第40話 線香花火

「おまたせしました」


 振り返るとそこには水色の浴衣に身を包んだゆーちゃんがいた。


 いつもとは違った雰囲気を纏う彼女に少したじろぐ。


「いや、今来たばっかだよ」


「なら良かったです」


 そう言って俺たちは歩き始めた。


 まだ4時ということもあり人の波はまばらだった。


「まだ人少ないね」


「そうですね」


「まだ小学生だからこの時間だけど大人になったら夜の花火も見れるのかな」


 正直市販の花火も楽しみっちゃ楽しみだがそれよりも打ち上げ花火を近くで見たい気持ちがある。


 いつかは2人で見れたらいいな。


「大人になったら見に来ましょうよ!ふたりで!」


 「ふたりで」その言葉に妙に胸がドキリと高まった。


 その胸の高まりは少し痛かったけど心地よい痛さだったような気がする。


 俺はなぜゆーちゃんと一緒にいると胸が締め付けられるように苦しくなるのだろう。


 その苦しさも愛おしく感じるのは何故だろう。


 子供の俺には分からないことだらけだ。


 いつかはそんな答えも知れたらいいな、そう思う。


「うん、一緒に行こう」


 俺はそう約束した。


 いつかまたふたりでこの場所に戻ってこれるように、と。


「わぁ!りんご飴です!りんご飴ですよのあくん!!」


 ゆーちゃんは声を弾ませてそういった。


 視線の先にはりんご飴屋の出店があった。


「1個400円だって」


「400……」


 正直いうと小学生に400円は高い。


 だけどゆーちゃんのこの顔は…


「高いけど食べたいです!!」


「だよね」


 そう言うと思った。


「じゃあ買うか」


 俺は店主に近づいてりんご飴を2個頼んだ。


 ふたりで400円ずつ出してりんご飴ふたつを手に入れた。


「美味しそうです!!」


「だな」


 りんご飴を前に幸せそうな顔をするゆーちゃんを見るのが俺の一番な幸せなのかもしれないな。


「んぅ!おいひぃーべす!!」


 本当に美味しそうに食べるな。


 俺も一口食べてみるか。


「ん、確かにこれは美味しい」


 従来のリンゴ飴は飴のコーティングが多めだがこの店はりんごのみずみずしさを全面に感じることができた。


 水分を多く含んでいる分口の中で甘さが弾ける。


「ですよね!!」


 ゆーちゃんは嬉しそうにりんご飴を頬張っていた。


 美味しかったせいかすぐに手からは全てなくなっていた。


 そんなに美味しかったんだな。


「また今度食べにこようよ」


「!?そ、そうですね!一緒に食べましょう!」


 そう2人で誓い合った。


 そしてしばらく歩いているとゆーちゃんがあるお店の前で足を止めた。


 チョコバナナ…食べたいのかな?


「食べる?」


「食べたいです……」


 ゆーちゃんの口からは今にもヨダレがこぼれおちそうなほど食べたそうにしていた。


「じゃあ食べよっか」


 ハチマキをつけた白のタンクトップ姿の店主のおっちゃんに300円を手渡す。


「美味しそうだな」


「そうですね!」


 チョコバナナを受け取って初めに出た感想はそれだ。


 しっかしチョコバナナとかは食べたことないからなぁ、美味しいのかな?


 見た目は美味しそうだけどね。


「いただきます」


 そう言って1口目を頬張ると口の中でチョコの風味と微かなみずみずしさを感じた。


「ん!おいひい」


 以外に口に合った。


「美味しいですね!」


 ゆーちゃんも嬉しそうでよかった。


「もう無くなっちゃいました」


 美味しすぎて直ぐに手元からなくなってしまった事実に嘆くゆーちゃん。


「無くなっちゃったので次行きますか?」


「そうしよっか」


「あ、その前にこれを買ってもいいですか?」


「これ…?」


 そう言ってゆーちゃんが指さしたのは狐のお面だった。


 少しブサイクで決して可愛いとは思えないものだった。


 でも、どこか憎めないような愛らしい顔をしていた。


 そんなお面をゆーちゃんはひとつ買っていた。


「どうしてそれなんだ?」


「え?う〜ん…直感、ですかね?この子が何故か私のことをじっと見つめているような、そんな気がしたんです」


 少し小難しそうな顔をして言ったゆーちゃんだったが、その顔はどこか嬉しそうだった。


「ふーん、いいじゃん。似合ってるよ」


 俺がそう言うとゆーちゃんは顔をぱぁっと明るくして喜んだ。


 その笑顔が俺には眩しくて、尊かった。


 いつかこのお面をまた見る時が来たらこの時を思い出すんだろうなと直感的に思った。


「えへへ、私の買いたいものは買えたので次はのあくんの行きたいところに行きたいです!」


 俺の行きたいところ、かぁ。


 どうしようかな………、そうだ!あそこにしよう。


「射的、行きたいかも」


「射的?」


「うん、ちょっと得意なんだ」


「へー、意外です」


 そうかもな、なかなか射的得意なんていうやついないもんな。


「実はあれコツがあるんだよね」


 射的屋を目指しながら雑談する。


「コツ、ですか?」


「うん。実はコツはね…」


♢♢♢


「わぁ!!すごいです!!」


 先程ゆーちゃんに教えたコツである「とにかく早く次の弾を撃つ」を実際にやってみせるとゆーちゃんは手をぱちぱちと叩いて褒め称えた。


「ありがとう」


 ちなみに店主は唖然とした表情で口をぽかんと開けていた。


 どうやら開けた口が閉まらないようだった。


「すごいな兄ちゃん、こんな奴初めて見たぜ」


 店主のおっちゃんに褒められた。うれしい。


「あはは、ありがとうございます」


 でも射的は迷惑かけちゃうから一店舗一回までって決めてるからね。


 俺はもうこの店では取らないよー、と心の中で伝える。


 伝わってるはずもないけどね。


 そして一等の景品をもらってから後ろに振り向いた。


「へへ、取っちゃった」


 俺は景品を左手に掲げながら右手でゆーちゃんに向かってピースをした。


「すごいですのあくん!」


「でしょでしょ?」


 得意な射的で褒められるのは単純に嬉しい。


 ちなみに自分でも何故射的の才能が開花したのかは分からないということだけ付け足しておこう。


♢♢♢


 最後に俺たちはゆーちゃんの言っていた花火が見やすい隠れスポット的な場所に来ていた。


 神社の脇を通って草木をかき分けて少し進むと開けた場所に着くのだ。


 しかもベンチ付き。


 花火を見るにはもってこいの場所だな。


 と言っても今日は花火は見れないんだけどね。


 ちなみに火を子供だけで扱うのは危ないという観点からこの場面だけは親も一緒だ。


 ちなみに同伴の親は例の俺の親父だ。


「いやぁ、ごめんなぁ2人とも。本当は2人きりにさせてやりたかったんだけどな?流石に火を扱わせることはできなくてなぁ…」


 申し訳そうにする親父に「そんなことないよ」と言った言葉をかけるわけでもなくただ「その通りだ!」と心の中で全肯定していた。


「いいよ、それより早くやろ」


 そう言って俺たちは俺たちの小さな花火大会を始めた。


♢♢♢


「とうとう最後の一本ずつですね」


「そうだな」


 俺らの花火大会もとうとう終盤。


 残りは2本の線香花火のみになった。


 俺とゆーちゃんは線香花火に同時に火をつけた。


「またいつか一緒に来ましょうね」


「そうだな。その時はまたこの場所で花火をしよう。いや、今度はここで一緒に花火を見ような」


「そうですね」


 そう誓い合った後、俺たちの線香花火はぽとりと地に落ちたのだった。


♦︎♦︎♦︎

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