第27話 人のふりをした機械

「AIって……そうなの!?」


 目を丸くして如月の耳元で驚き声を上げるスイカ。


 チャット欄も騒然と混乱しているようだ。


《いや……だとしても今言う話か?》

《botを買ってたの?》

《意味がわからーーーーん》

《じぶんのお姉ちゃんじゃないの?》


「本題はここからだよ。どっちから聞きたいのかな……AIだと気付いたきっかけと提案どっちから聞きたいですか? スイカさん」

「えっ、きっかけ聞きたいかも!」



 そうした自然な流れで司会進行を二人で行い、真剣に本名の話題からそらすことに心血を注ぐ。


 コメント全体の興味も徐々に変わっていき、表面上はほとんどの視聴者が如月の話題に興味を示しているように見えた。


「疑問に思ってるだろうことから説明していくね。まず、僕のお姉ちゃん自体は存在してました。プレゼントでこのドローンを貰ったわけだし。でも、そのお姉ちゃんとコメントしてくれてる姉は全くの別人なんです」

「全くの別人……てっきり助けは来れないけど応援してるのかと思ってたよ!」

「……本物のお姉ちゃんはどうなったかは僕も知らない。この町がダンジョン……迷宮化したときに巻き込まれてないわけがないけどね……」

「……ごめんね!」


《あっ……》

《悲しいなあ……》

《あんまり触れない方がいい話題でしたか》

《そっかまだ高校生なのにな……》

《スイカノンデリカシーすぎる》



 結局、如月の家族は1年かけて探しても誰も見つからなかった。

 それどころか、人間が生活していた形跡すら遭遇することも経験していない。


 ついついデリカシーがないことを聞いてしまったな、と言いたげに頬を指先で軽くなぞっていた。


「で、それに気が付いたきっかけなんだけど……僕が初めて配信したときに、タグもタイトルもついてない状態でコメントをくれてから、1年間欠かさずに彼女は見てくれているんだよね。2人目の視聴者は配信を始めてちょうど2週間後くらいから見てくれていたけど、やっぱり初日に辿り着くのは人間だと考えづらい」

「スイカも最初の3日間は誰にも見られなかったなー、でもそれだけじゃそうとは言い切れないよね!」

「はい。次に疑い出したのは、SNSで自分のアカウントをフォローされたときです。プロフィールが無機質だったとか、何も投稿されていないからとかそういう理由ではないです」



「それで決め手は?」とスイカに尋ねられ、如月は問題の視聴者に当たってしまったあの日の話を始める。


「でも、配信はずっと付けていたわけじゃない。それなのに……当たり前のようにどう生活しているのか知っている前提で話し始めたんです。……きっと、今思い返せば気付いてほしかったんだと」


《もっと簡潔に言ってくれ》

《お話が長いよ》

《ネットストーカー? でもダンジョンを監視する手段なんてないだろうし……》


 視聴者の思考はあながち間違っていない。


 普通なら何らかの手段を用いて外部から監視していると考える方が、まだ合理的かもしれない。


 だが、如月にとってAIだと考えられる事象があまりにも多すぎた。


「監視出来る場所があるなら流石に気付けますよ、だってここに1年も住んでいるんですから。町中に設置されたありとあらゆるカメラの配置はほぼ完璧に把握してますし。何より、僕はその本人からDMダイレクトメッセージを貰っているんです」

「その内容……聞いてもいいかな?」

「……先にスイカさんだけに見せます」


 そう言って如月はドローンカメラを手元に寄せてZのDMを開いた。


 最新の方には色んな人からのDMが届いており、下に遡っていくと、1番下に例のアカウントからのメッセージがしっかりと残されている。


 DMの内容はこう記されていた。


『いつも素敵な配信を拝見させていただいております。@姉と申します。まだあなたのことを知っている人は少ないようですが、心配しないでください。1人の視聴者として、必ずあなたを支えていきます。たとえ何があってもあなたは道を踏み外さないでほしいです。気を落とさず、これからも素晴らしい活動を楽しみにしています。』


 長文であるが温かい気持ちが込められたメッセージ。


 だが、当時の如月には視聴者のことが信じられなくなり、ましてやもう一人の視聴者を侮辱させてしまったことを詫びる文章にしか見えなかった。


 そして、これを受け取ったことで疑惑から確信へと変わったきっかけでもある。



「んー……ここまで話を聞いた感じ、配信サイトだけにbotが張り付いていたようには思えないね? やっぱりZでアカウントを持っている感じ、本当はお姉ちゃんが生きていてコメントをしているんじゃないかな!?」


 どこまでも発言を聞き入れてくれないスイカに不信感を抱きつつも、如月は冷静に理由を話していく。


「本物のお姉ちゃんなら、いくらでもは僕に証明出来るはずですよ。けれど、それを彼女は一度もしなかった」

「……そっか。そうかも」



《話がつまらん》

《もういいよ》

《視聴者数ちょっと減ってて草》

《で? 何が言いたいの》



「なんか話が噛み合わないなと思ったらそういうことか……僕が言いたいのはそういうことじゃないんです。彼女は僕のことが常に見られる場所にいる。つまり、botとは違うAIがいるんです」

「中……え!?」


 如月の発言に一瞬で空気が一変し、直前まで《?》で埋まっていたチャット欄の雰囲気に熱が入ったようだ。


《は?w》

《AIってそういう!?》

《おい@姉出てこい!! どういうことか説明してくれ!》

《お姉ちゃんの置き土産ってことか……泣ける》

《縁起でもないこと言うな》



「もう、お姉ちゃんのフリなんてしなくていいから……僕の前に出てきて、僕の仲間になってくれ」


 如月はカメラレンズではなく、じっと球体のドローン本体を眺めて語りかける。


《はい、いつも見ていますよ@姉》


 チャット欄に現れた@姉と、ドローンからノイズのように聞こえる声。


「ようやく会えた……それが君の声なんだね」


 そう言って、如月は小さかった頃お姉ちゃんが抱きしめてくれたときのようにその球体を、優しく抱きしめた。

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