第24話 天国と地獄

 3年5組は驚くほど並んでいた。


「これは30分は待つかもね」


 そこまで人気だったのか…それほど評判がいいってことだな。


「長いですね…」


「まぁ話してれば意外とすぐだったりするからさ」


「そうですね」


 結姫は待ち時間が長いことを憂いていた。


「でもこんだけ並んでるってことはよっぽど評判が良いのかもな、それほど怖いってことか」


「え………」


「本当に怖いなら無理しなくていいんだぞ?」


「い…いえ、そういう訳には行きませんので」


「まぁ入ってみて無理そうだったら言ってな」


 凄く怖がってそうに見えるけど結姫がそう言うならいいのだろう。


「お化け屋敷とかいつぶりだろうなぁ」


 思い返してみれば中学の学祭も含め最後にお化け屋敷に行ったのは小学生の時が最後だろう。


「私も4、5年ぶりかもしれません」


 お互いお化け屋敷とは長い間無縁だったってことだな。


 4、5年もお化け屋敷から離れていてはたして結姫の心臓が持つのかどうか心配なところではあるがな。


「小学生の頃は怖すぎて目瞑りながらお父さんにしがみついて行ってたな」


「私は怖すぎて泣いてましたよ」


 泣いてる結姫か…‥見てみたいかも、って俺最低かよ。


「まぁ小学生なんてみんなそうだよな」


「そうですよー、私なんて怖い者だらけだったんですから」


「過去形で合ってるのか?現在進行形でお化け屋敷を怖がっていたじゃないか」


 すると結姫は痛いところを突かれたかのように顔をキュッとしかめた。


「べ、別に1人じゃなければ怖くないですって」


「さぁどうなのやら」


 半信半疑だけどね。


「本当ですって!」


 と怒ってポコポコと二の腕を殴ってくるがたいして痛くないのでそのままやらせておく。


 普段周りにはクールなのにこうやって時々可愛らしい仕草をして……


「ほんとずるいよなぁ…」


「へ?何がですか?」


 二の腕を殴るてを止めて尋ねてきた。


 まずい、声に出ていたか。


「いーや、何でもないよ」


「えー?気になりますよ」


「大したことじゃないって」


 大したことではあるのかもしれないけどね。


「そう言われると逆に気になります〜」


 頬を膨らませて駄々をこねている。


 身長差があるから少し上目遣いでそれをしてくるのは反則ではないだろうか?


「ほら、そんなこと言ってないで俺らの番回ってきたから入るぞ」


「え、早いですね」


「だから言ったろ?話していれば意外とすぐだって」


「すごい、乃亜くんと話していると時間が溶けるようにすぎていきますね…」


 果たしてそれは良いことなのか悪いことなのか分かりかねるな。


 中に入ると薄暗い…というよりほぼ何も見えないような状態だった。


 あるのは外からの少しの光だけ。


 何も見えなかったら怖さも感じないんじゃないか?


 まぁ高校の学祭の出し物にそこまで求めるのは酷か。


 この感じなら結姫も大丈夫だろう……


「あわわわわ、なんも見えない…なんも見えないですよ乃亜くん!」


 全然大丈夫じゃなかった。


「大丈夫か結姫?」


「す…少し手を出して貰えますか?」


「ん?」


 よく分からないけどとりあえず言う通りにしておく。


 正直結姫がどこにいるかは分かるけど表情は全く分からない。


 すると結姫の左手がぴとりと俺の右手に触れた。


 やっぱり結姫の手は少しひんやりとしていた。


 結姫の左手は俺の右手をなぞるように這っていく。


 そして指と指を絡めてギュッと掴んだ。


「え、ちょ…結姫??」


 驚くのも無理はないだろう。


 いや、無理は無いどころかこの状況で驚かない人などいないだろう。


 もしいるならばぜひ会ってみたいところだ。


 何故かって?


 今普通に手を繋いでいるのではなく恋人繋ぎなんだから。


「怖いので…このままで」


 か細い結姫の声に恐怖の他に微かな嬉しさも含まれているような気がしたのは気のせいだろうか。


 恋人繋ぎに困惑しつつも前に進まなければ後ろの人達が入って来れなくて迷惑なので進むことにした。


 それにしても恋人繋ぎなんてされたら本当は俺の事好きなんじゃないかって意識しちゃうよ…。


 結姫のお姉さんが来た時に言っていた「好きじゃない、ただの友達」という言葉も嘘だったのではないかと思ってしまう。


 でもそんなことあるわけなくて結姫は俺の事なんか好きじゃなくて、だからこそ頑張らなきゃいけなくて……。


「乃亜くん?黙り込んじゃってどうしたんですか?考え事ですか?」


「あ…あぁ、ごめんごめん。ちょっとな」


「悩み事ならいつでも聞きますよ?」


「そんな大層なことじゃないし大丈夫だよ」


「ということは悩みではあるんですね?」


「いや…まぁ」


「悩みに大きいも小さいもないです。今は小さなものでもちょっとしたきっかけで大きくなってしまうものです。だからそうなる前にしっかりとガス抜きしとくのも大切ですよ」


 その通りだ。


 結姫の言っていることは100%全てあっている。


 でも…でもこればかりは結姫には相談できない悩みだ。


「たしかにな、でもこの悩みだけは自分で解決しなきゃいけないものなんだ」


「そうなんですね…悩みが解決できるように応援してま…」


「ぐわぁぁああぁっっ!!」


「きゃっっ!!」


 目の前からゾンビのようなものが飛び出てきた。


 あと一瞬だけ待っててはくれなかったのか。


 タイミング悪くて凄くびっくりした結姫が俺の腕から離れないんだが。


 まぁこれはこれでいいのか…?


「おーい、結姫さーん?生きてる?」


「乃亜くん……こんなに怖いとは聞いてません」


「まぁタイミング悪かったしな」


「だとしても怖すぎます……」


「このまま行くか?」


「はい、お願いします……」


 だいぶ震えている結姫を携えて(?)このまま進むことにした。


「わわぁぁあああ!!」


 少し進んだ時隣で結姫が唐突に驚いた声を上げた。


「へ?」


 どうしたんだ?と思ってみると結姫の後ろにはライトで顔を照らした貞子が居た。


「わお、これはビビるね」


 不意なことで俺も少しびっくりしてしまった。


「なんで後ろ向いたんだ?」


 何も無ければ後ろなんて向くはずがないな、と思いその理由を結姫に尋ねることにした。


「肩をとんとん、とたたかれて……反射で後ろを向いたらあれがいて……」


「それは怖いなぁ」


 これは俺がやられてても結姫と同じ反応をしたのかもしれないな。


「ほら、多分もう少しで終わりだから頑張ろうな」


 と言って頑張って何とかゴールまでたどり着いた。


「わ、外の光がこんなにも嬉しく感じたことは無いです」


「そうだな、やっぱりクオリティは高かったな」


「え?乃亜…?」


「え?」


 目の前で声をかけられて顔を上げるとそこにいたのはどこかで見たことあるような顔だった。


「覚えてる?小学校同じだった中野、中野俊介なかのしゅんすけ


 中野俊介、忘れもしない。


 忘れたくても忘れられなかった。


 結姫との楽しい毎日を過ごしていてもあの時のことだけは決して忘れられなかった。


 中野俊介は俺をいじめていたやつの筆頭だったやつだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る