第10話 嵐の原因
山から下りてきた早夜と速風が夕飯の用意をしている間に、また風が強く吹き始めた。
「また嵐になるのかな」
不安に思って早夜がそう呟くと、速風の野菜を切る手が止まる。
「わたしのせいなのだな……」
「え……?」
小さく聞こえた声に早夜も手を止めて速風の方を向いた。
「わたしの神力が安定していないから嵐がおこると、遠呂智が言っていた」
「ああ、そういうこと言ってたな」
「正直、わたしはまだ自分が風の神だなどとは、信じられない」
「うん」
「でも……嵐の原因が自分にあるのなら……なんとかできないのかと思う」
早夜もそれを聞いて黙り込む。
以前、広場でみた親子が思い出された。
小さな子供を抱えて、途方にくれながら村長の小屋へと移った若い夫婦。
子供は小屋が無くなったと泣き叫んでいた。
あんな思いは、だれにも二度としてほしくない。
「ちょっと出かけてくる」
急に速風が
「どこに行こうってんだよ、こんな風の中を!」
「自分を試したい。わたしが神ならばこの嵐も止められるはずだ」
「無茶だ!」
「止めるな!」
速風は早夜を振り切って扉を開け、小屋の外に出た。
とたんに吹きすさぶ、暴風。とても強い風で、速風の髪を巻いている布が外れて飛んでいった。肩までの白髪が風にまきあげられる。
クロウが吠えている。
吹きすさぶ風に怯えている。
速風の後を追って、早夜も小屋から出た。
クロウを小屋の中に入れ、おおきな声で名前を呼ぶ。
「速風!」
彼は天に両手を挙げて、風を止めるべく叫んだ。
「わたしが風の神ならば、天照大神よ、今一度わたしに力を授け、この風を止めてくれ!」
ざあっと大きく風が海の方から吹いた。
彼の着物の裾も、髪も、早夜も、風に吹きあげられる。
「風よ、やめ!」
速風が叫んでも、風は一向に収まる気配がない。
しかし、その声に応えるものがあった。
ふよふよと桃色と緑色の人の頭ほどの光の玉が、速風の前に来て、眼の前でぴたりと止まったのだ。
「な、なに?」
「なんだ?」
呆気に取られる早夜と速風だ。
桃色と緑色の球体は、速風の前でむにむにと形を変えて、小さな人型になった。
「風神さま、お久しぶりなのです」
桃色の着物をきた小さな少女が宙に浮きながら頭を下げた。
甲高い女の子の声だ。
「風神さま、しっかりするのだ!」
緑色の着物をきた少年が、桃色の少女の隣に浮いて、胸を張って速風を叱咤した。
こちらも小さな男の子のような高い声。
「なんなんだ、おまえたちは……」
亜然として自分たちを見ている速風と早夜に、二人は自己紹介をした。
「申し遅れました。私はミウというのです」
「おれはタウなのだ」
「私たちは風の子供と言います。風神さまの命に従って風を操るものたちです。覚えておられませんか?」
ミウが悲しげに速風の顔を窺う。
速風は茫然としてミウの姿をみているだけだ。
「覚えておられないのですね」
「なげかわしいのだ!」
ミウとタウに嘆かれ、速風ははっとする。
「わたしの命に従って風を操るというのか?」
聞き返した速風にミウとタウは答える。
「そうなのです」
「そうなのだ」
「ならばいますぐにこの風を止めてほしい」
不思議な生き物を目の前にして、速風は駄目でもともと言ってみた。
「それには風神さまの神力が必要なのです。しかし今の風神さまからは神力を感じないのです。私たちも力が暴走して止められないのです!」
「神…力……?」
「今の風神さまは天照さまに力を奪われているのだ。だから神力がないのだ。おれたちも途方にくれているのだ。ちからを制御できなければ嵐が起こってしまうからだ」
「わたしの力がないばかりに……この風が止められないというのか」
何もできないやるせなさに、気も狂わんばかりになる。
この嵐は自分のせい。
自分の力が足りないせい。
速風は思わず脱力し、地に膝をついた。
「自分を責めるな、速風!」
そんなとき、早夜の声が響き、速風のこころを光のように貫いた。
後を振り向くと、早夜が小屋の扉のところで自分を見ている。
「早夜……」
「何か他に手があるかもしれない。自分を責めるな。俺は速風が悪いとは思えない」
真面目で優しい速風。彼が何をして高天原を出たのかは分からないが、早夜には速風が悪いことをして出てきたとは思えなかった。
クロウも小屋から出てきて速風の足もとに鼻を寄せた。
ミウとタウも悲しげに速風を見た。
「きっと何か、方法がある。だから、な」
優しく早夜に諭され、速風は憑き物が落ちたように頭がさっぱりとなった。
そうだ、今取り乱しても何も変わらない。
ならば今は我慢のときだ。
速風は自分の中から声を絞り出してミウとタウに告げた。
「なるべく風を抑えよ。できる範囲でいい。わたしの神力がなくてすまない」
ミウとタウは、また桃色と緑色の光となって、空に舞いだした。
「わかりましたなのです」
「わかったのだ」
「それでも今は風神さまのいる小屋を守ることで精いっぱいなのです」
ミウとタウの返事をきいて、速風は答えた。
「それでいい。早夜の小屋を守れ」
「承知しましたなのです」
ミウがそう言うと、風の子供であるミウとタウは風に運ばれて上空に消えた。
「速風……」
早夜から見た彼の背中が、いつになく小さく見えた。
その背に手を掛けると、早夜はいつかのように速風を立たせる。
「立って歩いて、小屋の中へ入ろう」
「……ああ」
まだ茫然としている速風を連れて、早夜は小屋の中に入って行く。
そして後ろ手に小屋の扉を閉めた。
速風は思った。
早夜はいつも速風のこころの中に光を投げかけてくれる。
頼ってばかりでなく、そんな早夜の力になりたい。
いつか思ったことを思い出す。
自分は神であろうとも、何があっても早夜の味方であろうと。
速風はそう強くこころに誓った。
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