第2話 少女との出会い


 教会が、優秀な治療士に愛想をつかされたころ、領都の北にある立派な作りの薬局では、研究結果をまとめ、師に渡す薬師見習いの少女がいた。


「師匠、これが新しい調合のレシピです」

「そうか、素晴らしいぞ。ほうほう、この工程を足せば癒し草の使用料を三割も減らせるのか!」

「はい、そうです。これで今より安く沢山の回復ポーションを作る事が出来ます」

「それは違うな、ティアラ。これで沢山の利益を上げることが出来る。そしてこのレシピで私のギルドでの地位がまた上がるのだ」

「はい、師匠…………」


 薬を作り人々の命を守る職業のはずが、より多くの命が救えるよりも、より多くの利益を求めるその発言に、いくら師といえど毎回嫌になるティアラ。しかしその気持ちを飲み込み話を続ける。ある確認のために。


「そうですね……そのお陰で村へ沢山のお金を送って貰ってますから」


 自分も、その利益の恩恵に与っているのだから、なにも言えない、言う資格がない、共犯者なのだから。しかし次の瞬間、師が言った言葉で絶望に落とされる。


「ああ……そういえば、お前の村なら魔物の群れにやられて無くなってしまったそうだ……」

「えっ!そんな……師匠が私のレシピの対価として、仕送りしてくれてたじゃないですか?それで畑も拡張出来て、村を守る塀や堀を作ったり、冒険者を雇ったりして、みんな平和に無事に……まさか!この一年村から手紙が無かったのは?」

「えっ、まぁ〜私も色々と用意りだったので、次の選挙でギルド幹部になるためには、金が必要だったのだよ。すまんな」

「ひどい!そんな!約束が違うじゃないですか!毎月必ず村に仕送りしてくれるって…………」


家族の為、村の為と、愚直に試験勉強をしながら研究開発をし、店で接客や調薬をしていたティアラ。しばらく村から手紙が来なくても、便りがないのは無事な証拠と想い、必死に毎日を過ごしていた。

 そんな彼女の気持ちを考えず、軽い感じで事実を告げる師匠。しかも約束を破り、仕送りをしていなかったのだから、彼女の怒りと悔しさはとても酷かった。    

 この人は、いったい人の命をなんだと思ってあるのだろう。いまさら、こんな人を師と仰ぎ、教えを請う意味があるのかと。しかし、薬師になる為には弟子入りし、研鑽を積み、師に認められ、推薦されてはじめて試験を受けられる。自分が一人前の薬師となって村に帰ってみんなの役に立つはずが…………


「師匠……私は……いつになったら……試験を……受けれるんですか?」

「まっ、まぁ〜選挙が終わって私がギルド幹部になったら考えておこう。それよりも、もうそろそろ私の妻にならんか?」


期待はしていなかったが、想像通りの師の答えに目の輝きが無くなるティアラ。師は金の卵を手放すつもりはないらしい。しかも


「みんなごめん、ごめんね……私がこんな奴を信用したせいで……もう嫌……弟子を辞めさせていただきます。今までお世話になりました」

「ふざけるな!今までどれだけ私がお前に目をかけてやったと思ってるんだ?幼いお前を、ここまで育ててやった恩も忘れおって、ならば力ずくで私のものに」


 逆上し襲いかかる師に対し、とっさに棚にある薬品を手に取り、蓋を取り浴びせる。


「ぐぁ〜〜〜〜〜」

「きゃっ、つぅ〜〜〜」


瓶のラベルにはスライムの酸液。それが顔にかかり、もがき苦しみ、のたうち回る師の姿。その横を、急いで通り過ぎて扉から外へと出る。

しかし彼女も勢い余って酸液が腕にかかっていた。しかし治療出来る薬は全て店に置いてきてしまった。戻ることは出来ない。火傷の痛みに耐えながら、必死に走って逃げ去る少女の目には涙が溢れていた。


◆ ◆ ◆


 領都の中心街。数々の商店や飲食店ガ並び、賑やか町並みも、一歩裏道には入れば人気のない場所も多い。勢いのまま飛びましたアベルは、先ずは腹ごしらえと表通りの屋台で食事を買うと、そのまま今後のことを考えながら呆然歩いていた。すると突然、

一一ドカッ


路地裏から飛び出してきた少女がぶつかってきた。普段なら避けれたのだが、気がそれていたからだ。


「おっと!ごめんな」

「いえ……こちらこそ……うっ……」

「すまない、怪我させちゃったか?」

(ビクッ)


アベルが謝ると少女も答えるが、どこか痛めたような声を出す。倒れた少女に手を差し出すと酷く怯えている。よく見ると、ローブの下から酷い火傷を負った腕が見えた。


「怪我をしてるじゃないか!火傷か?」

「はい…………」

「ちょっとみせてくれ。これは酷い……ヒール」

「あっ!痛みが引いていく。それに肌が元に戻って……」


彼が腕の火傷に手を添えて魔法を唱えると、掌から光が発せられ瞬く間に火傷が治り、綺麗な肌へと戻った。


「まだどこか痛むかい?」

「治癒士様だったのですか?いえ、火傷が痛んだだけですから。有り難うございました。ただ……今は持ち合わせがなく対価をお支払いできなくて……」


ティアラは治療に驚くも、痛みが無くなり助かったと思ったが、彼に対価を払いたくても手持ちが無い。


「いいよ、気にしなくて。俺はもう治癒士じゃないかもしれないから……」

「それってどういう?」

「すまない。それなら俺の話を聞いてくれるかな?それが対価ってことで。少し人と話したいんだ……」

「そんなことで良ければ……」


しかし対価を断り、魔法で癒やしてくれたのにも関わらず、治癒士ではないかもという青年の表情が、とても気になってしまい、思わず訪ねると、対価に金銭ではなく自分の話を聞いてほしいと言ってきた。そして、


「アベルも大変だったんですね」

「ああ……人によって大小様々な不幸が起きるけど、これはないよなって感じだよ……それにティアラも随分と酷かったんだな……」

「そうですね……もう村の為にとか、家族の為にとか、頑張る理由が無くなってしまって……」

「そっか……色々とあるよな、生きてると……」

「はい……」

「それで今後を考えてたら、君とぶつかってしまった所さ」

「ごめんなさい、私も逃げるのに必死だったから……」


 この二人が偶然出会ったこの時、世界は大きく変わり始める。

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