治癒士と薬士見習いの逃避行

SILVER BUCK(アマゴリオ)

第1話 限界がきた青年

 治療士


 それは教会が認め祝福を与えし職業。

 聖魔法を施し、怪我人を癒やし、対価として金品や物品などを貰い生活する。治療師は教会の管理下に置かれ、御布施という形で対価を上納し、その価値に教会より位を授かる者。


 薬士


 それはギルドに認められし職業。

 様々な素材を研鑽した知識や技能で調合し、病を治す。先駆者を師と仰ぎ弟子入りし、薬剤師ギルドの試験に合格し認可を受け、名乗ることを許される者。


 しかし、組織が出来れば、派閥や利権が絡むのは世の常。それが命に関わることであれば、その価値は他を組織と比べ物にならない。力を持った組織は、その崇高な理念や志は、時が経つにつれ、忘れられ、腐敗し、壊れていった。

 志が高く最低限の対価しか貰わない下級治癒士の青年と、その卓越した知識と技能で新薬を開発するが、その全ての権利を師に奪われ続ける、天才薬師見習いの少女。偶然にも同じ日に事が起こった。



◆ ◆ ◆



 王国の南の端にある辺境伯領。その領都の南にある教会では、今日も一人の青年が、高齢の男性に怒鳴られていた。


「アベル、なぜこんな少額で治療を受けた?」

「それは貧しかったのだからしょうがないのでは?」

「安売りをするな!回復魔法の価値を下げるなと言っているんだ」

「対価は自分の判断で決めていいはずですよ?司祭樣」

「それで毎回教会への御布施が少ないのだろうが!」


 治癒士となり回数による熟練度を上げていくと新しい魔法が覚えられ、また体内の魔力は使うほどその容量は多くなる。アベルは治癒士になりたての頃より、真面目に民のために数多くの治療を施していた結果、高齢な上司達よりも、回復魔法の威力も効果も回数も能力が上がっていた。そのため上には煙たがられるも利用され、同期や後輩には、妬みや嫉みの対象となっていた。

 それでも自分の考えは変わらず頑なに従わない。そのため仕事を全うしたにも関わらす、毎回叱咤される。

 しかし彼は、いくら人々に奉仕しても、実力に似合った階級には上がれず、毎回助けた者達からの献金が少ないと責められ続けた。

 助けを求めた者に手を差し伸べ、その対価を貰い生活する教会。たしかにお金は大事なことだが、その額の多さが、彼には納得がいかなかった。


「だから、なぜ腕の骨折を直しただけで、金貨一枚も請求しなければならないのですか?」


 金貨一枚とは平民の成人男性が稼ぐ年収の約半年分。そんな高額な対価を請求すれば、数日後には、借金まみれになるか、奴隷に落ちるしか無いのは、目に見えている。


「それだけの価値がある魔法だからだ。」


 魔法の価値。それはこの世界で十二歳まで無事に生きられると、教会で無償に行われる成人の儀によって授かるギフトだ。殆どの者が 火・水・風・土 の四属性を授かるが、約千人に一人の割合で光を授かる。その者を教会が引き取り育て、治癒士として奉仕させる習わし。自分達は神に愛されし特別な存在と、回復魔法とは神の御業と、豪語し不遜に振る舞う。その価値観や振る舞いをアベルにも押し付けていた。治癒士とはこうあるべきだと。


「しかし、そんな額を彼に請求すれば、明日からまともに生きていけませんよ!」

「それは金貨を我らが貰った後に、彼が考えることだ。そこまで考えてやる義理は我らには無い」


 司祭が述べる心無い言葉に、いつも胸の奥がざわつくアベル。しかも彼にとって、さほど大変でも高度でもない回復魔法でもあったのだから納得がいかない。


 中級回復魔法ミドルヒール。


 骨折や重度の裂傷や打撲なら一発で治る魔法。しかし、この教会で彼を除いて使える治癒士は、百人前後所属していて極少数の一桁。しかも一日に一回使えば、その日は魔法が使えないほどの魔力量しかない者ばかり。

 そんな魔法をアベルは、頑張れば一日に百は発動出来るのだ。そして肝心なのは元々の教会の教えにある。

 治療をした者が、その対価を決め求めよ

この教えにより、彼が治療したならば、その対価は彼自身が決めていいのだ。そのはずなのだが、


「毎回、毎回、言っておるだろう。ミドルヒールの価値がどれほどかを」

「それは皆さんの熟練度不足なだけですよね?」

「なに〜貴様ぁ〜高位なる我らを愚弄するというのか?」

「いや、だって司祭樣達って普段なにされてます?会議だ、打ち合わせだと治療を下の者に押し付け、食事は働き詰めの者達が一日二食にも関わらず、三食にお茶の時間と、付き合いと称して酒場に足を運んでいらっしゃる。そんなのが毎日っておかしくないですか?その日数や予算を半分にするだけで、他の治療士や幼い修行者達が三食取れるようになりますよ」


 アベルもわかっている。そういった仕事や付き合いがあることは。しかし毎晩とは、どうしても理解出来ない。それに娼館やカジノにまで、いくら付き合いと言っても無理がある。


「ならば、お前が私より高位となって戒めればよいではないか?フフフ」

「だから、その地位や役職も御布施の額で決まってしまうんだから無理な話ですよ……」


そう、結局金なのだ。より偉く、より力のある立場になるためには、その分の献身という御布施が必要だった。教会にとっての功績とは全て金で評価されてしまうの。結局、いくら人々を助けようと、どれだけ命を救おうと、なんの評価もされない。たった一人の商人や貴族を相手にし、高額の対価を貰い、それを教会に収めた者が立身出世出来るのだ。だからこそ腐っていくのだが、


「今からでも遅くない。治療を施した者に、再度対価を要求してこい。それに今後は、私が相手との交渉に入りお前の対価を決めてやろう」

(ニヤリ)


 この司祭の言葉に、今まで自分が耐え忍んできた事が馬鹿らしくなり、教会に絶望し、呆れ返ってしまうアベル。そして、とうとう色々と限界を超えてしまった。


「もう限界です。でしたら、只今をもって私は教会から出ていきます。ここでなくても怪我人の治療はできますから」

「なに〜〜〜!おい、まて、待つんだアベル!追放処分になるぞ、教会を敵に回して無事ですむと思うなよ〜〜〜」


 後ろから騒ぎ立てる司祭の声に耳も貸さず、彼は淡々と歩みを進め、教会を後にした。

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