第59話 外の異変には気付けず

 ひとまず、状況を整理しよう。


 血液と黄金で構成されたダンジョンの中を、がむしゃらに走りながら如月はそう考えた。


 周囲には無数の魔物が攻略者達を囲うように集い、今か今かと狩るタイミングを探り息をひそめて待っている。


 そして人の気配はけせらとレボル以外感じなく、それどころかさらなるハプニングに見舞われていた。


「あれ、配信映ってる? 二人はどうですか?」

「どうって言われてもな、俺も同じようにコメントが停止したから分かんねえ」


 配信が途中で停止する――それはネットで生きる配信者にとって、いきなり首を絞められ抵抗すら出来なくなるようなものだ。


 たとえ生死にかかわるような魔物に遭遇しようとも同様の感情にはならないだろう。


 それだけ三人にとっては深刻な問題で、もはやダンジョン攻略そっちのけで解決しようと話し合いを開始していた。


「……この階層が不安定なだけかもしれませんし、先を急ぎましょう。幸い電波は通ってそうなので直った人の視聴者さんから情報提供してもらう形で」

「そうだねーけせらーもそれに賛成かなー」


 ほんの数分の話し合いを終えたと同時に、血の匂いではないものを感知した如月が腕を広げて二人に対して静止を促す。 


 微かに水音が響き、無数の波紋が起きて足元まで広がり、続々と魔物達がわらわらと集まりだした。


 1匹は小さなゴブリンに似ている妖精、もう1匹はウサギに似た獣。それらの姿は一見ゴブリンのようにそこまで脅威になる魔物には見えない。


 既知の魔物ではないため、警戒を怠らない如月と比例して二人の表情はみるみるうちに曇っていく。


……これってご当地モンスターじゃないんだー……でーじね」

「モンスターオタク、解説は任せた。俺と如月で容赦なくぶっ殺していくからよ」


 そう言うとレボルは武器も持っていないため、真っ先に正面から現れた魔物に飛びかかり、正拳の一撃を妖精に与えた。


「ビャァッ!」


 その拳を食らってしまった魔物は小さな断末魔を上げて、肉塊になった肉体が血だまりの中に沈んでいく。


 どうやら今倒されたのがグレムリンらしいが、そんなのはどうでもいい。


 彼らが真っ先に注目したのは、この階層では魔物を1匹倒して何ポイント貰えるかだ。


 たったの10ポイントか……と、レボルの呟き声が聞こえたと同時に隣にいるけせらが魔物の解説を始めた。


「今レボルが倒したグレムリン、顔おっかなかったね。……あ、そういうことか。配信が急に出来なくなったのはこいつらが理由さー!」

「なるほど、じゃあこの階層をクリアしたらすぐ直りそうですね」

「……おいッ!! 見てねえで戦え! あっちのカーバンクルウサギは魔法を使うから気を付けろよ」



 あまりにも悠長に観察していたことをレボルに咎められ、如月は渋々と武器を構えてカーバンクルに飛びかかる。


 首を切り落とされたカーバンクルは断末魔すらもあげずにひっそりと息を絶やした。


 如月のバングルに表示されたポイントは685点、どっちの魔物も1匹当たり10点のようだ。


(いける……この程度ならむしろサービスポイントだ。安全にこの階層は抜けられそう、そうしたら少しは休憩出来るはず……!)



 そう思考した矢先、やはり起こる想定外。ぎりぎりで風を感知した如月は上半身を無理やり動かす。


 尻もちをつく体勢になったと同時に、何の変哲もない血で出来た壁から何かが姿を現し、三叉槍の刃先が如月の頬を掠めた。


 急に襲い掛かってきた魔物の姿に見覚えはない。しかし、その特徴的な見た目からある程度推測は出来る。



 魚と人間の子供のような顔に人間と変わらない肉体、そして背びれを持ち足のない魔物といえば、ダンジョンに詳しくない如月でも知っているものだった。


「人魚……!」


 大きく響く水音を聞き、二人はようやく奴らの攻撃に気付いた。


 けせらが武器を構えて魔法を放つよりも先に、如月は呪文を唱え人魚の顔面を破壊する。


 ばしゃりと音を立てて肉体は血の沼に沈み、脱落の危機を如月は逃れた。


 10ポイント分増えていたため確認せずとも死んだことが分かったのはいいが、魔物達の攻撃は止まらない。


「レボルさん戦わないで! 急いで走り抜けましょう!」

「あ? 何言ってんだ、ここで稼がなきゃやべーだろうがよ。俺はまだ600点しかねえ、この階層で1000は超えないと首位争いに参加できねえだろ。武器もネーし……」

「これはそういう罠です、きっと僕達以外のグループもここでは狩りはしないと思います。ダンジョンの形状が長く滞在出来るものじゃないので……」


 などと講釈をたれているうちにも先程の人魚達が、三人の命を狩ろうと槍を向けて襲い掛かってくる。


 そして、人魚は血を海水のように自在に動き回り、地上に出てくる勢いで衝撃で血飛沫が上がった。


 血をかけられたグレムリンは一斉にうめき声を上げ状況が一変、流石のレボルもすぐに危機感を覚えた様子で一目散に光の方へ走り出した。


「ポイントはお前らにやる! その代わり俺を介護しろよ!」

「しに情けないね、こんな人初めてよ。いーとーはああならんでね?」


 配信が機能しているか確認出来ない影響はとても大きい。

 だが、最優先にすべきことはここから脱出することだ。


 呆れた様子のけせらとともに、如月は凶暴化した魔物達から逃亡しレボルの後を追いかけた。

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