第2話 プロポーズ

「俺も、占ってくれないか」

 ミコトは顔を上げた。いつの間にか、ミコトの前には青年が座り込んでいた。

 青年の声は、凜々しくも、どこか遠慮がちだった。突然現れた青年に内心驚きながらも、ミコトは口の端を上げる。


「もちろん。どんなこと?」

「それは……」

男は言いよどんだ。どうやら、特定の悩みがあるわけではないらしい。冷やかし半分と言ったところだろうか。こうした手合いには慣れている。

「じゃあ、明日の運勢でも見てみましょうか」

「ああ」

ミコトはカードを切りながら、青年の容姿を盗み見た。糊のきいたオリーブの軍服には、シワひとつない。腰には、地味な服装には不釣り合いな、金色の大剣が差してあった。騎士だろうか?


 青年と目が合う。ルビーのような、深い赤の瞳。

 その時、ピリッとした痺れが、ミコトの全身を駆け回った。


 魔力の気配!


 ミコトは咄嗟に立ち上がった。バスケットを掴むと、背後の路地に駆け出す。

「あ……おい!待……!」

「待たない!」


 この国で魔力の気配をさせている人間なんて、貴族以外にいない!

 マギダミア魔導王国では、「魔導師」と呼ばれる貴族以外は、魔法を禁止されている。貴族以外の身分で、魔法を使える者……それが、ミコトたち「魔法使い」だ。「魔法使い」が魔法を使えば、厳罰をくらう。

 ある街では、二日くらい拘留させられた。ある村では、村から追い出された。捕まったら、どうなるか分かったもんじゃない。

 走っているうちに、ターバンがずれ、長い黒髪が零れた。


 青年が追いかけてくる。脚力、もとい逃げ足には自信があったが、青年も負けてはいない。

 やっぱり、客のフリをして私を捕まえる気だったんだわ!


 ミコトは人差し指を振った。指先から赤い火花が飛ぶ。立てかけてあったベニヤ板が、ガタリと青年に襲いかかる。

「おわ!」

青年が間抜けな声を上げた。

 よし、かかった! ミコトは心のなかでガッツポーズをした。


 魔法の閃光が跳んでこないか、背後に目を配りながら、一目散に走り続ける。

 しかし、一向に攻撃してくる気配は無い。生きたまま、捕らえるつもりなのだろうか? それとも、魔法の使えない騎士貴族か?


「おい!」


 疑問に足を取られたのか、腕を掴まれた。振り返ると、肩で息をした青年が見下ろしていた。

 領主に突き出されるに違いない。冷酷無比と噂の、コシュマール・フランムの元に。

 ミコトは唾を飲んだ。やっぱり、早く出て行くべきだった。せめてもの抵抗に、ミコトは青年を睨み付けた。

 呼吸を整えた青年が、もう片方の手を伸ばす。ミコトはぎゅっと目を瞑った。

 青年の指が、ミコトの髪を梳いた。


「綺麗な黒髪だ」

「は」


思わず声を上げた。罪人にかける最初の言葉が、こんな口説き文句だとは。

「バカにしてるの?」

そう続けてしまったのも、無理はない。

 黒い髪は、魔法使いの証だ。綺麗な黒であるほどに、強い魔力を持つ。ミコトにとっては、忌々しい呪いでしかない。

「馬鹿になんかしてない! ええと」

青年の顔に赤みが差し、もごもごと口を動かす。意を決したかのように、ミコトの顔を真っ直ぐに見つめた。


「俺と、結婚してくれないか」


「は?」

さっきよりも大きな声が出た。疑問符が、頭を埋め尽くす。ミコトが怪訝な顔をしていると、青年ははっと眉を上げた。

 一目惚れってやつ? 貴族様が、ジプシー風情に?

「あ、すまない。プロポーズなら、もっとちゃんとやらないとダメだよな。えっと」

青年は地面に片膝をついた。血色の良い顔が、ミコトを見上げる。


「俺のために毎日コレットを作ってください」

「そういうことじゃない!」

「ダメか? どうして?」

青年は首を傾げた。


「初対面の人に『結婚してくれ』なんて言う方がどうかしてるわよ。っていうか、誰? あなた」


 ミコトは胸の前で腕を組んだ。身なりはちゃんとしているが、精神をやってしまった類いだろうか。とんだ無法地帯だ。領主は何をやっているんだ。

「これは失礼!」

青年は目を見開いて、深く頭を下げる。


「俺は、デュミナス・フランム」

「フランム? 辺境伯の兄君の?」

「嘘はつかない主義だ」

 青年……デュミナスは胸を張った。

 魔法動物の退治に明け暮れる、魔法の使えない貴族。確かに、彼の髪は黒とはほど遠い、透けるような白だ。


「きみ、名前は」

こっちは名乗ったぞ、と言わんばかりに、デュミナスはミコトの言葉を待った。

「……ミコト」

「いい名前だ」

素直な物言いに、ミコトはたじろいだ。貴族に褒められたのは、初めてだった。


「名前も知らない相手に、よく求婚できましたね」

ミコトは眉をつり上げた。貴族だと分かると、自然に敬語になる。

「力を貸して欲しい。俺を撒こうとした時の、あの魔力。きみは、手練れの魔法使いだろう」

 デュミナスは髪を耳にかけた。錦糸のように細長い髪が、キラキラと輝く。


「俺は、魔法が使えない。だが、最近領内で、異変が多発している。フランム領だけで、だ。俺は、領民を助けたい。だから、俺の代わりに、魔法で民を助けてほしい」

「お抱えの魔導師になれってこと? 何も結婚までしなくたって、いいじゃないですか」

「きみが近くに居たほうがいいんだ」

デュミナスは頭を掻き、躊躇いがちに口を開いた。


「俺が魔法を使ったということにして欲しくて」


 デュミナスの唇が、何かを言おうとして、閉じるを繰り返す。二つの影が、足下で揺蕩っていた。

 デュミナスは、誤魔化すように声を張り上げた。

「何も恋愛をする必要はないんだ。きみがいつでも側にいる方が、都合がいいだけで」

「それで? 私に見返りは無し? 手柄は横取りってわけですか」

「そうか、そうなるな……」

青年は顎に手を当て、うーん、と考え込む。どうやら、そこまで考えていなかったらしい。しばらくして、ぽんと手を打つ。


「衣食住は保証できる」


 ぐ、と喉が鳴る。ミコトは自分の体を見た。折れそうなくらい細い腕は、骨が浮き出ている。煤だらけのドレスの下では、肋が空腹に悲鳴を上げていた。

 頭上の窓から、子供たちの元気な声と、それを諫める母親の声が響いてくる。窓から漏れる明かりが、ミコトの顔に影を作った。

 デュミナスの瞳が、真っ直ぐにミコトを射貫く。

「……分かりました」

と、気づけば口にしていた。デュミナスの顔に、ぱっと花が咲く。

「ありがとう!」

 デュミナスはミコトの手を握り、大ぶりに握手をした。これが犬なら、尻尾をぶんぶん振っているのが見えるだろう。


「じゃあ、行こうか」

デュミナスが手を差し出した。ミコトは鼻を鳴らして、そっぽを向く。彼に着いていくのは、あくまで衣食住が欲しいからだ、ということを誇示したかった。

 デュミナスは一瞬眉を下げ、頭上に視線を送った。

 一段丘の上にそびえ立つ、城。二つの尖塔が、真っ直ぐに夜空へと伸びている。

いえに帰ろう」

 フランム城。

 ミコトの、新しい住まいだ。

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カタブツ騎士様のゴースト魔導士になりました @6kanoAyame

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