第37話 如月絃は生きていく

「えっと……隣にいる人は誰なの? 凄く綺麗な方だけど……絃の知り合い?」

「お姉ちゃん……」


 ツンケンとした喋り方も無意識に出てる口元を手で覆う癖も、紛れもない維子本人だ。


 そして、お互い初対面の二人は何かを言いたそうに見つめ合ったまま動かない。



 たまちゃんの口ぶりからして余裕がないことは明らかなため、如月は前置きなしに説明を始めた。


「お姉ちゃん……お願い、僕達のために死んでほしい。もうお姉ちゃんは人間じゃない、魔力を利用されてモンスターと化してしまったんだ。それと、お姉ちゃんが配信やってたことも僕の視聴者にバレたし後悔はないよね?」

「え、バレたってどういうこと? えーと……なるほど、そういうことか。私があげたカメラで配信を始めたんだね。事情は分からないけど、私は既に死んでいて」



 流石の洞察力と褒めたくなるほど理解が早い維子に、スイカが鼻息を荒くして興奮しだす。



「え、ええっ! その声もしかしての人ですか……!? あの、去年まで見てました!」

「去年……そっか、そうだよ。その言い方的に私が死んでから1年も経ったってことか。あ、てかあなたはあのスイカさん? 私も見てましたよ。100万人いきましたか?」

「はい! おかげさまで最近100万人いったんですよ! って……そんなこと話してる余裕ないですけどね」



 冗談交じりに笑うスイカの表情を見て、優しい笑顔で返した後に維子は覚悟を決めた顔で如月の方を向いた。



「私を殺して。実はさっきから体内に変な感触を感じて苦しいの」

「それが……私達は不老不死のリッチあなたを殺せなくてですね……! だから、その……自害……してくれないかと……!」

「自害……かぁ。私は魔物として生きることを諦めたらいいのね。自らの生存意志を失ったモンスターは簡単に死ねるらしいと聞いたことがあるわ。ただ、もし嫌だ……って言ったら? ふっ、相変わらず絃は表情に出るわね。いいよ、死んであげる」


 そう言うと彼女は自らの魔力を膨張させて力のコントロールを意図的に崩し始める。



 それに連動するように如月の視界が徐々に現実へと引き戻されていき、維子の姿が魔物に変貌していく。


 もしも彼女が本来のポテンシャルを発揮していたのなら、どうあがいても如月達では歯が立たなかっただろう。



 だが、まだ肝心なことを彼女の口から聞けていない。



「どうしてそんなすんなりと受け入れてくれるの……? し、死ぬんだよ? それも2回目……せっかく生き返ったのに」

「しょうがないでしょ、あんたに頼まれたんだから。状況はまだ理解しきれてないけど、あなたが配信をしていて、隣にいる人が素敵な人で安心出来た。だから、悔いなんてないかな? あってもそれはことだし」


 藍色の瞳が揺らぐことが彼女の心情を表しているようで、それ以上は何も言えなかった。



 配信上で他人からこの光景がどう見られているのか分からない。

 だけれども、如月は1つ確信めいた感情を抱いていた。


 そして、それは受け止めなくてはいけない事実。


 この迷宮で唯一の生き残りは如月だけで、家族を含めた人々はダンジョン化した際に全員死んでしまったということ。


「私ね、弟を助けてくれた人があなたで良かったって感謝してる。あなたなら私はこの子を任せられる。だから、この子が立派な配信者になれるまでは支えてあげてね。本人からは余計なお節介だって言われちゃうだろうけど」

「任せてください! 心配しなくても普段の配信中はこんな大人しいどころか、率先して視聴者と話してイキイキしてますから! あ、あとスイカ達はデート配信もしちゃう約束までしてるんですよ!」


(こんなときでもテンション高いな……)



 維子の原型がほとんどなくなり、リッチの死が目前となる中、最期にこちらの目を見つめながら彼女は言った。



「絃。あなたは自分の勘をもっと信じなさい。そうしたら、きっと誰よりも先に足を動かせるようになるから。あと、私の名前を広めるのが最期の約束だからね。そしたら今まで私にやってきた悪行をチャラにしてあげる」



 最期に告げた言葉があまりにも暖かく、拍子抜けに思えて無性に笑いが込み上がってくる。



「はは……チャラか。お姉ちゃんがやったの方が多いからチャラにはならないよ。でも……ありがとう。最期まで僕のでいれてくれて。……さようなら」

「……絃ならどこにでも行けるよ」



 気が付くと彼女の姿は消えて幻覚も治り、真っ白で広い地下鉄に如月らは残されていた。


 町全体に漂っていたあの悪臭もリッチの消滅に伴うように形跡一つも残っていない。



《勝ったああああああああ》

《勝ったのか!?》

《うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお》

《今の家族だったのか……;;》

《戦ってたのが本物の姉って;;》

《リッチ撃破あああああああああああああああ》

《リッチを二人だけで……?》

《ダンジョン経験者ほどビビるぜこれは》

《残りはダンジョンのボスだけか!?!?》

《同接やべえwwwwwwwwwwwwwww》

《20万人きたあああああああああああ》



 大きな歓声をあげる視聴者によってチャット欄は埋まり、久方ぶりに彼らが如月を歓迎した。


 どれだけ盛り上がっていたかを数値で指標とするなら、同接が初めて20万人を突破したことが証明になるだろう。



 チャンネル登録者をチラ見してみると14万人を超えており、この短期間の配信を口コミなんかで聞いてやってきた人達も熱心に見ていたことが分かった。


《お前が様子おかしくなったときマジで終わったかと思ったぞ;;》


「え、たしかに幻覚を見てた自覚はあるけど……現実の僕は何してた?」


《ずっと同じところグルグルしてた》

《独り言がやばかった》

《鳩なかったら絶対殺されてたよ》

《イコカもドン引きしてて笑った》

《『独り言ごっついやん……怖いからロムるわ!』byイコカ=ツミ》



 言葉を聞いて意思疎通が取れているコメントに安堵しながら、如月はコメントを読み上げていく。


「ずっとグルグルしてただけの配信をここまで見てくれてありがとうございます! あの……視聴者には説明してなかったと思うんだけど、この町は僕の故郷なんだ。だからここで家族とお別れが言えて良かった」

「スイカもあのゴガココさんと出会えて本当に嬉しかった! 尊敬してた人に約束交わしたんだし……もっと頑張らないとね!」



 やがて、スイカの方から話題を繋げていき、地下鉄を抜け地上に出ると同時に配信を終わらせようとまとめに入った。


「今日も配信見てくれてありがとうー! みんなはスイカの華麗な戦闘を見てくれたかなー? アーカイブも残るからぜひ見てない人も見てね! おつスイカ〜」


 それに倣って如月も終わりの挨拶を交わし、ドローンに手をかけて配信を切ろうと準備をする。



「明日……日が昇ったらすぐに配信を始めます。恐らく明日がこのダンジョン攻略の最終日になります。だから、明日は必ず見に来てください。僕とスイカさん、それとたまちゃんの全員でクリアします」



 如月は今日の地下鉄での戦いを振り返った。


 消え入りそうな声で聞いた維子の遺言が今でも如月の脳裏に残り続けている。


 彼女と約束を交わしたのはスイカだけじゃない。



 配信者として生きていく。そして、配信者だったお姉ちゃんの名前を紡ぐということが如月に課せられた使命。



 今の命も維子や水華、たまちゃんに助けられただけの物だ。


 だからこそ、如月は決意を胸にするため何か宣誓の言葉を告げたかったのだが、特に適切な表現が浮かばなかったためにその感情を終わりの挨拶に込めた。


「えーと……おつラギー!!」


 そう言って如月は視聴者に向けて手を振って、スイカと始めたダンジョン攻略6日目の配信を終えた。

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