第4話 準備
アベルは先ず馴染の商店へと足を運んだ。
「親父さんいる?」
「これは、アベル様。ご機嫌麗しゅう」
「やめてよね。俺と親父さんの仲じゃないか」
「いや、どこで誰が見てるかわからんからな!って言っても店には俺以外誰もいないんだが。ガハハハハ」
「すまない親父さん。他言無用で頼みたいことがあるんだ」
「昨日、なんか教会やら薬師ギルドやらが大騒ぎしていたが、関係あるのか?」
「すまない、それはわからない」
「そうか。で、アベル樣の頼みってのは?」
「俺はこの辺境伯領を出ていく。その旅の準備に必要な物を揃えてほしい」
「なんだって!本気か?」
「ああ、本気だよ。あそこは腐ってる。もう戻る気は無い」
「そうか……淋しくなるな……」
「そんな事を言ってくれるのは親父さんぐらいだよ」
「そんなことはないぞ!お前さんに助けてもらった人々はこの領都に大勢いる。それは治療ってだけじゃない。対価の支払いを、他の治療士とは違って気軽に払える額にしてくれたり、それでも払えない奴には物や作業で対価としたり、どれだけ俺達が助かったことか……」
「いやいや、俺は気軽に治療出来るから、気軽に払える金額にしたまでだよ。それに無い袖は振れないんだから、物品や労働で対価にしたまでだよ」
「それが凄いって言ってんだよ!もしかして、アベル様が教会から出ていったのって昨日か?」
「ああ、そうだけど?」
「なら、この騒ぎはお前さんだよ」
「ええ!なんでまた?」
「なんか辺境伯の騎士団が演習中に事故にあったらしくてな。その治療に教会から治癒士がかなりの人数派遣されたらしいんだが、全然人手が足らなかったらしいぞ」
「ふ〜ん。いつもさぼってばかりいる奴らだからしょうがないんじゃないのかな?」
「そんなにか?」
「そんなにだ」
「そうか……それで愛想をつかして出ていくと」
「長年我慢したんだが、限界だよ……」
「お前さんが、汚れたり壊れる前に気づけたなら、良かったじゃねぇか!人生は一度だ。好きなように生きな。そして幸せを掴みとれ」
「ほどほどに頑張るよ。頑張り過ぎると疲れるから」
「おう、それで準備なら先ずは服装を変えねぇとな。それとテントと鍋に毛布に寝袋っと、それから」
「親父さん、二人分で頼む。もう一人は小柄な女性なんだ」
「おお!浮いた話の無かったお前さんにも春が来たってか!」
「いや、そういうんじゃないんだ。余り聞かないでくれると助かる」
「悪かったな……お前さんと話せるのもこれで最後だと思うと……直ぐに準備して纏めてくるわ」
「ああ、たのむよ」
(自分が辞めたことで教会が騒いでいるのか?そんなことはない。俺一人が居なくなった所で、あれだけ治療士がいるのだからどうとでもなるはずだ。)
と、勝手に自己評価の低いアベル。しかし実態は民への治療は、ほとんどがアベルがしており、他の治療士達は貴族や一流商会だけを相手にしていた。そのため熟練度が低く、魔力量も少ない者が多い。裕福な者ほど安全なのだから。
そのため高位の魔法も覚えられず、発動出来る魔法回数も少ない。そこでアベルの存在が大きいのだが、それを表立って認めてこなかった教会は、今回のことで辺境伯から怒りを買ってしまったのは後の祭であろう。いくら探せどアベルは見つからず、治療を施せない騎士達には、領主が城にある在庫のポーションで回復させた。そして、
「ふざけるな!なんのために高額の御布施を収めていると思っている!来月から減額だぁ〜〜〜」
「「「ひぇ〜〜〜〜」」」
辺境伯の怒りに満ちた叫びに、怯え慄き逃げするように去った治療士達の未来は暗かった。
「待たせたな。これならしばらく大丈夫だろう。そのマントは今すぐこっちに変えとけ」
「いくらになった?」
「せめて銀貨五枚だ」
「それじゃ安すぎるって!」
「これから色々と入り用だろ!それに上物ってわけじゃない。あっ!でも丈夫で長持ちしそうな奴を選んでいたぞ」
「本当に助かるよ、ありがとな親父さん」
「達者でなアベル様」
店主と硬い握手を交わし、教会の白い綺麗なマントから深緑で厚手のマントに着替え、心の中で何度も感謝を言いながらアベルは冒険者ギルドへと向かった。
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