招集・市導光也編

第9話「異世界転生してるんじゃないかって話」

2023年 5月25日 14:45分


 最愛恋に連れられ憎愚撲滅に向けて動く巨大組織。「Delight」に連れてこられた俺は長年行方不明だった俺の父親、輝世凌牙がアイドル因子に人類初めて覚醒した人間だった事を告げられる。

 憎愚との激しい戦争の果てに命を落としてしまった事を知るが父親の意思を継ぐため、そして愛する者を護るために正式にDelightに所属する奏者として憎愚と戦う事を決意する。

 そして突然社長である下國昇斗により初ミッションを告げられた。

 俺と同じくアイドル因子に覚醒して間もない市導光也と接触、そして奏者への勧誘だ。

 だが時は一刻を争っていた。アイドル因子とのシンクロ率ってやつが低いとの事で早急に対処しないと自我がなくなる恐れがあるらしく市導光也がいる秋葉原へと急いで向かっていた。

 力の扱いもおぼつかない俺一人では何か緊急事態があった際にどうすることもできないので一人全くの初対面である先輩奏者と車の助手席に乗り共に向かっている。確か名前は……


「楠原隼人」


「あっ、それそれ!すんません」


隼人先輩は髪に編み込みを入れていて俗に言うビジュアル系ってやつにあたる見た目をしている。高校とかだと一発校則違反になるレベル。後少なくとも言えるのは顔はいい。


「あ、敬語はお互いやめよう。俺も奏者になって1ヶ月くらいしか経ってないからさ」


「ありがたいすけどいいんですかね?こういうのって上下関係厳しかったりしません?」


「堅苦しいの嫌いなんだよね。偉そうにする気もないし同期だと思ってラフに行こうぜ」


「……わかった!」


そうこうしてる間に検知したポイントに到着。


「この辺りのはずだけど」


 隼人に続いて車から降りる。その途端禍々しい怒号と衝撃音が聞こえてくる。


「この声、憎愚か!?」


「いきなりか……!達樹いけるか?」


「あたまえ!!」


ダッシュで物音がしたところへ向かう。そこにいたのは予想通り憎愚。見たところ未成熟の雑魚。この前俺がぶっ倒した憎愚よりも圧は感じない。

 そしてもう一人いたのは短剣を持ち憎愚と闘っている少女。見たところ傷を負っていて苦戦しているようだ。


「くっ……!ちょっと!!いい加減にしなさいよっ!あんたは黙ってるりに合わせてればいいって言ってんの!」

『うるせぇな!偉そうに命令すんな!!』


 二人の声が聞こえてくる。女の声と男の声。だが男の姿はない。


「あの女が市導光也みたいだな」


「は!?どっからどう見ても女だぞ!?」


「あいつの中のアイドル因子が肉体を通じて顕現してる状態だ。言わば俺たちの逆。ある種理想の形ではあるけど今の状態じゃ危ないな」


 ならやることは一つ。あの憎愚をぶっ倒す。両拳を滾らせ力の現出をイメージする。昨日と同じように。そして語りかける。内に秘める少女へと。


「いくぜ!!はあああぁぁぁぁ!!!」


 …………………………


静寂が訪れる。この前感じた力が漲ってくるあの感覚がない。

 呼びかけても返事もない。


「あ、あれ?」


「まだアイドルの力を使いこなせてないか……」


 やれやれと言わんばかりの表情から一転、隼人が憎愚の方を見据え、瞳を閉じる。

 

「行くよ優菜ちゃんゆうな


『はい!!』


 隼人の呼びかけに力強く応える少女の声が聞こえてきた。瞬く間に力の発現。頭部にはポニーテールが現れた。両手には激しく燃え盛る炎が宿っている。


「そこのツインテちゃん、後は俺たちに任せて下がってて」


「断るわ。こんな雑魚に手こずってるわけには……いっ……つ!」


 市導光也……であるらしいツインテ少女の限界が近いことは見て取れた。


「達樹はその子を安全な場所まで退避させてくれ。こいつは俺が相手しとく」


「了解!」


 アイドル因子の力が不発に終わった俺は光也を避難させるべく手を取り戦場から離れた場所へ誘導する。


「ここでじっとしてろよ!」


 戦地から少し離れた木陰へ寄りかからせる。かなり不服そうな表情を浮かべる少女を背に急いで隼人の元へ戻る。

 駆けつけた刹那目に入ってきたのは勢いよく蹴り飛ばされ電柱へと叩きつけられた憎愚の姿だった。隼人達から離れて物の1分くらいしか経ってないが事の行く末は容易に想像できた。


『隼人さん!この前考えたあれで決めましょう!!』

「あれね、おっけ」


 隼人の周囲が炎で包まれる。同時に燃え盛る豪火が右足へと収縮されていく。空高く跳躍し対象へと目掛けて放たれる灼熱の炎を纏った飛び蹴り。双方の強さへの理解とイメージが連なり形成された必殺の一撃。


「ブレイジングストライク!!」


 強烈な飛び蹴りが憎愚へとクリーンヒットしその身体は巨大な風穴を開けていた。炎に焼かれ断末魔を上げながらみるみる内に消滅していく。


 (これがアイドル因子の力なのか……すげぇ……)


『これにて任務完了ですね!』

「ありがとね。優菜ちゃん」

『はいっ!』

 

 アイドル因子の力が隼人の中へ戻っていく。ポニーテールもなくなり髪色も元に戻った。


「さて、そこにいるって事はあらかた元気にはなったのかな?」


 そう呼びかける先にいたのは黒髪の目つきが悪すぎる男。服装からして市導光也が苦し紛れに立っていた。


「あんたら……味方でいいか」


「そう、君を勧誘しに来た」


「勧誘?」


「俺達はさっきの化物。憎愚と日夜戦ってる。君にも俺達と一緒に戦って欲しい」


「はぁ!?」


 光也へ状況を説明した。今この世界で何が起こっているのか。お前の身体に何が起こっているのか。憎愚とは何なのか。

 光也は俺たちの話に難色を示しつつも渋々聞き続ける。

 光也が力を発現したのは物の数日前の事らしい。ただ俺と違うのはアイドル側の干渉がかなりアクティブということ。

 起きてる時も寝てる時も常に存在を感知してしまい落ち着かない上に憎愚が出れば身体を乗っ取られていい迷惑をしているらしい。


「俺もまだまだわからないことだらけだけど憎愚からみんなを護りたいって思ってる。護れる力があるなら俺は無駄にしたくない。戦ってく内に光也もアイドルの力を使いこなせるようになるって。だから俺達と一緒に」


「断る」


「なっ……なんでだよ」


 俺が言い切るよりも前に即答されてしまった。確かに話を聞いてる最中も受け入れてくれてる様子は皆無であったがここまで言い切られるとは思っていなかったので少し動揺する。


「奏者ってのになったらさっきの化物と戦わなきゃいけないんだろ?命を賭けて?笑えない冗談だ」

 

「放っておいたらたくさんの人が犠牲になる。お前の大切な人も襲われるかもしれないんだぞ!?」


「だったらお前らが護ってくれよ。俺はただの一般市民なんでね。命を粗末にする気はないんだ」

 

「お前……っ」


「最低だってか?俺からすりゃお前らがそこまで誰かのためにしてやれるのかがわからねぇよ」


「俺は数日前までごく普通のフリーターだったわけだ。退屈っちゃ退屈だったが悪い気はしてなかった。そしたら急に態度の悪い女が憎愚を倒さなきゃいけないとか何とか言って俺の自由を奪って化物と戦って傷だらけにして返してきやがる。昼夜関係なくな。挙げ句の果てに常に見張られてる感覚もあって気分も悪い」


確かにこいつの言う事も一理ある。学校で習ったな。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利だかなんだか。確かに奏者として戦うって事はそれらから逸脱することになる。誰しもがみんな命を賭けて戦う仕事を選べるわけじゃない。


「金髪のあんた。一つ聞きたいことがある。俺の中にあるアイドル因子ってやつを取っ払うことはできんのか?」


「……出来る」


 ここにくる前に下國さん達から注意点を聞かされていた。

 …………………………

『市導光也の勧誘がすんなり成功したなら何も問題はない。彼の中のアイドル因子の力を制御は後々こちらの管轄に置いた上で抑えていけばいいわけだからね。ただ問題は彼が拒んだ時』

『拒んだらどうなるんだよ』

『彼の中にあるアイドル因子を除去させないといけなくなる。ただでさえ人材不足な業界。極力は避けたいんだがまぁ人命も大事なんでね』

『ただ除去したアイドル因子は』

…………………………

 

「なんだよ。出来んのかよ。だったらさっさとやってくうぉっ!?」


『……ふっざけんじゃないわよ……っ!!』

 

 光也が腹を抱えて苦しみ出した。あいつの中のアイドルが表に出ようとしてるんだ。


「ちっ……てめぇ!!後で覚えてろよ!!』


 再度光也の体格。髪型。骨格何もかもが女の姿へと変わる。さっきまでのかなり言葉の節々に棘があるツインテ女の風貌へと変わる。


「強引だな、お前。多分だけどかなり負担かかってるぞ。そいつの身体」


「うるさい。こっちの許可なく勝手な事されたら困るのよ」


この子の振る舞い。とても余裕と言うものは欠片も感じられない。明らかに焦っていて何か使命感を持って憎愚と戦っている……そんな気がする。ここまで強引に身体の主導権を奪ってでなぜ憎愚と戦おうとするのか。理由を聞くことにする。


「なんでそこまでして憎愚を倒そうとするんだ?憎愚を倒すのは俺達奏者の仕事だろ?」


 少し違和感は感じていた。俺の中の女の子も憎愚と対峙した時に憎愚を倒そうという意志があった。普通なら怖がったりびびったりそんな反応が当たり前だと思う。だがこの瑠璃華ってやつと言い、やけに憎愚対峙に前のめりであり、憎愚を倒す事は当たり前と言わんばかりに感じる。


「……元いた世界に帰るためよ」


「元いた世界?」


「るりはアイドルなの。ユニットを組む仲間がいて人気も出てきてて大事な時期だった。で、ふと目が覚めたら意識のひったくれもあったもんじゃない。こんな腑抜けた男の中に宿る魂みたいな存在になってた」


「何でそんなことに……」


「こっちが聞きたいわよ。目が覚めた時夢なんじゃないかって疑ったわ。でも夢なんかじゃなかった。ただ目覚めた時理解した事があるの」

「私達にとって憎愚を倒す事がこの世界ですべき事で、憎愚を倒し続ける事だけが、元いた世界へ帰る唯一の方法だって事。誰に言われた訳でもないけど何故か信じられる。理屈はわからないけれど」


なんだよそれ……彼女達はどこか別の世界の存在だってのか?俺の中の子も……?確かに未知数なことが多いとは言ってたけどまた話の規模がとんでもなくでかくなりやがった。


「そこの金髪男、さっきのポニテの子と話がしたいんだけどできる?」


「あぁ。ちょっと待って」


 ひと時の静寂。再び隼人の中のアイドルが内から呼び出し顕現する。光也と違い肉体は隼人のまま。あくまで存在は内にあり会話のみ行える状態といった感じだ。


「まずは自己紹介。私は桐咲瑠璃華きりさきるりか

 

『私は灯野優菜ひのゆうなです!それで私に話というのは?』


「るりは憎愚から市民を守りたいからなんてヒーロー地味た理由で戦ってるわけじゃない。あくまで元いた世界に帰るために戦ってるの。るりのことを待つファン達のためにもね。優菜はどうなの?」


『私も元いた世界が恋しくないと言ったら嘘になります。でも、困ってる人たちを見過ごせないし放っては置けません!』


「ご立派だこと……」

 

呆れた顔でそう告げる瑠璃華に対し、優菜ちゃんの表情は見えないが真っ直ぐ凛とした顔で言ってるのは伝わってくる。この子とはどこか通ずるものがあるっぽいなと親近感が湧く。


「質問を変えるわ」


「ちょ、ちょっと待てよ。そっちで勝手に進めんなって!元いた世界って何?お前らはどっか別の世界にいたごく普通の人間ってことか?」


「そうね……記憶が曖昧な部分はあるけど少なくともこことは別の世界にいたのは間違いない。とどのつまり、るり達はしてるんじゃないかって話よ」


 ―――――― to be continued――――――

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