第29話 複雑な心境
馬を止めて数分。
出店まで買い出しに行っていたクロウが戻ってきた。
チキンの入った袋を二つ持って。
「神殿に持っては行けないから、景色見ながらでも食べようか」
「何、クロウも食べるの?」
私は差し出された袋を受け取ると、そうクロウに質問する。
「人が食べてるところを見てるだけで我慢しろって?僕だってね騎士だから体力それなりに使うんだよ?」
なんかもっともらしいことを言われる。
まぁ、それはそうよね。
一時間以上も私に付き合ってあちらこちら言ってくれたのに、
他人がそばで食べてるところを見るだけなんて、私だったら耐えられないもの。
「まぁ、私は食べれればなんでもいいけど?」
私たちは落ち着いて食べられる場所がないかキョロキョロと見回して、噴水の側のベンチに腰を下ろしてチキンを食べることにした。
腰を下ろすと、ガサゴソと中身を漁って肉を取り出すと、私はガブリとチキンにかぶりついた。
「美味しい!」
久しぶりの肉の味。
カリッとした表面にプリッとした食感。
噛むたびに溢れてくる肉汁。
これよこれ、私が求めてたのはこれよ!
「久しぶりに固形のもの食べた、幸せ!」
こっちにきてから、贅沢な生活をしてきたけれど、そうなるとなかなかこう言う庶民の食べ物……いわゆるジャンクフード食べる機会、なかなかなかったのよね。
お上品なフルコースもいいけど、たまには手掴みもいいわね。
嫌なことを全て忘れてしまいそうになる程幸せな気分だ。
思わず笑顔が溢れた。
そんな私を見て、クロウは少しホッとしたような表情を浮かべる。
「ちょっとは元気でた?」
「私は元気よ?ずっと?」
「うそだよ、その割には静かだったじゃないか。」
「お腹すいてたのよ」
私はむっとしながらチキンをかぶりつく。
全く、至福の時に水を刺さないでよ!
至福のときを過ごして、一時的にショックを忘れてるんだから、思い出すようなこと言わないでよ。
なんては思ったけれど、これは彼なりの気遣いなのだ。
「あの子供、今日は会えなかったけど、ちゃんと見つかるから安心しなよ、どっかにはいるって」
「下手したら消されてるかも」
「だ、大丈夫だって、肝心のリイナのことは失敗してるんだし」
「国外に逃げてるかも」
「国内のどこかにちゃんといると思うよ。」
「根拠は」
「なんとなく。」
「ずるい。根拠ないなら信じないって私には散々言ったくせに。」
「あ」
私が嫌味を言うと、あからさまにクロウは慌てた。
そんな攻めてるつもりではなかったんだけれど、その慌てっぷりは面白かった。
「うそよ。わかってるわ、元気づけようとしてくれてるんでしょ?」
「……」
「あの小屋で、あんな表情してる君を見たら……気にもなるよ」
「そんなひどい顔してた?」
「『絶望』って言葉がよく似合う表情だったよ。」
「あそこであの子に会えれば、全部終わると思ってたからねぇ……実感は湧かないんだけど。元気だし。でも……まぁ、死にたくはないけど……もうどうしようもないなら、受け入れるしかないのかしら。」
そうじゃなきゃ、わざわざあんなところまで、ロベリアに会いに行かないわよ。
せっかくのぞみかなって転生した世界で、リイナにも会えたのに、なんだかんだみんなと仲良くここまで生きてこられたのに……
このまま前世より短い命で終わるのは、悔しい。
でも、考え方によっては、私はもう一度死んでるから、免疫できてるし……
前世でお風呂で溺死って知ったのは死んだ後リオスに聞いただけだから、私にはその時の全然記憶ないし、だから苦しくなかったし。
今が余生みたいなもんだからなぁ……未練はないかも。
それに、あの時私がリイナを助けずに、リイナが呪いにかかっていた場合のことを想像する方がゾッとする。
「リイナのことが守れたなら、それで満足よ」
だから私はぽつりとそう呟いた。
そして、チキンにもう一度かぶりつく。
そんな私に、クロウは口をひらく。
「本気で言ってるわけ?」
顔を彼に向けると、怪訝そうな表情を浮かべているのがわかる。
何よ、そんな表情することないじゃない。
「そうでも思わないとやってられないじゃない。あの子の居場所はわからない、黒幕もわからない。目的すらわからない。じゃあ運命を受け入れるしかないじゃない。」
私は誤魔化すように、もう一度チキンにガブリとかぶりつく。
「やっぱりらしくないよ。いつもの君なら、何がなんでも呪い解いて生き抜いてやるとか言いそう」
「あら、そのつもりはあるわよ。でもお手上げでしょ?気合い入れてから回って、ショックを受けるよりマシじゃない。」
今回がそうだった。
いや、前世も含めて、これまでの人生全部そうだった。
誤解されたくないからもう一度言うけど、別に死にたくはないのよ。
でも、ダメージをこれ以上受けないもの。
それでも、クロウはさらに言葉を返した。
「でも、いつもの君なら、こんな時でも行動的だと思うよ?」
「たとえば?」
「リイナが狙われてるかもとわかれば、誰も信じなくても行動して、身を挺してリイナを守るし、魔女の居場所がわかって、呪いが解けるかと思ったら、みんなの目を掻い潜って神殿を抜け出そうとする行動力があるのに、なんかあの子に会えなかっただけで諦めムードじゃないか。」
「それとこれとは別よ」
ここまでは、筋は違えど、なんとなく私の書いた物語に沿ってたから行動できただけ。
その私の想像の範疇を超えて、人が行動を変えて、世界がその辻褄を自動的に合わせているのなら、もう私にもどうしようもないじゃないの。
「別ではないと思うけどね。他人のためにここまで体を張った君が、あの子が見つからない程度で諦めるなんて、らしくないよ。やっぱり。すぐ死ぬわけじゃあるまいし。」
なんなのよ、さっきまでは励ましムードだったのに、急にコブムードに入っちゃって。
そんなこと言われたって、心には何も刺さんないわよ。
でも、まぁ、確かにまだ一年も時間あるのよね。
運命はまだ決まってない。
なんなら物語の道筋からは大きく外れているのだ。
なら、なんとでも変えようがある、未来は確定されてない。
「らしくないのはお互い様でしょうよ。普段のあなたなら、私がどうなろうともっとドライな対応だったじゃない。気にしてるんじゃないわよ、別にあなたのせいでこうなったわけじゃあるまいし。慣れてないせいか、励まし方のテンションがチグハグで、ついていけないのよ」
「ひどいこと言うねぇ、こっちがせっかく……」
「もういいわよ、チキン奢ってくれたし、これ以上無理して慰めてくれなくても。確かに、行きは責めたけど、ただ悪態ついただけよ。チャラっていうつもりはないけど、一回忘れましょう。それより、今後のこと考えましょう。」
そう返事を返して、私はベンチからスッと立ち上がった。
「それに、言ってたじゃない。目的達成してないんだから、またリイナ狙うために潜伏してるかもしれないんでしょ?なら、あなたのその意見に賭けるわよ。」
そして私の手元に残った骨になったチキンの残骸を、近くのゴミ箱に捨てた。
「わがままに付き合ってくれてありがとう。さ、帰りましょう。」
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