第14話 サードプレイヤー

「……ねえ、大丈夫?」


 如月は誰かが話しかけてくる声に反応して、重い瞼を開く。


 その声の正体は、金髪の女性――つまり水華だった。


「心配しないで。君の体に傷はないし、あのカメラも充電中。食べ物も食べられそうならそこのテーブルに置いてあるから食べてね」


 彼女が指差したのは机に置かれた食料の山。


 どうやら如月は誰かの家のベッドの上で寝かされているらしい。


 どうしても見覚えのない光景だった理由も分かった。


 彼女の服装はいつもの制服みたいな格好とは違い、ピンクのパジャマを着ている。


 サイズが少し窮屈そうなのを見ると、元々住んでいた人の物だろう。


 まだ寝ぼけつつ自らの体を確認してみたが、水華の言うとおり傷一つも残っていなかった。


 あんなに大きかった腹部の傷すら跡もなく、疲れもほとんど残っていないことに、違和感を感じないわけがない。



 だが、そう悩んでいる如月を見かねてか、水華はまた口を開いた。


「多分ね、それを治したのはキズラキ君だよ。覚えてるかな、気絶する前に自分のお腹押さえてたの」

「でも、僕は魔法なんて使ったことが……」

「死に瀕したことで使えるようになったんだと思うよ。私もその経験があるし」


 そういうものなのか……。


 彼女が言っていることが当たってるとすると、どれだけ負傷しても自分で治せる魔法を使ったということだ。


 これも、スイカがこのダンジョンに来なければ使えるようにならなかったはず。

 そう分かるとすぐに如月は、彼女の手を握って感謝の気持ちを表した。



「ありがとうございます。僕はあなたがいなかったら今頃どうなってたか……いや、何もしてないか」

「あははっ。でも、私に嫉妬してるんでしょ?」

「……はい」


 意識が消える直前に話していた言葉を使ってからかわれ、若干照れくさい気持ちになる。が、ここでそのときの彼女の様子を思い出す。



「そういえばあのときの水華さん、僕を殺そうとしてませんか?」


 如月の質問を聞いて水華は分かりやすく動揺した。


 ただし、やましい気持ちや後ろめたい感情があるわけでもなさそうに見える。



「実は……キズラキ君がいない間に襲われたんだよね」



 喜ばしくない表情で目線を逸らして告げる水華に、冷や汗が止まらなくなり話の続きを聞き返した。


「それって……誰に!?」

「誰に……? ふーん、やっぱりキズラキ君だったんだ?」


 何やら失言をしてしまったようで、彼女は無言で武器を取り出したため、如月は急いで事情を説明する。



「そうじゃなくて! 僕はずっと前から思ってたんです! 僕と水華さん以外に、このダンジョンの中にいるかもしれないって」

「……もう一人?」


 そう言うとまた水華は斧を戻して話を聞く体勢に戻った。


 そして、今まであったことや1年間で考えた考察を口で伝えていく。


 初めは納得いかないような顔だったが、次第に信憑性があると判断したのか、至って真面目な表情で話を聞いてくれた。


「つまり、私が迷宮に入るずっと前からキズラキ君以外の誰かが潜伏してるってこと?」

「そういうことですね……あくまで仮説だったんですけどその可能性は高いかと」

「んー……セクハラしてきたのがキズラキ君じゃないとするならそれ以外ないかも。絶対人間だったし!」


 セクハラ……なんと卑劣な奴なんだ。ソイツは味方ではなく敵になるかもしれないな。


 すっかりと頭も冴えるようになり、如月はベッドから飛び起きて彼女が用意した食料に手を付けながら会話を続ける。


「大丈夫……ではないでしょうけど、僕が怪我したときの殺気がすごかった理由はそれですか? 言えないなら言わないでいいです」

「簡単に言うとね、その人を殺り損ねちゃったんだ。ギュってされたから、相手のお腹から剣を出して『殺っちゃえ』って感じで刺したんだけど」


「それは倒れてる僕を見て勘違いしますね、そんな気持ち悪い性犯罪者を逃す方がおかしいと思うんで」

「いやいや、勿論刺したのはそれだけじゃないよ!? あのとき言ったようなことをその人に伝えたんだけど、失礼というか……キズラキ君っぽくないなと思って」


(僕らしくないか……)


 知り合って間もないのに……彼女の身に起きたことを想像するだけで恐ろしくなる。


 だが、如月の中でさらにの謎は深まっていた。


「顔は見なかったんですか?」

「見ようとした瞬間に抱きつかれたから分かんなかったんだよねー。暗くてよく見えないし、後から確認しても配信に映ってなかったんだよ」



 たしかにそれだけじゃ、抱きしめてきた相手が如月なのか別の三人目なのかは分からない。


 けれど、彼女自身が別人だと判断したから今如月は生きているのだろう。


 用意された分を水華と分け合って食べ終わると、すぐに彼女にドローンがある場所を尋ね、二人はリビングへと移動した。



「そんなに焦ってどうしたの?」

「『どうしたの?』って大変じゃないですか! 僕がまた犯罪者扱いされるかもしれないってのに!」

「あー……でも大丈夫だと思うよ? だって私がゼットに投稿しておいたもん。『キズラキ君とドローンの安否確認したよ! 配信がまたまた急に終わっちゃったけど、次回もよろしく!』ってね。キズラキ君、ぐっすりしてたね〜?」



 そう言いながら水華はポケットからスマホを取り出して、が眠っている横でとびきりの笑顔を見せる彼女が自撮りを見せつけてくる。



「……もしかして、この写真を載せた?」

「……いや? 載せたのは違う写真だよ?」


 わずかな良心があったことに気付き、安堵してドローンの電源を付けた。

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