アイドル・インシデント〜偶像慈変〜

朱鷺羽処理

1章 兆候編

第1話「兆候」

2023年5月22日 13:05

 ここは三玖須みくす高校。東京都内に存在する決して賢いとは言えない。どちらかと言うと頭が良くない奴が行くようなごく普通の高校。

 今そんな普通の高校の4時間目が終わり昼休みの真っ只中で俺、輝世達樹きせたつきは頭を抱えて机にうつ伏せ、微かにすら見えもしない未来に絶望していた。


「達樹殿ぉ〜〜!?またアニメなら口から魂が飛び抜けてる描写がされてそうな病み病みな表情をしてますぞぉ〜〜!!」


 そう言って贅肉を揺らしながら駆け寄ってきたのは購買から大量のパンを買い戻ってきた友達の寺田卓夫だった。

 こいつとは高校からの付き合いで席替えで後ろになってからと言うもののやたら話しかけてくるアグレッシブオタクで最初こそうざかったものの今では放課後頻繁に遊びに出かける程の仲になった。

 絶望し切っている俺は卓夫に今の感情をぶち撒ける。


「卓夫おおぉぉ!だって!!一ミリもわかんねぇんだよー!!やりたい事がぁ!!」


 今世紀最大の悩み。齢17年の俺を極限にまで苦しめているのが進路だ。

 どれだけ考えても一向に決まらず1ヶ月が経過しようとしていた。

 クラスの大半が既に進路希望を提出済みという事もあり、より一層教師陣営から急かされている圧を感じていた。


「なんでみんなすぐ決めれるんだよ。だってずっとその仕事でずっとやってくって事だろ?何十年もよ。そんな簡単に決めれるか?」


 俺は自分が飽き性な事は自覚している。高3なのにバイトを累計10種類経験している。

 今のバイト先はなんと1年も続いていて短期で辞めまくっていた俺のバイト歴レコードを現在進行形で更新中だ。

 辞めた理由は人間関係や通いにくさなどよくある理由も勿論ある。が、そこで働いている未来の自分の姿を想像すると違和感があった。

 やりたい事を出来ていないようなもどかしい感覚。 今の職場も居心地は良いがそのまま就職するという選択肢はない。俺のやりたい事はこれじゃない気がするから。


「となると進学でいいのでは?在学中にやりたいことも見つけられるかも知れませぬぞ!」


「いや、無理だ。莫大な金がかかるし何より進学って言っても学部を絞れないから選べねぇ。学びたい分野とかないし」


 俺の家は母子家庭だ。家庭環境的に何百万も払って学ぶ気もない大学に通わせれるほどの金銭面的余裕はないし何より申し訳ない。

 故に就職しか道がない。そもそも俺に学がないので尚更ない。


「……何か夢などはないのですか?」


「夢ねぇ〜〜〜〜」


 小さい頃は特撮ヒーロー物に憧れてヒーローに憧れたりもしていた。今も完全にその夢が消え去ったわけじゃない。

 でも中の人になりたいわけでも俳優になりたいわけでもない。そう思うとその道には進まなかった。

 自分でも何がしたいのか、何がやりたい事なのかいまだによく分からないでいる。

 なんとなく興味を持ったことを試しにやってみたりはしたが、がっつり社会人一歩目としての決断は生半可に選んでいい決断ではない。

 考えすぎともよく言われるが就職となりゃ悩むだろ普通。今回ばかりはマジで悩ませてくださいお願いします。


「達樹!まーた辛気臭い顔してる。らしくないよっ」


 そう言って肩ポンされた俺は後ろを振り向くと見慣れた茶髪ボブヘアの幼馴染。桂木莉乃の姿があった。


「良かったらこれ飲む?私の飲みかけだけど」


 そう言って平然と飲みかけのスポーツ飲料を手渡して来ようとするので咄嗟に断りを入れる。


「やめとく、てかこういうの良くないぜ。アイドルなら尚更な」


「えぇー?だって私達幼馴染なんだよ?十年の付き合いなんだしよくない?」


「何十年の付き合いだろうが他の奴らからしたら関係ないしわかんねーだろうが」


 こいつは幼馴染贔屓するわけじゃないが第三者目線で見てもめちゃくちゃ可愛いと思う。だがアホだ。アホであり天然記念物でもある。

 そんなアホ天然記念物も気付けばアイドルになっていた。

 よくある親が勝手にオーディションに応募してってやつでそのまま流れるように合格していき、厳しいレッスンを経て半年前にデビューした。

 結構大手のとこでユニット名は確か……カタカナ数文字の良い感じの名前だったはずだ。


「莉乃殿!今日もどちゃくそぺっぴんキラキラ可愛いでござるよ!後この前の先輩方のカバー曲を歌ったのも痺れたで候!」


「えへへっありがとう!まだまだ先輩達と比べたら全然だけどね」


 莉乃は人懐っこさがあるし愛嬌もある。俺が知る限り裏表はないしこいつを嫌いって言ってるやつはまぁ見たことがない。男では。

 最近はないが昔はその性格から莉乃の事をよく思わない女も一定数存在した。

 中学の頃がピークでそこからいじめに発展することもあったしその都度俺や莉乃の友達が止めてた。

 いじめの標的が俺達に切り替わる可能性も考えたがそれ以上に莉乃が傷ついてる姿を見ていたくない。

 そう思わせる魅力が莉乃にはあった。同性からは一部に心底嫌われるが一部に心底溺愛される。そんなタイプなんだと思う。

 だからこそよく聞く芸能界の闇ってやつが心配ではある。


「進路まだ決められないの?別にまだ仮なんだし深く考えなくてもいいと思うけど」


「うーんまぁそうなんだけど、今はこれだって候補が全くないんだよな」


「それじゃあ達樹もやってみたら?アイドル」


「はぁ?」


 思いもよらぬ発言にたじろいでしまう。俺の思考回路が停止する。


「達樹顔は悪くないし運動できないわけでもないでしょ?全然やってみてもいいと思うけどな」


 しれっと失礼な事を言われた気がしたが寛大な心の持ち主である俺は許しスルーする事にした。

 てかアイドルって歌って踊ってきゃぴぴってして他にもレッスンとかしなきゃいけないんだろ?

 自由な時間も削られるだろうし興味ない人間がやるにしては余りにも重荷すぎるだろ。故に答えはNOでしかない。


「いやいやアイドルはあんま興味ないし俺には無理だって。やってるイメージが湧かなすぎる」


 ……いや興味がないと言えば嘘になる、か?

 と考えていると卓夫が割って入ってくる。

 

「そうですぞ!!それにアイドルは修羅の道!!地獄のようなレッスン!!人を魅了するパフォーマンス!!昨今はSNSにも力を入れなければなりませぬ!達樹殿にそれができますか!?」

 

 卓夫はアイドルのことになると異様なまでに熱が入る。生粋のドルオタだからだ。

 バイト代の大半を推し活ってやつに費やしており、何回か推しアイドルのライブにも付き合わされている。

 

「心配しなくてもお前の聖域には足を踏み入れないし汚す気もないから安心しろ」

 

「ふふふ……いくら達樹殿が親友と書いて友と呼ぶ間柄としても思春期男子な事に変わりはせぬ!!今の拙者の最推し!前田けいちゃんに発情し!ふしだらで淫らな欲望を抱き!繋がり厨してしまう可能性もおぉ!!そうなればしょ、処するしかありませぬよ!?」

 

 何言ってるか大半はわからなかったがおそらく俺が自分の推しと関係を持たれるのかもしれないから嫌だって事だろう。

 そんな事は万に一つもないから安心しろと背中を優しくさすり慰めてやった。

 

「けいちゃん知ってる!最近deep tokでバズってる華ノCageのメンバーの子だよね!」


「さすが莉乃殿!!deep tokでバズった『そーれそれ!happy day"s』は神曲で瞬く間に世間に広まり、つい口ずさみたくなるようなフレーズをこれでもかと入れ込んだ神曲!『狂咲雌花』もお勧めですぞぉ!」

 

「わ、わかった……今度聞いとくよ」

 

 最早気になってしまっている自分が悔しいがふと時計を見ると昼休憩の時間は刻一刻とすぎており、このままでは時間がないと一気に弁当を駆け込む事にする。

 そうこうしてる間に5限目が始まった。よりにもよって苦手な英語だ。何を言ってるか中学の頃から一向にわからない。

 よって興味がなく食後なこともあり眠気が加速していく。

 特に抗う理由もないし俺は考えすぎて疲れたので寝る事する。そのまま机に突っ伏し目を閉じると意識が遠のいていった。


 ーーーーーーーーーー

 

『〜〜さん!見てください!この髪留めめーちゃくちゃ可愛くないですか?!』


 ーーーーーーーーーー

『どうですか?今のステップ!上手くできたかな〜って思うんですけど!』


 ーーーーーーーーーー

 

『いっぱい、いーっぱい!ファンのみんな事、盛り上げてきちゃいますね!』


 ーーーーーーーーーー


………………授業終了のチャイムが鳴り、目が覚める。授業中ほぼ寝てたらしい。

 また同じ少女の夢を見た。ここ最近のもう一つの悩みがこれだ。誰かはわからない。

 顔も名前もその時は認識してるっぽいが目を覚ますと思い出せない。だが毎回同じ女の子の夢を見ているのは間違いない。

 最近になってより短いスパンで見るようになった。 最初は気にしてなかったがほぼ寝るたびに同じ内容の夢をみるって経験はそう無い事だと思うし何よりここまで来ると怖い。ネットで色々調べたが納得する答えは見つからなかった。


(病院行った方がいいのかな……こういうのって精神科なのか?) 


 一つだけわかってるのは夢に出てくる少女は悪いやつじゃなさそうって事だ。何なら元気すら貰ってる気がする。

 いっその事このままでもいいかもしれない。そんなことを考えながら6限目の内容も頭には入ることなく下校の時間となり、俺は卓夫と電車にて帰路に着いた。帰る最中熱が冷め切っていなかったのかけいちゃんの話を延々と聞かされ、帰る直前リンスタのフォローを無理やりさせられた。

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