第46話「毫釐貪汚」


「莉乃ちゃんの幼馴染ぃ!?」


「あぁ……ってあれ。あんま言わない方が良かったかこれ」


 圭太宅へ着いた二人はそれから雑談、格ゲー、晩飯は出前を頼み食卓を囲みながら和気藹々とした時間を過ごしていた。


「えっいつからの幼馴染!?一緒に登校してりしてたわけ!?どっか出かけたりとか花火見に行ったりとか海行ったりとか映画行ったりとか!?」


「あぁ!!うるせぇ!!ごめん言い間違えた!幼馴染なのはあの天才将棋棋士の藤木将太さんとだったわ!!」


「幼馴染にさん付けする奴がいるか!!」


 結果誤魔化しきれず失言と反省しつつも数多の質問責めに合う達樹。

 プライバシーな面もあり解答ははぐらかしつつなんとかやり過ごす。


『うっかり余計な事言っちゃうのがさっきから多いですよ達樹さん!聞いててハラハラしますっ』

 

「ごめんって……気をつけるよ」


「誰と話してるんだ?」


「あぁいや。なんでもねぇ、それよか食い終わったならスマOラしようぜ!俺のアイークはクソつえぇぞ!!」


 達樹の誘いに乗り再度スマOラを起動させた二人の勝率は五分五分。

 ゲームに熱中し過ぎていると気づけば日を跨いでいた。両者入浴を済ませて布団に入り込むも圭太がどこか思い詰めた顔をしてることに気がつく。


「どうした?」


「いや……明日のライブ……行きたかったなって思ってさ」


「は!?行かない気なのかよ!てっきりこのまま一緒に行くと思ってたぞ!?」


「だって俺、自分の意思じゃないとはいえ殺害予告しちゃってるんだぞ!?そんな奴が行ったって……怖がらせるだけだろ」


「莉乃達には今回の事はもう伝えてる。圭太が好き好んでこんな事した訳じゃないって。それにあいつだって言ってたぜ。圭太君がこんな事する訳ないって」


 莉乃はどこまでもこれまで関わってきた、見てきた圭太の人間性を汲み取り殺害予告を受けた上でも信じ抜いた。そして殺害予告を受けた状態であっても新曲ライブだけはやり抜きたいとそれ程までに熱い情熱を持って明日は望んでいる事を伝える。


「だからあいつの為にも行ってやってくれよ。むしろ圭太が来てくれる事をあいつは望んでるはずだから」


「でもどんな顔して行けば……」


「いつも通りでいいんじゃねぇか。一言ごめんだけ言えば全部元通りだと思うぜ」


「……そっか。じゃあ、行こうかな。ライブ」


「そうと決まったらとっとと寝ようぜ。寝過ごしたなんてなったら洒落にならないからな」


 圭太の不満も払拭し二人は就寝する。

 静かに眠る二人であったが眠りも深くなってきた真夜中。圭太に異変が起こる。


 ――――――――――

「……ん?……ここは?」


 圭太が目を開けるとそこに広がっていたのは真っ暗闇の空間。物品などは一切なくただ辺り一体無だけが広がっている。

 そんな虚無空間に一人立っていたのは圭太にとっては否が応でも忘れることの出来ない男。悲哀であった。

 

「よっ、昨日ぶりか?」


「お前……っ!何しに来た!?それにここはどこだよ!!」


「今あなたの脳内に直接語りかけてますって奴だな。言うなれば心の中。愚憎空間とでも呼ぼうか」

「何しに来たかって問いには再び推しを恨み憎み呪ってもらう為と返そう」


「無駄だ!俺はもうお前の言葉には惑わられない!莉乃ちゃんのライブを達樹と一緒に見に行くんだ!」


「友達と仲良く一緒に鑑賞しようってか?友達だなんて思ってもねぇくせによ」


「なっ……そんな事ない!」


「ある。お前は態度には出してないが心の奥底ではこの男を妬んでいる。

 この男はなんで推しと対等に接する事が出来ているのか。俺の知らない情報をいくつも知っているのか。なんで平然と呼び捨てで呼んでるのか。連絡先を知っているのか。

 挙げていけばキリがないほどお前は負の欲望に埋め尽くされている」


「言い掛かりだ!そんなの!!」


「だが心当たりがないなんて事はないはずだ。そうだろ?」


「ぐっ……」


 少しずつ歩み寄ってくる悲哀に気圧されるように後ろへ退いて行く圭太。

 この閉ざされた空間においては助けを呼ぶことに意味は無い。圭太は一切なす術なく距離を詰められ、悲哀の掌が圭太の胸元へと触れる。


「や、やめろ……」


「そろそろ頃合いだ。全てを解き放ち、人間共を喰らいに行ってこい。我が憎愚よ」


「う……ウア゙ア゙ア゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙ァ゙!!!」


 次の瞬間。現実世界で目を覚ました圭太はおもむろにベッドから飛び起きる。


「……殺しに行かなきゃ……誰でも良い。とにかく殺し喰らう」


 漲ってくる憎力と破壊衝動に飲み込まれた圭太。

 日の出と共に自室の窓から人を喰らう為飛び出して行った。


 ――――――――――

 2023年 6月4日 8:45分 原宿ラフォーゼ ライブ会場


 数時間後に迫ったシャインアンシェールの新曲お披露目ライブに向けて各スタッフ達が最終調整の真っ只中。

 会場外にて部外者立ち入り禁止の看板を一切機に止めることなく会場へ入って行こうとする男を発見し警備員が止めに入る。


「こらこら君、ここは一般の人は立ち入り禁止だよ」


「一般人だと?お前も俺の事を見下すのか?……何得ることの出来ない哀れな下民だと!!」


「は?何言ってぐぁっ!!」


 止めに入った警備員が男の裏拳により殴り飛ばされる。

 殺意と狂気そして湧き上がる怨念に取り憑かれるこの男は野々原圭太。

 裏拳による衝撃は人間が出せる威力を優に超えていた。

 次第に圭太の身体の部位は憎力により強化武装されて行き右腕は巨大な鎌状の形となる。

 憎力を纏った圭太は自らが殺意を向ける人間以外から視認されなくなりその異形と化した姿に警備員は腰を抜かしてしまう。


「う、うわあああぁぁぁ!!!」


「おっさんがみっともなく喚くなよ。見苦しい!!」


 圭太が右腕の鎌を振りかぶり、警備員の首元へ目掛けて襲いかかる。

 だがその鎌が警備員の首を捉えようとしたその時、突如駆けつけたポニーテールを備えた金髪の奏者。楠原隼人の銀色に輝く銃剣『ウィザリングプレイガン』により阻まれる。


「なんだお前は……邪魔するなぁ!!」


「てめぇが邪魔だ!!」


 怒号と共に背後から現れた黒髪ツインテールと雷を宿らせながら現れたのは市導光也。

 キック力に想力を注ぎ空中へと二連撃の末蹴り飛ばす。

 莉乃達の現場入りの前に念の為会場へ早入りしていた二人の判断は正しかった。


「あいつ……野々原圭太だよな。達樹の野郎……もう大丈夫なんじゃなかったのかよ」


「とにかくあいつの狙いは莉乃ちゃんだろう。ここでなんとしても食い止めて身柄を拘束する」


 ――――――――――

 同日 野々原圭太宅 9:00分


『達樹さん!!起きてください!!達樹さんっ!!』


「んん……な、なんでしょうか大我さんまだちょっと早くねぇか」


「圭太さんがどこにもいないんです!」


「なにっ!?」


 部屋中を見渡してもいるはずもなく人の気配を一切感じない。そして不自然に開き切っている窓。そして遠方から感じる憎愚の気配。達樹の身体に悪寒が走る。


「この感じ……圭太の憎力だ!どうなってんだ!?昨日浄化したはずだろ!?」


『わかりません……とにかく今は急いで私達も向かいましょう!』


「あぁ!」


 達樹も春風大我の力を解放し幻身する。想力を宿して窓から外へ飛び出し全速力で空を蹴り会場へ向かうがその最中。突然頭上に気配を感じる。


 ドガァッ!!


 頭上から勢いよく突如現れた茶髪を靡かせる男による踵落としを両腕で受け応え、衝撃を受け流し、瞬時に距離を取り身構える。


「何気に初めましてだな輝世達樹」


「……誰だ」


「俺の名は悲哀。唐突だが抜き打ちテストだ。俺の満足行く強さに至ってなかった場合は不合格。その時は大人しく殺されてもらう。お前の父親のようにな」


 いちいち癇に触る発言。こちらとしては1秒でも早く向かわなければならない状況。

 達樹の怒りと闘志のボルテージは瞬く間に満たされる事となる。


「合格だのなんだの悠長な事言ってんなよ。てめぇをとっととぶっ倒して……終わりだ!!」


―――― to be continued ――――

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