第20話 氷姫と意地悪乃亜くん
「結姫」
俺は人気の少ないベンチにちょこんと座っていた結姫を見つけ声をかけた。
「ごめん、待たせた」
俺の声に気づいた結姫はこっちを見るなら驚いたように口をぽかんと開けていた。
「ん?どうしたんだ?俺の顔になんかついてるか?」
「え、あ…いや、いつもと髪型違うんだなって」
おそらく結姫が言っているのは髪の分ける位置のことだろう。
「いやー、いっつもセンターパートばっかりだからさ、結姫も見飽きたかなぁって思って」
いつも髪を上げる時は顔の中心で髪を分けるセンターパートにしていたのだが、どうもセンターパートだけじゃ変わり映えがないなと思い右分け、すなわち右目の上で前髪を分けた。
「そ…そんなことないですよ」
「この前髪似合わない?」
「いやいや、すっごく似合ってます!かっこいいです…!」
「っ…あ、ありがとう」
たとえそれがお世辞だとわかっていても胸が高まってしまう。
それほど結姫のことが好きなのだからしょうがない、と割り切れれば良いのだがそうもいかないのだ。
好きな人ができるとは何気ないことでも妙にソワソワして変に意識してしまうことが多く起こるということだ。
「じゃあ行こっか」
学祭を見て回るため結姫に手を差し出した。
結姫はそれをきゅっと掴んで立ち上がった。
それで俺は手を解いて進もうとしたのだが……
「あのー、結姫さん?」
未だ手を離さない結姫を覗き込むように尋ねる。
流石にこれはちょっと心臓に悪い。
「迷子になっちゃうかもしれませんので…」
いや、子供かっ!
ってツッコミたくなるもすんでのところで留めた。
でもそんなところも可愛いんだけどね。
「いや、要らぬ誤解を招いちゃうかもしれないからさ?」
「私は別に良いです…」
と言って手を握る力を強める結姫。
なんだこの可愛い生き物はぁああぁぁあ!!
可愛すぎだろ!反則だろこの可愛さは!
そこいらにいる底辺モデルより可愛いとかそんなレベルじゃない!
日本で一番綺麗な女優さんよりも全然可愛い!!(乃亜主観)
世界一可愛いよ結姫は!!!
っと、危ない危ない。
取り乱すところだった。(もはや手遅れ)
「でもこれからいろんなところで噂されちゃうかもよ?」
「むしろそれがぃぃ…………」
「ん?なんて?」
「な、なんでもないですっ!」
急に取り乱し始めた結姫は繋いでいた手を解いて歩き出した。
え?何?ちょっと怒ってる?
俺なんかしちゃったかな……、謝らなきゃ。
「ごめん結姫、俺が悪かったよ」
「別に乃亜くんは悪くありません、私が未熟なだけですので」
「??」
よくわからなかったけどとりあえず許してくれてそうでよかった。
そしたら今ならあれを言えるチャンスかもしれない。
「ねぇ結姫」
「?どうしましたか?」
「あ、のさ……」
明日の花火一緒に見よう、たったこれだけの言葉なのに詰まって出てこない。
ここで言わなきゃ男じゃないだろ。
こんなところでも逃げてたらあの時と全く変わっていないじゃないか。
「あ、明日の……」
「?」
「明日の花火一緒に見よう!!」
結姫からの返答は少し間があった気がする。
いや、正確には間などはほとんどなかった。
でもそれがいつもの数倍は長く感じてしまうほど俺の心臓は騒ぎ立てていた。
「いいですよ、むしろこっちから誘おうかと思っていたぐらいですので」
そう言うと結姫は頬をふにゃりと弛めて笑って見せた。
その笑顔に俺は安堵して「よかった…」と声が漏れてしまった。
「私を花火を誘うのにそんなに緊張していたのですか?」
先程までとは一転、小悪魔的な笑みを浮かべて俯く俺を下から覗き込んできた。
か…からかわれた……
ここは少しばかり仕返しをしてやるか。
「う、うん。だってこんな可愛い女の子花火に誘うのなんて緊張するに決まってるじゃん…」
「え……?」
ふふふ、予想通りの反応だ…!!
困惑してる困惑してるー、目泳いでる可愛いかよ。
可愛いって言われたことで頬も赤くなってるな。
可愛すぎるかよ。
「へへ、仕返し完了〜」
時を見計らってそう言うと結姫はさらに顔を赤くしてぽかぽかと叩いてきた。
「もぅ!乃亜くんは意地悪ですっ」
右頬をふくらませて怒っている姿はやはり可愛かった。
怒ってる姿も可愛いと感じるとか前までの俺じゃ考えられなかったな。
何事にも無気力だった数週間前までが今では考えられない。
「あ〜!いたよ乃亜〜!!探したんだぞっ!」
結姫とじゃれあって(乃亜主観)いると後ろから嫌な声が聞こえた。
いや別に嫌いってわけじゃないんだけどね、あの人のテンションにはついていけないというか……
「あれ?もしかしてお取り込み中だった?」
「母さん……」
「えへへ、ごめんね乃亜〜!お母さん悪気は無いのよっ!」
と主張するのは乃亜の実の母である。
「帰ってくるなら言ってよ」
「え〜、言ったよー!なのに乃亜既読もつかないんだもん」
あれ、マジか。
「ちなみにそれいつ送ったの?」
「昨日の昼かなぁ」
「いや、それこっちの今日の夜中だから」
「あれ?そうだったの?」
「時差って知ってる?」
「えへへ、忘れてたぁ」
なんで海外で働くぐらい頭いいのに大事な所で抜けてるんだよ。
「ちなみに彼女さんの名前聞いてもいい?」
「彼女じゃない」
「またまたぁ〜」
母さんワールド全開すぎてもはやついていけない。
息子の俺でついていけないんだから結姫には申し訳ないな。
「夢咲結姫です」
ちょっと待て、そこで否定の言葉ひとつも入れなかったら結姫は彼女だと言うこと肯定してるみたいになるぞ。
あ、いやこれ母さんのペースについていけなさすぎて焦って否定しなかっただけか。
「結姫ちゃんって言うのね!すっごく可愛くて乃亜にはもったいないくらいだわ!」
ものすごくその通りなんだけどなんかこの人に言われると癪だな。
なんでだろうね。
「あ、申し遅れました、双葉乃亜の母の
どうぞよろしくお願いします、と言って母さんは頭を下げた。
「いえいえ、こちらこそよろしくお願いします美咲さん」
と言って結姫も頭を下げた。
それを横から見ている俺。
まぁありふれた光景ではあるのかもしれないけどさ、好きな人と母親がこうしているのを見るとなんか変な気分になる。
別に嫌ってわけでも嬉しいってわけでもないんだけど…なんなんだろうね。
「あ、そういえば2人お取り込み中っぽかったわね」
「いや別に…」
「ごめんね〜邪魔しちゃって!じゃあ私はこれで、じゃあね結姫ちゃん」
「はい、さようなら」
こんな母さんに対してもしっかりと対応するなんてどんだけいい子なんだ。
去っていく母さんの背中を見ながらそう思った。
「なんかごめんな結姫」
「いえいえ、いつかはお会いしてみたいと思っていたので会えてよかったです」
「そっか、ありがとね」
「それにしてもいいお母さんですね」
「まぁいいお母さんではあるんだけどね、パワフルすぎると言うかなんと言うか…」
「確かに少し元気な方だなとは感じましたね。乃亜くんとは性格は真反対ですね」
と言って結姫は笑って見せた。
それをみて俺は「たしかに」と返して顔を見合わせて2人で笑うのだった。
♢♢♢
「あの氷姫と一緒にいた男、母親らしき人が双葉乃亜って言ってたな……」
「え?双葉乃亜ってうちの学校の4組のやつじゃ…………」
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