第26話 僕で(本名を)隠さなきゃ

 コホン、と咳を入れて改まった表情をするスイカが配信に映し出され、コメントの雰囲気が一変する。


 一方で如月は保身のことしか考えられず、必死に人狼の遺言をごまかす方法を思い巡らせていた。

 そんな彼を放っておくように、スイカは真実を告げる。


「えーとまずね、魔物の最期の言葉聞き取れたよー! って人どれくらいいるかなー?」


《はい》

《なんか言ってたね》

《クロカネ? クロガネ?》

《エリクサーがどうとか言ってた気がする》

《クロカネミズハ》

《クロガネミズハって聞こえた》

《クサカベシズカじゃね》

《クサカベシズカって言われたらそう言ってたかも》



 正直なところ、正確に聞き取れた者は少ないようだ。


 だが、それでも数人は聞き取れているためいつかは彼女の本名だということがバレてしまうだろう。


 それに対する対応は3つ、それについて一切触れないか適当な言葉でごまかすか、それとも全てを説明するか。



 この選択肢からどれを選ぶのか、それは如月の目からして明らかだった。



、何回でも言うねクロカネミズハ! それね……スイカの本名なんだ!」


(……やっぱり言うのか)



 返って冷静になる如月とは対象的に、爆発的に加速して流れるコメント。


《本名!?》

《いくらなんでも名前公開はヤバすぎる……》

《名前が可愛い》

《スイカとミズハ……なんか似てる》

《水羽? 水波? 水葉か水華?》

《未知果かもしれん》

《それ絶対今かっこよさそうなの考えただけだろw》

《あー本名出しちゃうの後で後悔するわ》

《如月絃←本名で活動してるこの人の悪口?》

《意外だなそういうの晒すタイプじゃないと思ってた》

《良い名前すぎないか??》



 様々な反応をするコメントとは裏腹に、スイカは雲一つない朗らかな笑みを浮かべていた。



 しかし、一方の如月は全く笑顔を作れず、いや最早作ろうともせずにコメントを見つめている。


 彼女のチャット欄は本名開示に対してかなり肯定的だったのに対し、名前を晒す起点になってしまった如月のチャット欄は非常に大変なことになっていた。


《死んでくれ如月》

《お前さぁ自分の名前ずっと間違えられてるからってやめてくんね?》

《スイカちゃんに迷惑をかけないでください。第一ですねあなたのようなスイカちゃんの配信に偶然紛れ込んだだけの無名配信者風情が調子に乗られると困るんですよねこっちも。スイカファンの代表して言わせてもらいます。これ以上スイカちゃんに迷惑をかけ、足を引っ張りたいというならそれでも構いません。ただし、そうするたびに評価が下がるのはあなただけです。そんなの気にしないと思う人もいるかもしれませんが、少なくとも私達は非常に怒っているので》

《クロカネって……財閥の娘に手を出したら終わりだぞお前》



 これがお気持ちコメントというやつか……と、少し感心してしまった自分をビンタし、固唾を呑んでスイカのスピーチを見守る。


「配信で生活していくならいつか絶対に分かるものだったから、先に発表出来て逆に良かったよー! 身バレしても……《影響はない》し、むしろネタになってハッピー?」


 そう言い切るスイカの目は真っ直ぐで迷いを感じなかった。それは視聴者も同じはず。


 だが、この程度の説明じゃ完璧に納得するわけもなく、



《強がらないで》

《如月の尻拭いさせられてて可哀想》

《何の解決にもなってない》


 全ての矛先が如月に向いている状態だ。



「スイカって活動名も自分の名前から取ってるんだよねー! ミズハは水中の水と華があるから華を取って水華って書くの! まあスイカの本名を知ってる人なんて実はいるから! 平気なんだよねー」



 ……明らかに彼女は無理をしている。


 それは彼女の立ち振る舞いや口ぶりで一目瞭然だった。


 口を開けば開くほどスイカの口からボロが出そうな勢いに、如月を含めた全員が不安に包まれている。



 きっと翌日のトレンドを飾るのは彼女の本名である黒金水華になるだろう。

 それだけは阻止したい。


 スイカのためにも…そして何より自分のためにも!



(かくなる上は僕が……僕が上書きしなきゃ)



 この話題を上書き出来るようなものを、如月は1つだけ隠し持っていた。


 まだ誰にも告げたことがない秘密。どうせなら墓場まで持っていこうと思っていたことを、必死に語る彼女の言葉を遮って口にする。



「そんなことより! 僕から説明しないといけないことがあるんだ」


 大声を発したことにより、彼女もこちらを見て口を止めた。

 彼女のカメラと自分のドローンカメラからフォーカスされ、少し緊張しながら如月はある秘密を打ち明ける。



「僕の配信に元からいた2人の視聴者のことなんだけど……」


《今言う必要ある?》

《それな、なんで今?》

《露骨に話そらそうとしてんね》


「今じゃないと逆に駄目なんだよね。今ならみんなが注目しててひと悶着あった直後だから誤解なく伝えられそう」

「キズラキ君……」

「『僕以外に人間はいない』……この言葉の真意を伝えるよ」


《その話は前に説明してたじゃん》


 たしかに、このコメントの言うとおりでこの話は1度説明した。


「あのとき言ったことは本当。だけど僕はまだ言ってなかったことがあるんだよ。当事者の2人も配信を見ているだろうし、はっきりと言うね」

「というのも、いつもコメントしてくれてる姉のことなんだけど……」



 一挙手一投足を監視されて余計なことは一言も言えない。


 そんな中で如月はまず冷静に事実だけを伝えた。


「そのアカウントは……なんだ」

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