仮想宇宙のエクシード ~ゲーム内で唯一、痛覚を持つ男~

鶉 優

第1話 復帰



《待って! それ以上、そっちに行ったら―――》



 * * *


 誰かが自分を呼ぶ声が聞こえる。


「……君。……ずや君。和也君!」


 パチリと目が覚める。ぼやける視界の先には真っ白な天井があるばかりだった。


「おはよう、和也君。良く寝てたわね」


 ぼやける目を擦ると、まん丸とした女性の顔がこちらを覗き込んでいた。


「すみません。寝ちゃってましたね……」

「良いのよ。検査中は暇だし、和也君の場合は半日掛かっちゃうから、疲れるのは仕方が無いわ」


 女性の言葉を聞きながら上体を起こす。

 俺の顔を覗き込んでいた女性、もとい看護師は柔らかな表情を浮かべながら話を続ける。


「にしても和也君は運が良かったわねぇ」

「何でですか?」

「だって、超新星爆発を受けて生きて帰って来れるなんて」

「ゲームの中ですけどね」

「それでもよ。現実には帰って来れなかった人だって、未だに帰って来てない人だっているんだもの。運が良かったのよ」

「悪運が強かっただけですよ。きっと……」

「そうかもね……。それじゃあ、今日の検査はこれで終わり。これからは月一の簡単な検査になるから、よろしくね」

「はい、お世話になりました」


 肥満体なその看護師は、見た目とは裏腹に静かな足取りで検査室を後にした。

 一方の俺は看護師が出て行くのを確認すると、看護師が出て行った扉とは別の扉へと向かい、その先に置いてある着替えに手を伸ばした。

 着替えの最中、俺は先ほど見たであろう夢の事を考えていた。

 真っ白な何処かで誰かに引き止められる夢だった。正確には引き止めた誰かの声は聞こえなかったし、何もない真っ白な空間に居た訳では無い。ただ、何故かそう見えた。そう考えた。

 あれは一体、何の夢だろうか……。

 着替えを終え、支払いも終えた俺は帰路につく。その最中、ふと友人の顔が脳裏に浮かんだ。


「そうだ。あいつ、戻って来れたんだった」


 ポケットから携帯を取り出し戦友とのチャット画面を開く。


『体の調子はどう?』


 そうチャットを送るとすぐに返信が来た。


『まあ、ぼちぼちだね。カズはどう?』

『こっちはずっと検査詰めだよ。でも明日から月一の定期検査だけになって、ようやく時間が取れる』

『そうか。私はもう暫く入院生活が続きそうだ』


 かつての戦友の近況を聞いてほっとしていた俺に、その戦友はこう話題を切り替えた。


『ところで、あのゲームには戻るのか?』


 勿論、と文字を打ったところで手を止める。何故なら戦友の言うと言うのが、俺と戦友の現状を作った悪因だからだ。

 きっと心配してのチャットなのだろう。


『勿論。特にやる事も無いしな』

『そうかい。ならあまりやり過ぎないように! ゲームは一日一時間!』

『お前は俺の母ちゃんか!』


 久しぶりの友人とのやり取りにニヤついていると、ランニングしている人とすれ違う。その人物に釣られて顔を上げると、いつの間にか自宅の目の前に着いていたのに気が付いた。


「ただいま」


 自宅の玄関に入ると、休日の昼過ぎとは思えないくらい静かで暗い印象を受ける。一瞬の孤独感を感じた俺は、直後の返事によって孤独から救われた。


「おかえり、兄さん」

「ただいま、のぞむ。父さんと母さんは?」

「まだ部屋でお仕事中」


 可愛い我が弟の出迎えに感謝しつつ自室へと向かう。しかし向かおうとした俺を弟が引き止めた。


「兄さん……また行くの?」


 大切な弟が悲し気な表情でこちらを見る。その表情で俺は今一度、孤独感を払拭した。


「大丈夫、もう戻って来てるよ」


 心配する弟を安心させる為、頭をポンポンと優しく叩く。安心したからなのか、弟はとても嬉しそうに表情を崩す。


「望。これから稽古だろ? 牧さんによろしく言っておいてくれ」

「うん! 分かった!」


 やはり俺の弟は良く出来た人間だ。

 俺の頼みに元気良く返事をする弟の姿を見て感嘆の念を抱く。家族想いで何より兄である俺の事を慕ってくれる可愛い弟。それなのにしっかり者で、時に俺を諭す事もある。根は甘えん坊で、でも人として未完成な部分は限りなく少ない。そんな弟の実態に気が付いたのは割と最近だったりもする。

 兄としてそれはどうなんだろうか……。恥ずかしいよなぁ……。

 俺こと天川あまかわ 和也かずやは兄としても人としてもレベルが低かった。

 思い描いた夢に向かって努力した幼少期。でもその夢が叶えられないと分かった途端、心を病んでしまった。自らの人生を棒に振り、家族との関係も世間との関りも疎かにした。失って捨てての繰り返しで、このままではいけないと思い立ったのは、唯一大切にしていたゲームからの痛い一撃があったからだ。

 兄らしくするのも、人間らしく生活するのもこれから取り戻していけるよな。きっと……。


「でも息抜きはやっぱり必要だよなー!」


 自室にある重厚な見た目のベッドに飛び込む。


「よーし! 久しぶりのToGだー! っとその前に」


 ゲームの起動やら着替えやら、諸々の準備を済ませ再びベッドに横たわる。

 ベッドの縁にある電源ボタンをONにし、眠る様に安らかな気持ちで瞳を閉じた。直後に金属の扉が閉じるような音が聞こえたかと思うと、間髪入れずに若干の浮遊感を味わう。

 数秒の暗黒の時間を過ごすと、女性的な機械音声が何処からともなく発せられた。


《HMDを起動します。おかえりなさいませ》


 直後、真っ白な眩い光が周囲を包む。

 光がある程度治まったところで瞼を開けると、ゲーム機のメインメニュー画面の中に居た。

 目の前には宙に浮かぶ球体が複数あり、それぞれ設定や本体内に入っているゲームのランチャーがあった。

 約一年ぶりに見るこの光景に懐かしさを感じながらその中の一つ、【トラベラーズ・オブ・ギャラクシー】と書かれた球体に触れる。するとゲームに設定された独特の起動音と共に周囲が暗転する。

 視界内に注意事項、スポンサーのロゴが次々を現れては消えてゆくこと十数秒後、利用規約に同意しゲームの起動を終わらせる。


「よし! さあ久しぶりだからなー。まずは動きを思い出さないとなー」


 ウキウキが我慢できない俺だったが、そんな弾む心を挫くようにゲーム側から【プレイヤー情報無し】の文字が現れる。


「はぁ!? 何で!? え? 俺のデータ消えてるんだけど! 俺の一万時間越えのキャラクターが無いんだけど!」


 何処を探しても、どうやっても新しいアバターを作るしか出来ない。


「マジかぁ……。そう言えば、運営のお知らせで書いてたような……。まぁ、また一から始めても面白いから良いけどさぁ」


 不満を呟きながら自キャラを作っていく。と言ってもこの【トラベラーズ・オブ・ギャラクシー】と言うゲーム、ゲーム機本体の機能も相まって現実への影響が比較的大きいとされている。その影響は個人差があるとは言え、運営としてはアバターの見た目は現実に出来るだけ近づけることを推奨している。その為、アバタークリエイトには現実寄りなランダム作成機能が存在している。

 俺は今回もこの現実寄りランダム作成でアバターを作る事にした。


「プレイヤーネームは……変わらずカズで良いや」


 こうして全ての項目を埋め、直後に発生した若干のロード時間を楽しみながら新たな旅へと出発した。


 さて、ロード時間を楽しんでいる間にこの【トラベラーズ・オブ・ギャラクシー】と言うゲームを少しばかり説明しよう。

【トラベラーズ・オブ・ギャラクシー】、通称ToGと呼ばれる本作は、HMDと呼ばれる機械を用いて遊べるリアルダイブ型MMOアクションゲームだ。

 世界観は架空の宇宙を舞台としたSF作品で、様々な惑星、星系を移動しながら敵と戦い、装備を集め、己を鍛えるハックアンドスラッシュをゲームの根幹に持ち、時には家を建てたり、運営が定期的に開催するライブで盛り上がったりと、SFと言うジャンルの割には出来る事が多いゲームだ。それもその筈、このToGのキャッチコピーは「ゲーム以上、リアル未満の体験を!」となっている。

 そこはリアル以上の体験じゃないのかい! と言いたいところだろうが、リアルダイブと言う形態を取っている以上、あまり現実との差異を大きくし過ぎたり、少なくし過ぎるのは良くないのだ。その中でも特にだけは法律でも実装するのが禁止されている。過去に死亡事例が発生した為だ。

 そして刺激の少ない現代人にこのゲームは強く刺さり、今では子供からお年寄りまで幅広い年代が本作を遊ぶ大人気ゲームとなった。

 ここまでオタク特有の長文で説明したのだが、簡潔にまとめるとメチャクチャ面白いと言う事だ。


「おぉ! この初期地点、久しぶりだなー」


 ロードが終わり、景色は爽やかな風が吹き抜ける森林へと一変していた。視界の端にはゲームのチュートリアルが表示され、目線の先にはストーリーミッションに伴うガイド表示が点滅していた。


「チュートリアルは別に要らないし、ストーリーもスキップ気味で良いか……」


 本来ならチュートリアルを見つつガイドに沿ってストーリーを進めて行くのだが、二週目である俺は寄り道をすることにした。

 暫くはストーリーミッションのガイドに沿って移動。途中でガイドから逸れると開けた場所に出たので、まずはここで装備の確認をする。


「えっと……スーツは【フルコート】。武器の太刀は……あー、こんな感じだったなー」


 ToGの特色として、プレイヤーは【バトルスーツ】と呼ばれる強化スーツを着込んで戦う事になる。外骨格スーツとでも言えるだろうか。そのメカメカしいスーツには様々な種類があり、それぞれにレアリティが存在する。実にハクスラらしい。

 因みに、初期装備である【フルコート】と言うバトルスーツ。高ランクプレイヤーでも採用する場面がある。レアリティは星1で低いが、このToGに於いてレアリティは強さの指標にはならないので注意しなければいけない。

 装備の確認を行っていると早速敵が現れた。


「ん? 丁度良い。肩慣らしに少し動いてみるか!」


 腰に装備した太刀を抜き、正眼に構える。対する蜂型の敵対原生生物もかぎ爪状の前足を大きく広げて戦闘態勢に入った。

 約一年ぶりのゲーム内での戦闘。ブランクがあるとは言え、この生物に後れを取ることは無いだろう。そう慢心していた。

 蜂型の原生生物は大きく広げたかぎ爪をすれ違いざまに振り下ろした。振り下ろされた爪は左肩に命中し、体力を少し削った。

 避けれなかった……。いや、見えてはいたけど体が動かなかった……。

 まさかこんな序盤でブランクを感じてしまうとは思わず、内心凄く驚いてしまう。しかしそれ以上に新たな驚愕する出来事が起きた。


「えっ……!? んだけど……」



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