなかったのかよ!!人の純真な心平気で踏み躙りやがって!!」
「今更改心なんかさせねぇよ!!善人ぶんな!!人の心弄んで金の為ならどこまでもぞんざいに扱って都合が悪くなれば関係切るだぁ!?クズはお前だろうが!!
メン地下なんてそんなもんとか関係ねぇんだよ!!お前が私にしでかした重罪は紛れもない事実なんだよ!!私の人生を狂わせた罪を償え!!残りの生涯私の為だけに尽くせ!!嫌々でも続けてたらそれが習慣になって何とも思わなくなるよ?昔のちゆみたいにさぁ!!!」
少女の今まで溜めてきた感情の暴発。とめど無く湯水のように溢れ出る罵詈雑言の数々。
激しい怒りと憎しみ、憎悪が混じり合った今にも視線だけで人を睨み殺すかのようにすら思える鬼の形相を浮かべる少女はかつて聖愛が地下アイドルをしている際のガチ恋営業をしていた太客にあたる存在。名は『
彼女はかつては純粋な心を持ったウブなごく普通の少女であったが地下アイドル時代の聖愛との出会いによって平凡な生活とはかけ離れた日々を送る事になってしまっていた。
「……俺は別に自分を善人だとも思ってねぇし聖人ぶる気もさらさらない。お前の言ってる事も全部が全部間違ってるとも思わない……でもこんなクズな俺でも大切にしてくれる仲間がいる。そいつらを裏切るような真似をする気はない」
「そう。そうなんだよね。聖くんはとーっても優しい人。だから慕ってくれる人もいっぱいいるよね。魅力的に思って想いを寄せてくれる人だって絶対いる」
「……何が言いたいんだ」
「じゃああん!」
知埜は微笑みながら自分のスマホの画面を聖愛へ見せつける。
そこに映し出されていたのは1kの女の子らしい一室と20代前半に見える顔立ちの整った茶髪ロングの似合う家庭的な見た目の女の子であった。
女の子は出かける予定があるのか化粧をしながら軽い身支度を行なっている。
「く……
「付き合ってるんだよね?この娘と。ちゆという娘がいながら」
「な、何する気だ!!胡桃は関係ないだろ!!」
今から彼女の身に何が起ころうとしているか。漠然とだが想像が付いた。全身に悪寒と震えが止まらない聖愛は必死に知埜へ呼びかける。
「黙って見てて」
そう言った次の瞬間。
ブシャアアアァァァァァッ!!!!
彼女の全身は上から勢い良く押し潰されたかのように圧縮され大量に血を吹き出し綺麗に掃除が行き届いていた真っ白な部屋は一瞬にして鮮血に染まる。
聖愛は大切に想いを寄せていた彼女の死に脳の処理が追いついていない。目の前で起きた現実をを受け入れる事ができずにただ呆然としていた。
「はい!ちゆから聖くんを奪った極悪卑劣な女は今死にました!!聖くんだって人間だもん。ちょっとは他の子に目移りしちゃう事だってあるよね。でももう大丈夫!ちゆが寂しがり屋さんな聖君の側にずーーーっと一緒にいてあげるから。ね?」
「ふざけんな!!てめぇ!!ぶっ殺す!!!」
「はいお次はこちら!!これは洗濯を干してる所ですかね〜〜?せっせと家事に勤しむのは聖くんのお母さん!!」
「っ!?」
聖愛は母子家庭である。父親は幼い頃に不慮の事故で他界し現在の20歳に至るまで女手一つで育ててきてくれた聖愛にとってかけがえのない人物。
「このおばさんちゆの悪口言ってたんだよね。こんな女は絶対やめときなさいって。酷くない?流石にそれは」
次に知埜が取る行動を阻止するべく聖愛は喉が枯れ果てそうになりながらも必死に叫ぶ。
「や゙め゙ろ゙お゙お゙お゙お゙お゙ぉぉぉぉぉぉ!!!!」
ブシャアアアァァァァァ!!!!!!!
つい先日まで当たり前のように触れ合う事のできた母親。これまでの人生楽しい事や辛い事、挫けそうな事も共感し励まし支えてくれた肉親がたった今一瞬で肉片と化してしまった。
わずか1分足らずで立て続けに恋人と肉親が死んだ。ショックだなんて言葉で言い荒らすことは烏滸がましい程の絶大な心的苦痛に蝕まれます聖愛の心は完全に折れてしまった。
「もう一度聞くね?ちゆ達の仲間になって?」
聖愛は小刻みに震えながらも小さくこくりと頷く。
「やったぁぁぁ!!やっとわかってくれたんだね!聖くんならきっと理解してもらえるって信じてたよ!聖くん大好きっ!♡愛してるよーっ!♡」
知埜は聖愛を力強く抱き寄せ抱きしめた後に嬉々として顔中にキスを繰り返す。
その後も甘ったらしい言葉を吐き続ける知埜だが聖愛の耳には何一つ聞こえてはいなかった。
(どうでもいい……もう全部どうでもいい…………)
―――― to be continued ――――
あとがき
達樹「前半で負薄が日本全体のアイドルの全体数は3万人って言ってたけど実際のとこは1万人くらいらしいぜ!実際よりもぐじへん世界は一層アイドル文化が栄えてる世界なんだなぁって思ってくれたら問題ないよ!」
大我「きゅ、急にどうしたんですか」
達樹「最近出番ないからせめてこれ読んでって渡されたんだよ」
大我「誰にですか?」
達樹「ジョニーデップ」
大牙「ジョニーデップ!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます