第17話 知能じゃ流石に魔物には負けない

 何匹、いや何十匹か分からないサイクロプスの大群が如月達に目がけて押し寄せてくる。


 チャット欄も阿鼻叫喚とし、逃げることを促すコメントで埋め尽くされた。


 しかし、スイカだけは決して背中を見せない。

彼女の瞳に宿る戦いへの欲望が足を前へと進めているようだ。



「キズラキ君は回復魔法を使えるようになったから……スイカも見せる必要があるよね」

「逃げましょうスイカさん! 数が多すぎます……」

「『一撃で倒せないのに戦うの?』とでも言いたそうだね、キズラキ君! これが! スイカの! 【強化魔法】ッ!」

「【ウェポンブースト】!」



 金髪ツインテールの髪が魔力の高まりによって逆立ち、如月の『空切』と同じように大声で呪文を唱えた。


 真紅の斧に漆黒のオーラが纏い、スイカの呼吸は徐々に整えられていく。


 目つきは鋭く、以前如月に向けたときとは少し違う、明らかな殺気が込められていた。


「キズラキ君! カバーをお願い!」

「片手で戦うんですか!? カメラは僕が……」

「いや、これで大丈夫!」


 そう言うとスイカは無数のサイクロプス達に単騎で突撃し、高笑いをしながら森の中へ消える。



「〈視力〉上昇。……って飛ばしすぎでしょ……」



【能力】で〈視覚〉を上げて彼女の姿を捉えるが、自分の想像を遥かに超える激戦を目撃してしまった。


 到底人類が行える範疇を超えた戦闘スタイルに加え、卓越された【能力】センスを持つ彼女が、この程度の魔物に苦戦する方がおかしかったのかもしれない。


 端的に言えば、スイカはサイクロプスの胴体を、強化した真紅の斧でカメラを持ちながらで斬り落としたのだ。


「カバーって言われても……これを今使えってことなのか?」


 ハッと我に返った如月は、懐から彼女が創ったと背中に背負っていた新たな剣を取り出し、照準を合わせて拳銃の引き金を引いていく。



「わぁ!?」


 銃の使い方は事前にレクチャーされてはいたが、射撃の衝撃に思わず驚きを隠せない。


 しかし、弾丸はそんなのお構いなく、スイカを無視してこちらに向かってきたサイクロプスの単眼を貫いた。



「ヴォオオォォォ……」



 言葉にもならない奇声を上げ、サイクロプスは重心を失い崩れていく。



 一方の彼女は、巨人である相手に木を利用して高低差をなくして戦うなど、経験を生かした戦い方を好んでいるようだ。


 今の如月にできることは、スイカが切り損ねた魔物を倒していくことのみ。


 実力差を噛み締めながら、如月は近づいてくるモンスターを相手にする。



 スイカのように一撃で倒す方法はまだない。

 だからこそ、地形を彼女以上に利用する他なかった。


 まず、スイカとは真逆の方向へ走り、彼らに背を向ける。


〈聴覚〉を強化し、とある目的地を目指して足は止めない。


 この山の地形なら、誰よりも如月は知っているから。


 目標地点まで約250メートルの間、スイカから狙いを変えた魔物達はまるで草食動物を狩る獣のように如月の背中を追いかけてくる。



 当然、彼らからすると逃げているようにしか見えないため、意気揚々と木を駆け上がり着実こらちを追い込んできていた。


 如月は周囲を見渡し、別方向に向かっている魔物がいないか探してはそのたびにドローンのホログラムを利用して誘導し続ける。




 そのときいつもの癖でコメントをチラ見してみると、



《しっかりサポートしろよ》


 そのいつも通り当たりが強いコメントに安らぎを感じつつある自分に驚きつつも、あることが脳裏に過ぎった。


(ウェポンブーストって僕とセンス変わらないような……)



 今ではないと分かっている。しかし、どうしてもあれだけ馬鹿にされた技名と何が違うのかが分からない。


 彼女の視聴者はどう思っているのかを確かめるため、数匹の魔物を相手にしながら、強化された〈視力〉を有効活用してみる。



《ウェポンブーストマジでかっこいい》

《見ていてシンプルで分かりやすくていいよな》

《スイちゃんのたまに見せるギャップで好きになっちゃう》

《ひっさしぶりに生ウェポンブースト聞けて嬉しい》


(これは……スイカさんのコメントだからだよね?)



 あまりの落差に現実を受けとめきれず、次に見たのは自分のチャット欄。



《お前と違ってビシッと決まってるな》

《あーあスイカならな》



 自分のときとは大違いの反応に、俄然やる気が満ちさらに【五感強化】を発動していく如月。


 そして、とうとう如月は目的地に辿り着いた。


 足元には滝があり、落ちてしまえば死は免れないだろう。



 そこに如月は背を向けて追いかけてきたサイクロプス達の単眼に、絶え間なく弾丸を撃ち込んだ。


 放たれた弾丸は魔力製。使い手の魔力を消費するため弾切れを起こすことも弾を詰め直す必要もない。

 だが、それでも限界はある。


 覚悟を決めた如月は、その背を向けた体勢のまま



 最後の最後までトリガーを引き続け、奴らの姿が完全に見えなくなると同時に銃から手を離す。


(ここが正念場……)


 まだ片手で握っている剣を両手で握り直し、岩壁に向かって剣を突き刺した。


 身体にかかる負担は底知れない。が、パワースーツの効果や【五感強化】のおかげか、巨体の魔物が潰れる音すらかき消すような轟音を鳴らしつつも、何とか落下は途中で止まった。



 それでも崖から魔物の落下は止まらず、次々と地面に落ちては潰れていく。



 彼らと同じように手を滑らせて落下死、なんて一番悲しいことだけは避けたい。


 完全に崖上の気配が消えた頃に、体感30分は時間をかけてゆっくりと、地面に降りていった。


「はぁ……はぁ……」



 息を切らしながら、銃を拾い直し血塗れになった河川から少し離れたところで腰を落とした。



(息が整ってから合流しよう……)


 その間、配信の確認すらせずにボーっとしていると、ふいに誰かから話しかけられる。



「平気だったー」


 振り返った先には、スイカが余裕の表情で立っていた。


 何一つ、いつもと変わらない彼女がそこにはいた。

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