第57話 さあ次の階層へ

「だぁーかーらッ、話を聞いてたか!? 俺は魔法を使ったことがねえんだよ! だから戦えねえんだよ、今のままじゃ」

「はっさ! やーそれで受かると思ってるば? しにふらーやっさ」

「あ? 無理かもしんねえけどやるしかねえって話だろ。つーかアンタだって手ぶらじゃねえかよ。人のことをあれこれ言える立場か?」


 背後から聞こえる喧騒に軽く耳を傾けつつも、先を急ぐ如月。


 そんな折に、彼らの元にある一報が届く。


《【速報】第4階層にイコカ到達!》

《何してんだよ三馬鹿》



 視聴者が言うには、第4層に到達した者が現れた、とのこと。


 しかし、如月とは別に二人は口論に夢中で気が付いていないようだ。


 仕方なく喧嘩を仲裁しようと二人の身体の間に無理やり割り込むと、



「言い合ってる時間はなさそうですよ。これ見てください。どうやら僕らよりも先にイコカさんが次の階層に行っちゃったみたいです」

「……ケッ、運だけは良いんだよなアイツは」

「そっかー、じゃすぐにけせらー達も来ないとね〜」



 けせらとレボルは澄ました顔で何事もなかったかのように真顔になり、いきなり二人の歩く速さが倍以上になった。



 あっという間に姿が見えなくなるギリギリまで進み出したため、如月も慌てて彼らの背中めがけて追いかける。



 そうして、犬猿の仲達の感覚に頼るダンジョン攻略を始めてから数分後、あまりにも違和感のある空間に足を踏み入れた。



「……これは中々不思議だぜ。お前もそう思うよな?」

「これは流石に……違和感だね……」



 前方にいた二人の足取りが止まり、何とか追いつけた如月も目の前に起きた光景に唖然とする。



 1つ前の階層にいたミノスを思い出させるような見た目の巨人がその場で突っ伏し、辺り一帯血のため池と化していた。



「イコカさんがこの魔物を……?」


《瞬殺だったらしい》


「らしい? らしいって何? 具体的にはどうやって倒したの?」



 執拗に視聴者を問い詰め続ける如月だったが、一向に詳細が出てこないまま話は進まない。



 チャット欄の雰囲気からしてこれ以上望んだ結果が出てこないと悟った如月は、イコカがどうやって次の階層に行ったのかにシフトチェンジした。



「まあいいや。とりあえず僕達にも4階層の行き方をみんなが教えてよ」

「けせらーも知りたい!」

「俺からも頼む。どこのリスナーだろうが気にしねえから答えてくれ」



《何かその死体に触れた瞬間画面が切り替わったぞ》

《そいつが中ボスだったっぽい》

《実はお前らで4番目や》

《知ってるなら言えよwww》

《わりと楽しんでるやついるよなこの試験》

《最高のエンターテイメントだろ》



 それぞれのチャンネルで一斉に呼びかけると、すぐ有能な視聴者が反応を示し三人はその通りに行動する。



 三人が同時に死体に触れた途端、足元の血だまりが少しずつ広がっていき、多少残されていた世界の彩りすらも奪われていく。


 やがて、荒天が終わりまた新たな景色が姿を現した。



 黄金と鮮血で出来た巨大なダンジョン。


 先程までの悪天候とは打って変わり、何もかもが鮮明なおかげで五感強化が万全に発動出来る環境であるため、如月は安堵する。


 しかし、1歩進んだだけでドロドロした感触が足を掴み、2歩目が歩みにくい。


「ここが4階層か……どんどん汚くなんな」

「初めてやさい、こんなやなかじゃーなんは……」


 けせらが口を抑え顔を歪ませたと思えば、すぐにレボルの方を向いて顔芸を始めふざけだす。


 国家資格を取るような人間は多少なりとも経験豊富な者が多いとスイカから聞いてはいたが、ここまで自由な人間がいるのは如月にとって予想外。



 だが、この状況を考えるとありがたい。


 だってここはダンジョンだから。



「あの、ここはやばいです。そろそろをだして戦ってくださいよ。ケルベロスの比じゃない量の魔物がこっちを見てます」



 この階層に来て彼らはすぐに理解した。ここが安心して配信出来る場所ではなく、死人が出る危険な場所だということを。


《光ある方に走れ》

《急がないと追いつけないぞ!》

《イコカは待ってくれない、目指せ》



 会場の焦りがジワジワとチャット欄を侵食していき、緊張感が走る。


 それに釣られて焦りが顔に出ているレボルとは対照的に、けせらは服の裏ポケットから小さい玩具の杖を取り出した。


「んだそれッ!? つーか武器持ってんじゃねえか!」

「やーは手で戦えばいいじゃん!」

「チッやるしかねえか……つーかどっち行けばいいんだよ! 如月、お前は優れた視力で道案内してくれ」


 レボルに指示される前から〈視覚〉を強化していた如月は、全神経を研ぎ澄まし光のある方を発見し一斉にザパザパと走り出す。



《あ》

《あ》

《まずい》

《あ》

《イコカ配信止まった》

《今どういう状況?》

《今15人くらい4階層いるぞ!》


 三人の大きな足音がダンジョン全体に反響し、おぞましい数のモンスターの呼吸音が如月だけに届いていた。


 そしてそれと進行して2つの異変が各所で起こっているのだった。

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