第22話 本物への軌跡

 ルナを見返そうと決意を固めて二週間が経った。


「ハァ……ハァ……。まだ三百代か……」


 プレイヤーランクは未だ【303】。目標の四桁まで、まだまだ時間が掛かりそうだ。


「ちょっと休憩するか……」


 視界の端に小さく映る自分の体力メーターは、全体の三割を切っていた。

 現在地から少し歩いた先にある倒木に腰掛け、体力の回復に努める。ほんの少しずつ増える体力に、若干の焦りを覚えつつ、攻略サイトを眺めながら時が過ぎるのを待つ。

 このToGにおける体力というステータスは、従来のものとは少し違う特性を持ち、ダメージを受けること以外でも運動量に応じて消費される。言うなれば、現実世界でのスタミナの概念と同じなのだ。

 そもそも、この体力というステータスは、現実世界での自身の身体情報から基礎値が設定されている。身長、体重、筋肉量など様々な情報からゲーム内での基礎体力が設定され、そこにプレイヤーランクによる体力ブースト、さらに各スーツに設定されている体力倍率によって最終的な体力が決まる。

 この現実世界で体を鍛えればゲーム内でも強化されるというHMDの特性を生かした稀有なシステムは、肥満化が進む現代に良い影響をもたらすと期待されていた。

 しかし、期待値ほど肥満化が改善されることは無く、ゲーム内時間が現実よりも長い為に、プレイヤーランクで体力を増やした方が早く強くなるとされてしまい、より一層、プレイヤーたちの中で現実世界とゲーム世界とが乖離してしまった。

 だが、一部の上位プレイヤーだけは攻略における現実世界の重要性を理解していた。


「ん? もうリポップしたのか」


 座っている俺の正面の空間が少し歪んでいるのに気が付く。

 立ち上がる俺に合わせて、歪んでいる空間は今よりも少し俺との距離を空けた。

 この歪んだ空間の正体は、光学迷彩機能を持ったカマキリ型の原生生物だ。


「おら! 見えにくいから姿を表せ! もうバレてるから意味ねぇぞ!」


 大太刀を抜刀し、捉えられているのを理解してか、カマキリ型の生物は隠れるのを止めた。

 通称ストーカーと呼ばれるこいつは、周囲の森に溶け込むような緑とベージュの迷彩模様に、体の表面に凹凸が浮き出ており、それらがギリースーツの様な役割を担う。ただでさえ見えにくい上に、光学迷彩で不意打ちを狙ってくる厄介な敵として有名だ。

 ただ唯一、縄張り意識が高く、縄張りにさえ入らなければ襲ってはこないのが救いだ。

 この生物の存在が世に知られていなかった頃は、幽霊だと騒がれてたっけ……。


 ギシャーーーッ!


 発声器官が無いにも関わらず、何故か叫び声をあげたストーカーは、両手の鎌を大きく広げて臨戦態勢に入る。

 対して俺は、剣先を膝から下へと降ろし、構えを解くような姿勢に変える。

 ストーカーが回り込みながら、じりじりと距離を詰めてくる。まるでこちらの様子を窺っている様な動きで。


「珍しいな……。他より慎重な個体だ」


 俺はあくまでも相手を正面に捉えるだけで、自分から距離を縮めたり離れたりはしない。

 ストーカーと対峙するとき、最も警戒すべきは言うまでも無く両腕の鎌だ。こいつの鎌は現実世界のカマキリとは用途が違い、敵を捕縛するものでは無く、得物を食べやすい大きさに裁断するものだ。その為、鎌の内側に突起物は一切無く、手先の鎌は勿論、前腕まで絶大な切れ味の刃物と化している。

 腕全体で見たら、鎌と言うよりハサミに近いか……?


「やけに慎重な奴だなぁ……」


 お互い睨み合っての膠着状態に陥ってしまった。

 このままでは埒が明かないので、敢えて相手の間合いに踏み込む。すると即座に鎌が目の前に迫って来た。

 しかし、伸びて来た鎌は俺の首をかき切ることなく元の位置へと戻る。鎌が動いた一瞬、俺が体をほんの少し引いたからだ。

 鎌と言う武器は他より間合いの読み合いがしやすい。何故なら、鎌は引かなければ切れないからだ。鎌の攻撃範囲は、他の刀や剣などの刃物とは違って腕の内側にある。鎌の柄の長さと腕の長さの合計が、武器の最大射程であるから、言ってしまえばそれより内側に入らなければ脅威度は低いという事になる。

 一方で、刀や剣などは腕の内側だけでなく、外側にも攻撃範囲がある。そして鎌よりも複雑な動きが出来る。

 まあ、こんな事はわざわざ説明するまでも無いだろうけど……。でもだからこそ、鎖鎌と言う武器は厄介で、卑怯極まりなく、不愉快な武器だと言いたい。


「あんな武器が実装されたら、俺、運営にお気持ちクレームを送るかもなぁ……」


 そんな独り言を言いながら、更に追撃を加えてきたストーカーの片腕を、鬱陶しそうに斬り払う。

 片腕を失ったストーカーは、耳に付く叫び声を挙げ、透明になりながら大きく飛び退いた。

 腕の断面が透明化出来ていない所為で、位置がバレバレなストーカーの懐に駆け込むと、咄嗟にストーカーは残った鎌で迎撃してくる。大太刀でそれを防ぐが、そのまま挟み込まれて動かせなくなってしまう。

 メインの攻撃手段を封印された俺を、ストーカーはこの機を逃すまいと大顎を開いて噛み付こうとしてきた。


「甘いっ!」


 噛み付こうと前傾姿勢になったストーカーを、背負い投げの要領で、掴まれた大太刀ごと投げ飛ばす。そして大太刀を掴む腕を、その大太刀で巻き付けるように切断、仰向けに倒れるストーカーの顔面へ大太刀を突き立てた。


「やっぱり経験値効率は低いなぁ……」


 メニュー画面を開いてぼやく。


「でも、惑星を破壊するよりは健全か……」


 こうして俺のランク上げは、まだまだ続いた……。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る