第16話「打つ手無し!?隼人vs負薄」

3行でわかる!前回のぐじへん

達樹、光也、隼人の三人は病院へと向かう最中、上級憎愚。負薄の襲撃に遭ってしまう。隼人が一人で引き受け達樹と光也は都立総合病院へと向かう。


【楠原隼人side】

 …………………………

「はぁ……はぁ……」


「息切れしてきちゃったね。ちょい休憩する?」


「そうしたいとこだけど……させる気ないでしょ?」


「まぁね。君がしょうもない男かどうか試してみただけ」


 この負薄ってやつと戦い始めて5分は経っただろう。人気のいない空き地に叩き落とされた事が幸いして近隣に人気はない。とりあえず人的被害のことは考えなくていい。

 問題は俺は全力で絶え間なく攻撃を仕掛け続けていたが一撃も擦りすらしていないって事だ。


 (ここまで戦力差があるとは……わかってはいたけど心が折れそうになるな)


「困っちゃうなぁ。そこそこ期待してたのにこの程度?わりかし有望だって聞いてたのに」


 余裕ぶりやがって……拗ねた子どもみたいな表情でこちらを煽ってくる。まぁそりゃそうもなるか。勝ち筋が全く見えない。だが勝つつもりで動かないと死ぬ。

 恋さんが言っていた。奏者の戦いにおいて最も重要なのは勝利のイマジネーションだと。つまりメンタル面も非常に重要になってくるって事。気持ちが折れた瞬間創造する力は途切れてアイドル因子の力を現出出来なくなる。簡単に言うと気持ちで負けたら何もかも終わりって事だ。


「ふわぁ〜〜あ」


 負薄は余りの余裕からか呑気にあくびなんかしている。奴が攻撃に転じる前に打開策を見つけ出さないと……一撃でお陀仏になる可能性もある。


『隼人さん。私気がついてしまったんですがあの負薄って憎愚。一歩もあそこから動いていません!』


「そうだな……」


 正確に言うとあの位置から動いていない。横回し蹴りを正面から繰り出した時奴は軽くジャンプしていなし、上段に攻撃をした時は余裕とばかりにブリッジしかわしていた。

 他の攻撃も地から足を離さざるおえない時のみ離しているといった具合だった。こんな芸当は俺たちの動きをあらかじめ知ってでもないとできない。奴の固有能力はこちらの動きを予知する能力か動きを制限する能力あたりと推測する。


「ちなみに今は何も能力は使ってないんだけど」


 使ってないんかい!ならますます不味い。素の力だけでこの実力差って事だ。緊迫した汗を額から流しながら生唾を飲む。


「君の想像してる事はなんとなくわかる。さしずめ僕の能力の分析でもしてたんだろう。未来予知とか催眠とかそんな目処を立ててると思う。いい線言ってると思うよ。まぁ何も使ってはないんだけどね」


「2回言わなくてもわかってるわ!」


 そう言って駆け出す。拳を握り締めストレートに相手めがけて振り切る。


「クールに見えて脳死脳筋タイプ?当たるわけないでしょ」


 そのままフルスピードで拳を振り抜けた勢いで奴を横切る。そのままの勢いで両拳にて握り締めた炎を空中へ放つ。


『バニシングレイン』

 炎を纏った無数の弾丸が雨のように負薄へと降り注いでいく。


 (これはここから動かないと直撃は免れない……)


 だが負薄は断じて動く事はなかった。負薄はこの戦いを何より楽しもうとしている。故に負薄はこの場から動くことなく隼人と交戦するという縛りを自らに設けていた。この縛りから発生する利益はない。純粋に圧倒的な戦力差を少しでも埋めた上で大幅に戦力差のあるこの戦いを成立させまいとしている。

 負薄は何食わぬ顔でほぼ全ての灼散下を被弾する。


「くらっても痛くないなら避ける必要ないよ?この程度の技じゃかすり傷にもなりはしない……あれ?」


 負薄が隼人の姿を見失う。


 (周囲を見渡してもいない。勝ち筋がないと判断して逃げた……?いやそれは流石に考えにくい)


 であればと上空を見上げる。するとそこにあったのは太陽に見間違えてしまうほどの巨大な火球であった。


「見るからに大技だね」


 負薄の頭上。空中で技の準備をしていた隼人。砂煙で視界を奪い、この一瞬の隙を見て技の準備をしていた。負薄の慢心も相まって成功した作戦である。

 この間わずか20秒間で作り上げたのは太陽が如く燃え盛る火球。火球から発せられる熱波は周囲の気温を飛躍的に上昇させるほどの熱気を秘めている。


「中々の想力量だ。でもわかってるだろう。君の全力のそれも結局僕には届かない」


「理屈じゃないさ。こういう時は」


「?」


 奏者の戦いは想いの強さだ。何回だって言い聞かせろ。俺はあいつに勝つ。負の雑念は捨てて、上級だの新人だの余計な事は考えずに目の前の敵を撃破する事だけを念頭におく。渇望しろ!完全勝利を!!


 火球の出力が急激に増していく。見てくれは更に大きくなり、より高熱を帯びその威力は数秒前とは比べ物にならない物となる。


「いいね……!スリルを感じれそうだ」


 負薄はぺろりと舌舐めずりをし、全身に憎力を浸透させていく。ここに来て初めての臨戦体勢を取る。


「優菜ごめん。200%出し切る。後のことは考えてない。だから、もし最悪の事態になったら……」

 

『大丈夫です!』


 一切の躊躇なく笑顔で優菜は応える。


『ヒーローは絶対に負けませんっ!!』


 戦闘中にも関わらず一瞬呆気に取られてしまった。君はいつも前向きで明るくて、最初は少しばかり怖かった。今思えば君と向き合うことに恐れていたのかもしれない。

 一月前君は突然俺の前に現れた。どんな困難にもめげずにひたむきに足掻き努力する。誰かの笑顔で自分をも笑顔にできるそんな優しい君に俺は気づけば尊さを感じていた。

 やさぐれ、荒んでいた俺の心の支えになってくれていた。俺にアイドルとは素晴らしい物なんだと再認識させてくれた。

 


 優しい 君は 太陽のよう



 大地が唸りをあげる。轟音が鳴り響き殺気が飛び散る隼人らの間合いは常人が入り込む予知など一切ない。


 俺達は生き延びる。そしていつか見せてくれ。優菜がアイドルとして歌って踊る姿を。


 隼人と優菜による己のエネルギー出力200%をフルで出し切った大技。『プロミネンスデトネーション』が負薄へと目掛けて放たれる。

 炎球は接地と同時に大爆発を起こす。周囲は暴風が吹き荒れ、そこら一帯は一瞬にして焼け野原と化した。

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