第60話 地獄すらも掌握する

 第4階層に如月が足を踏み入れてから1時間が経過、時刻はちょうど正午を過ぎた頃。


 未だに如月・けせら・レボルの三人は魔物から逃げる時間が続き、あれやこれやと言い合いを繰り広げて何とか間を持たそうと必死に足掻いていた。


「くそ……走りづれぇな……! 俺はこういう場所好きじゃねえんだよ……汚れるからよぉ……」

「やー……でーじーね」

「意味分かんねえが……どうせ悪口だろ……! お前口悪いから分かるぜ……」

「……死なすよ」

「おお怖え」


 傍から見れば犬猿の仲に見えるほど、二人はお互いに息を切らしながらも漫才のように息が合っている。


 それにしても、如月にとって二人がここまで苦しそうに走っていることは意外だった。


 いくら自分が1年間魔物と戦い続けてきたとはいえ、国家試験に受けるような人材はもっと体力があるものだと勝手に思っていたため、彼らの疲労した顔を見て如月は内心驚いてしまっていた。



(とか考えても無駄か。みんなそれ以上の物を持っているからここにいるんだろうな)


 あまりにも長い間景色が変わらず、阿吽の呼吸でけせらとレボルが喋っているため会話にも入れずにいたため、如月は黙々と次の階層のことを想像。


 そうこうしているうちに、徐々に前方の光はわずかに強まっていく。



 が、何やら様子がおかしい。ここまで魔物の気配しかしなかったというのにいきなり人の叫び声が聞こえるようになってきた。



 少し嫌な予感がしつつも、三人は現状打破しようと声のする方向に切り返す。


「出口遠くなるよー!? それでいいば?」

「合流した方が安全に決まってんだろ! 俺はこのざまだしお前も結局戦ってねえじゃねえか」

「んぐぐぐ……それはだーる……ね」



 けせらが言い返せずに軽く肯定したとほぼ同タイミングで、視界が開けて別グループの受験者の姿が目の前に現れた。


 メンバーはイコカやポラロといった今回の合格者有力候補揃い。そこにロゼやフォレストといったベテラン勢を含めた4名が大勢の魔物に囲まれて大声で互いを鼓舞しあっている光景が広がっていた。


 しかし、これもまた如月からすると2つも想定外なことが起きている。


 1つはベテランであるはずの彼らが何故か戦闘していること、もう1つは自分達が倒した魔物と全く同じなのに苦戦していることだ。



「……如月君! ちょうどよかった、外からこの包囲網を崩してくれないか? 情けない大人達を助けてくれ」

「ポラロさん、待っててください。――【霙の導き】!」



 このダンジョンで最も頼れるポラロからの頼みとなれば従うほかない。


 躊躇なく如月は刀を振り呪文を放ち、周囲のグレムリンやカーバンクルをまとめて破壊し魔物の間を抜けて、中央でうずくまって腰を抜かしているフォレストを起こした。


「へっへっへっ……シンジュクも消えて……終わったかと思ったわ……」

「おいおい……合流したはいいが、これどうすんだ? 俺達を追っかけてきた魔物までくっついてきたじゃねえか。判断ミスったな……」

「レボルさん口より拳をお願いします。こうなったら総力戦になりますから」


 かくなるうえは、と覚悟した如月はレボルやポラロが応戦する中さらに巨大な魔力を放とうと全身に力を込めなおしその場で硬直する。



 周囲には目視出来るだけでも100匹をゆうに超えており、如月にはこの量を倒しきった経験はない。



 それでも――と魔法を放ちかけた瞬間、横でみんなの戦闘を眺めていたけせらが口を開いた。



「ねーねー……そろそろやっていいやんに? ポイント捨てるなんて……いちゃさん」

「……僕に聞いてる?」


 けせらに純粋な目を向けられ、思わず顔をそらしかけたが慌てて見つめなおし如月は彼女の返答を待つ。


 すると、彼女は(聞く相手を間違えた)と言いたげに顔から火を吹かし、如月に背を向けて一際大きな声で叫んだ。



!!!!」



 けせらがかざした小さな玩具のステッキから、悲鳴のようなシャウトとともに小さな火花が飛び散る。


 それはまるで火の神様が降臨したかのような爆炎へと変わり、あたり一帯を火の渦にして血中に隠れていた人魚すらも燃やしてしまった。


 黄金と血のダンジョンがたった一人の少女によって黄金と炎のダンジョンへ変えさせられた衝撃に、如月を含めた5人の攻略者は口を噤んでしまう。


 少しずつ火炎は収まっていくがあれだけ大量にいた魔物の気配は戻ってこない。




 これが配信に晒されていないのなら今日の配信は無意味だった、と言えてもおかしくない火力に対してご満悦の表情を浮かべるけせら。



「ふっふ~これけせらーが一番だーるね! えーっと、あぎじゃびよー! 1760ポイント!?」

「あんな威力をあんな一瞬で……おいけせら、お前なんでずっと隠してたんだよ。俺達があんな必死こいて逃げたのは……無駄だっただろ!?」


 レボルの言っていることは一理ある。


 たしかに、この火力があるなら如月達は出口を目指して逃げ続ける必要はなかった。


 ただ、その選択肢を彼女が選んだのは魔法を撃てる回数が明確に限られているか、この階層で使うべきじゃなかったと判断したということ。


(……まさかだが、けせらと繋がってる人物が存在するのか? それも、僕とレボルさん以外の誰かと……)



 けせらの思惑が分からない以上完全に信じきる事が難しいことに気が付いたが、どんなことがあろうとも如月はブレるつもりはなかった。



 ここにいる七人でこの階層を突破する。


 内心は協力するつもりがないメンバーがいようとも、裏切ることなんて出来ないはずだ。



 各々が「このダンジョンをクリアする」という思いを胸に、如月達は配信者らしい談義を繰り広げながら先を目指した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る