第16話 知能のある魔物
「あーあー聞こえますかー? 如月でーす。知らない家で配信してまーす」
如月は病み上がりなのを心配されないように、いつもより明るく振る舞いながら配信を始めた。
《よっすーー》
《元気だったんか》
《心配したぞ……》
いきなりのゲリラ配信だったが、開幕1分も経たないうちに同接は2万人を超える。
相変わらずコメントの量が多い。
だが、一瞬でコメントが流れていくのに若干慣れだし、その群衆の中に姉のコメントが紛れているのも分かった。
視聴者の挨拶のようなものも止みだし、彼らは真っ先に如月の格好について注目し始める。
《何その服装?》
《スーツ?》
《それめっちゃ高いやつじゃ》
予想通りの反応にニヤつきを抑えながら自慢げに口を開いた。
「ふっ、これは貰ったんだよスイカさんに。政府から支給された戦闘スーツなんだってさ」
《サイズ大丈夫なん?》
「サイズ? ああ、ユニセックスな作りだから僕でも簡単に着られるってさ! 機動性向上に防刃機能付きで凄いらしい!」
このスーツは二重構造になっており、上着はジャケットで中には体にフィットして動きやすいパワースーツが仕込まれている。
戦うたびにボロボロになっている如月のことを心配して、普段から常備している予備をスイカがくれたのだ。
如月は一足先に外に出たスイカを追いかけるように家から飛び出し、外の景色を配信に映す。
「見ての通り、僕達はまだ山の中です。こないだ初めて戦ったモンスターが出現したり、何かとダンジョン内の様子が変だったりするので用心して進んでいきます」
「スイカも同じ考えでーす!」
それぞれの配信画面に向かって話しつつも、お互いの声が配信に入っているものの、どちらの視聴者からも不満は上がらない。
むしろ、今までの配信に付いていたコメントよりも優しいものが多く、如月の配信でも体調の心配をするコメントが急上昇していた。
《お前が寝てた間スイカのコメ欄エグいことなってたよ》
《ママの集会場になってたね、昼の配信》
《最初の頃から一転して擁護派が目立ってたな笑》
「あー……僕はそういうのは慣れてるというか……うーん。昨日よりは荒れてなくて、だけどちょっと荒れてるくらいのチャット欄になってほしいかな」
正確には、意外と荒れてる方が好みだったと知った……といった感じだが、それをストレートに伝えてしまうと常に荒れた状態になってしまうと思い、ほんのりと誤魔化して伝える。
《おけ》
《俺もちょい荒れくらいが熱入って見やすい》
《逆にあのバズり方で荒れない方がおかしいだろw》
(……言ってみるもんだな)
棘がある程度抜けきった視聴者達は、如月の提案をすんなりと好意的に受け取ったようだ。
少しの間コメントと群れあっていると、唐突にスイカが森の奥の方を指差して大声を上げだした。
その先を観察すると、そこには昨日のように大きな魔物がこちらを凝視してきていた。
「〈視える〉よね?」
「はい、僕も当然視えますよ。あれ、見たことないモンスターなんですけど教えてくれませんか」
最早当たり前のように初見の魔物が目の前にいるのだが、既知であるスイカに臆す気配はない。
「あれはサイクロプスだよ! 目が一個しかないけど視力はスイカの何十倍もいい……らしい!」
サイクロプス……それがこの一つ目の巨人に与えられた名前のようだ。
大木から作られたように見える巨大なこん棒を手に、魔物はじっとこちらの行動を読もうとしている。
「〈視力〉で勝負するなら負けませんけどね……」
「同じく! スイカもパワーで負けるつもりはないよ?」
そう言うとスイカは異空間から例の斧を取り出し、サイクロプス一直線に飛びかかった。
ミノタウロスのときと同じように首元に斧を当て、骨が軋む鈍い音を響かせる。
しかし、前回と違う点は、その攻撃にこのモンスターは耐えたということだ。
「え――」
「
ギョロリとした目がスイカに照準を合わせたとほぼ同時に、如月の剣が斧の反対側から挟み、その太い首を吹き飛ばした。
「……危なかった、かも」
たしかに危なかった。いや、危ないというレベルではなく、一歩でも如月の攻撃が遅れていたら確実に致命傷を負っていてもおかしくはなかった。
息を切らしつつも、如月は身に纏っている戦闘スーツの有用性を心から感じ、お礼を言おうとスイカの方に振り返る。
「嘘だろ……」
「え……顔に何か付いてる!?」
「そうじゃなくて、あれを見てください」
思わずタメ口になりかけるような衝撃的すぎる光景に、如月は息を呑んだ。
《やばい》
様々な反応があったが、しいて言うならこのコメントが二人の心情であろう。
彼らは怒った。地面に伏せ朽ちていく同胞の死体を見て。
今さっき倒したサイクロプスと全く同じ姿の魔物が10匹、いや奥部から絶え間なくじわじわと湧き出しているため全てを数えるのは不可能だ。
(こいつら……僕達が家から出るのを見計らっていたのか?)
そして、奴らは地響きを鳴り起こし暗闇の中、木々の隙間を通って前進を始めた。
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