降りつもった雪に埋もれて凍死したい
虎島沙風(とらじまさふう)
1.ひィやぁああッ!!!
ドンドン。不意に背中を叩かれて、びっくりしすぎてそのまま死ぬかと思ったけれど、死ななかった。残念だ。
とりあえず、雪の中から顔を出す。息苦しさから解放され、叩いてきた人間が誰なのか振り返って確認すると──
「ひィやぁああッ!!!」
思わず喫驚したボク──
「うるせえ。鼓膜が破れるだろうが」
ボクは恐る恐る顔を上げる。そしたら、雪永はいじめ終了直後に見せることが多いあの真意の読めない無表情で見詰めてきた。ボクは恐怖のあまり固まる。
「お前、こんなところで何してんだよ」
吐息が白い。雪永も寒いんだ。人間らしいと感じて、少し安心する。
本当のことを言いたくないボクは「雪で遊んでたんだ」と嘘を吐いた。
すると、雪永が無言になり、気まずい沈黙が訪れる。
「……。雪永は何でボクのこといじめるんだ? ボク、君に何かしたか?」
沈黙に耐えきれなくなったボクは、今までずっと疑問に思っていたことを尋ねることにした。
雪永の眉間に深い皺が刻まれたことにハッと気づき、反射的に身体が竦む。
しかし、雪永の唇は固く閉じられたままで開く気配はない。
しばらく待ったけれど、雪永は結局ボクの質問には答えてはくれなかった。
「ボクは……。雪永は根は優しいから、いつか必ずボクをいじめるのをやめてくれるって信じてる。だって……。だって、雪永はボクのことを助けてくれたことがあるから。小学三年生の時にクラスメイトの女子……、同じ飼育委員の子のちょっとした意地悪でうさぎ小屋に閉じ込められたボクのことを助けてくれ──、」
「俺がお前を助けたことなんてあったか?」
雪氷がボクの言葉を遮り、早口で質問してきた。
「えっ……。覚えてないのか?」
「覚えてるけど誤解してる……。あれは助けようと思って助けたわけじゃない。……ただの気まぐれだ」
「気まぐれ?」
訊き返したボクの口を雪氷がいきなり手で覆うようにして塞いできた。
やっ、やめろ! ボクは声を発することができなかったので心の中で怒鳴った。息苦しいし冷たい。ほんとに何なんだ? 何も言わずに急に口を塞いでくるなんて、何を企んでる?
「お前がさ……」
雪氷は言葉を発したばかりなのにすぐに口を閉じ、ボクから目を逸らした。
おい目を逸らすな。今すぐこの手を外せ。心の中で大声で呼びかけても、雪氷の耳には届かない。
「うさぎ小屋の外から鍵掛けられて、もう自力じゃ外に出れない状態になってるってのに。お前は自分がピンチになってることに全く気づかずにうさぎたちと楽しそうに戯れてた。そんな光景を、うさぎの様子を見るために小屋を訪れて偶然見た俺は、間抜けだなって思わず笑っちまうぐらい呆れたんだ……。で、癒しの時間を邪魔してやろうと思った。残酷な事実をお前に教えて絶望させてやる。その絶望顔を見て心ん中で嘲笑ってやろう。そんなふうに期待しながら、お前に話しかけただけだ……」
雪氷は昔の思い出を懐かしむような遠い目をしていた。
ボクの口を覆っている手の押しつける力の強さが弱くなったが、弱まったのはほんの少しだけで外そうとする気配はない。
雪氷の話に嘘は含まれていないように感じた。多分、雪氷は100%の善意で助けたわけではないと伝えたいのだろう。
でも、可哀想だから何とかしてやろうと同情して鍵を開けて助けてくれたという、理由もあったと思う。雪氷はその理由をわざと省略して話したようにも感じた。
省略したのは、今の自分よりまだ優しくて性格がよかった頃の自分をなかったことにするため。
なかったことにしたいのは、今のボクをいじめてるダメダメな自分と比べて、妬んでつらくなるから。
まあでも。あの頃の雪永も今の雪氷も、根は優しい男だって信じてるけどな。
あの頃のボクはもちろん、今のボクも、ちゃんと信じてる。
それに、あの時、雪氷が助けてくれなかったら、ボクは確実にパニックになってどうしたらいいのか分からなくなってたと思う。
だから、雪氷には感謝してる。感謝してるけど、手が邪魔だ。いつまで人の口を塞いでるつもりだ。感謝してるから今すぐ手を外せ。
ボクが雪氷の指を噛めば、きっと痛みで怯んで外すはずだ。
感謝してるけど、今日まで散々いじめてきたことがチャラになるわけではない。
よし、今こそ雪氷にやり返すチャンスだ。……。やっぱり怖いからやめようかな。いや、絶好のチャンスを逃すな。……よし。やるぞ。ボクは。噛むぞ。噛んでやる。
ボクは、迷った末に意を決して雪氷の指を噛もうと唇を開いた。
「おい。噛んだら殺すぞ」
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