第5話 第3の女
下の階では麗華さんが少年の肩を抱き、寄り添いながらソファーに座っていた。その横で、家政婦の幸枝さんが暖かい飲み物を用意していた。
「警察に連絡は?」
「はい。先程させていただきました。間も無く到着されるかと思いますが、ここは道も悪いので…」
幸枝さんは私たちの分のココアを用意しながらテキパキと成すべき事を進めると、テーブルの端に腰をかけた。
「こんな時にあれですが、警察にも聞かれることだと思うので、みなさまの昨夜のことを教えてください。夏目氏を最後に見かけたのは…?」
私は皆の顔を一人一人見渡し観察をする。この中に犯人がいるはずなのだから。ウソは見抜かなければならない。
「奥さまと旦那さま、水谷さま以外の皆さまになりますが、8時にはご夕食を済ませ、各自のお部屋に戻られたと思います」
「あぁ、そうだったな」
風吹が口の周りについたココアを舐め、そう相づちを入れる。
「その後、皆さまは部屋を出られなかったと?」
私は改めてこの場にいる皆に問いかけた。
「私は洗い物や明日の仕込みがありましたから、11時くらいまで1階におりました」
「それでは夏目氏に会ったのは、20時が最後だと?」
幸枝さんは少し戸惑ったように、麗華さんの方に目線を移す。
「お話して差し上げて」
麗華さんの言葉に幸枝さんは軽く頷き淡々と事実を語り始めた。
「昨夜9時ごろでしたか、来客がございました」
「来客?」
「はい。時々旦那さまが、その…。見知らぬ女性を招き入れることがありましたので、昨夜もそうだと思っておりました」
「見知らぬ女性?」
「はい。呼び鈴が鳴りましたので私がお迎えにあがろうとすると、旦那さまが2階から降りれこられまして、『私の客だ』と」
21時、夏目氏の生存を確認。見知らぬ女性の来客あり。私の心のメモに情報が追加される。
「それで?」
「その後のことは、気にしないようにしていましたので…」
「そうですか。家政婦さんというのは気を使う職業なのですね」
幸枝さんは住み込みの家政婦らしく、仕事を終えると部屋に戻り趣味の映画を見ていたと言う。
「では、夏目氏の姿を最後に見かけたのは、幸枝さんということで良いですか?」
断然その見知らぬ女性が怪しいと言う見解になってくるところ、沈黙を破ったのは麗華さんだった。
「あの…。私たち、私とこの子ですが、毎日就寝前のご挨拶を旦那さまにしていまして、昨日も夜10時にお部屋に伺いました」
「ほほぉ〜。で、夏目氏に変わったことは?」
「女性の姿もなく、旦那さまは、あ…夏目は小説を書いておりました」
「それで?」
「それだけです」
「何か話をされたりしなかったのですか?」
「えぇ。小説を書いている時は、話しかけられることも嫌う方ですから、ご挨拶をして直ぐに自室に戻りました」
22時ごろまで、夏目氏は生きていた。死亡推定時刻を考えると違和感はない。私は麗華さんに頷き、今度は風吹に目線を移した。
「僕ですか? 僕は部屋に入って…。あぁ〜、一度喉が渇いたのでキッチンまでおりました」
「ほぉ」
「キッチンに行くには、先生の部屋の前を通りますが中から微かに音楽が聞こえましたよ。まだ執筆されていらっしゃるんだなーと思って話しかけることもなく、冷蔵庫からペットボトルを拝借して自分の部屋に戻りました」
「それは何時ごろのことですか?」
「10時半ってところだったと思いますよ」
私は念の為、幸枝さんとキッチンへ向かい冷蔵庫の中を確認してもらった。確かにペットボトルが1本減っているという。
「幸枝さん、あなたは先ほど23時くらいまでここにいたとおっしゃった。では風吹さんの姿を見られたのではないですか?」
「それが…。色々動き回っていたので、全く気付かず、お会いはしていないのです。ただ…」
「ただ?」
「こちらも事件とは関係ないと思いますが、1時すぎに私が寝ようとテレビを消すと、どなたかがシャワーを使っている音が聞こえました」
「シャワー?」
「はい。こんな遅くにシャワーをお使いになる方など通常はいらっしゃらないので、風吹さまかと思ったのです。あ…申し訳ございません。この件には関係ないことでしたよね?」
「いえ、とても参考になるお話です。警察の方からお話を聞かれた時も、このお話もきちんとお伝えいただくのが良いでしょう」
「かしこまりました」
では戻りましょうと、幸枝さんを促すと、こんな言葉が耳に飛び込んできた。
「いい? お母さんが良いと言うまで、何も話してはだめ。その話も誰にも言ってはならないの。良いわね」
それは麗華さんの声だった。麗華さんがあの少年に言い聞かせている。いったい何を?
風吹の目の前で話をしていると言うことは…。不思議な光景が私の頭の中にメモとしてインプットされた。
間も無く警察が到着する。
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