第6話 常世の国の商人
嵐の日に壊れた、広場の建物の修復作業の途中、その日の昼飯を食べる為に早夜と速風はいったん小屋に帰ることにする。汗をかいたと、布で顔を拭き取る。小屋に着くと二人は昼食の用意をした。
麦と米と朝捕れた貝の粥で、それをぐつぐつと煮ている間に速風はふと今日疑問に思っていたことを聞いた。
それは村のどの男にも、波模様の入れ墨が腕輪のように左腕に入っていたこと。
早夜の腕にも入っている。
あれは何を意味するのだろう、と思っていた。
「早夜。その腕の入れ墨は何か意味があるのか?」
早夜は鍋を木杓子で掻きまわしながら軽く「あるよ」と返した。
「どんな意味が?」
「この腕の波模様は、この
「ほう……。そんな意味があったのか。それにしては私には何も入れ墨らしき痕は無いな」
速風があごに手をあてて考える。
「だから庶民じゃなくて、速風は豪族なんだと思うけど……なんでそんな偉い人が一人でこんな漁村に流れ着いたのか、分かんないな」
早夜は木杓子から直接粥を味見する。
「うん、うまい。速風も味見する?」
「ああ」
早夜が木杓子の中に粥をすくう。速風は早夜の手ごと木杓子を自分の口に持ってきて味見した。
「ああ、うまいな」
びっくりしたのは早夜である。本当は木杓子を渡そうと思っていた。手を取られて、そこから直接粥を食べられるとは思っていなかった。何か恥ずかしさで硬直する。
こくりと喉を鳴らして速風を見ると、「なんだ」と聞いてくる。
「な、なんでもない!」
豪族の間ではそういう風習があるのか? 自分とは違った常識があるのかもしれない。
でも。
(速風、なんか近い……)
背の高い速風は早夜を覆うような形で隣にいた。それが何かどきどきして落ち着かない。
「め、飯食べよう」
気分をかえるようにそう言うと、速風はさっと台所にある二つの椀に粥を注いだ。
早夜はその様子をぼうっと見ている。
「早夜? どうした。具合でも悪いのか?」
「い、いや、そうじゃない」
差し出された椀を持って早夜はぎくしゃくと板の間の方へあがる。
それに続いて速風も板の間へあがり、一緒に飯を食べた。
飯を食べて二人でのんびりと休んでいると、隣家の真緒おばさんが早夜の小屋に駆け込んできた。
ばんばんと早夜の小屋の扉をたたき、中に入ると開口一番楽しげな大きな声で教えてくれた。
「早夜、速風、今村長の小屋の前に
速風が真緒に怪訝そうに聞いた。
「常世の国の商人、とは?」
「嫌だねえ、知らないのかい? 宝物を売ってくれる大陸からきた商人だよ! あたしも何か買わなくちゃ。いい? ちゃんと知らせたからね! 早く来ないと無くなっちゃうよ!」
村の外から来たものでも、常世の国の商人だけは例外だった。商人は色々な宝物を売ってくれる。
早夜と速風は顔を見合わせた。そしてぷっと吹き出した。
「女の人は買い物が大好きだからさ」
「そのようだ。早夜も行くか?」
「ああ。常世の国の商人は薬も売ってるんだ。すごく良く効く薬でさ。風邪をひいたときに役立つ」
「じゃあ、行こう」
二人は手早く椀を片付けて村長の小屋へ向かう。
小屋へ向かう間にも、足早に村長の小屋の方へ走っていく男女がいた。老人も子供も村長の小屋へ向かっている。
「本当に、さっき真緒さんの言っていたとおりに、品物がなくなる勢いだな」
速風が早夜に呟いた。
「そうだな。俺たちも早く行こう!」
早夜も走り出した。
「さあ、みてらっしゃい、買ってちょうだい、古今東西こんな珍しい商品は今だけしか買えないよ!」
高い女の声がする。
年は十代半ばか。
早夜よりも年齢は低そうだ。
健康的な黄みがかった肌に、見たこともない柄の着物、その上に上等な毛皮を着ていた。
その隣に随分と歳を重ねた白髪の老人が、黙って少女の商売を見ている。
「あたしは麗宝、この村にお宝を売りに来たよ!」
麗宝の前には、わいわいと人山ができていた。
この村のどこにこんなに沢山の人がいたのだろうと思うくらいの人が集まっている。
簡易な店を開いている麗宝は、土の上にむしろを敷いて、その上に商品を並べていた。
珊瑚や貝殻、櫛、組み紐、陶器、薬、着物、毛皮、なんでもあるのではないかと思うほどだ。
しかし物を買うには代価が必要だ。
早夜たちはこのようなときの為に山で捕れた獣を干し肉にしたり、海で真珠を手に入れたりしていた。
小屋に隠しておいた真珠を麗宝に見せる。
「麗宝、これで毛皮一枚と買えるだけ薬が欲しい」
麗宝は早夜から真珠を受け取ると、親指と人差し指で真珠をつまむ。そしてそれを斜め上にあげて、良く見定める。にまりと笑った。
「いいよ、毛皮一枚と薬を三袋もってっていい」
「ああ!」
「好きなの選んでいいよ」
早夜が毛皮を選んでいると、速風が早夜の後ろから声をかけた。
「毛皮ならもっているじゃないか」
「これは速風の分の毛皮だよ。今は暖かいけど秋をこして冬になったら寒いからな。毛皮は必要だ。今買えるなら買っておいたほうがいい」
「……すまないな」
そう会話していると、横から麗宝が口を挟んだ。
「ちょっとお兄さん!」
「え?」
「え?」
早夜と速風が同時に振り返る。
「その背の高い方のお兄さんだよ! その胸の首飾り、ちょっと見せてくんないかな!」
麗宝はきらきらと目を輝かせて速風が首にかけている白と赤の首飾りを見ていた。
「ダメ? ちょっとでいいから!」
速風は早夜を見る。
早夜は一つ頷いた。
それを見た速風は首から無言で首飾りを外すと、麗宝に渡す。
「ああ、ありがとう! すごいね、これ! 上等な真珠と最高級の珊瑚だよ! なあ、
麗宝は隣に座っているだけだった、大角と呼んだ老人に伺いを立てる。
大角は速風の首飾りを手に取り、そして小声で麗宝に何事か呟いた。
それは聞きなれない言語で、その会話の意味は麗宝と大角にしか分からない。
「何と言っているんだ?」
「いや。ねえ、これ、あたしに売ってくれない? 良い値で買うよ? そうだ、好きな商品なんでも五個もってっていいよ」
早夜も驚いて毛皮を選ぶ手を止める。
「真珠と珊瑚?」
いままで気がつかなかった。
綺麗な首飾りだとは思っていたけれど、最高級のものだとは。
しかし、あれは速風の故郷を知る手掛かりになるものだ。そうそう手放すわけにはいかない。
「悪いがこれは売れない」
「えー。ね、お願いだから、売って?」
今度は可愛らしく迫ってきた麗宝に速風は苦笑する。
「悪いな。これはわたしの故郷の思い出の品なのだ。だから売るわけにはいかない」
「うーん、ちぇっ。分かった、いいよ。いい金儲けになると思ったのに」
ふてくされる麗宝だが、ふとまた表情が変わった。
「そういえばさ、前にいた都で聞いた話なんだけど」
「え? 都?
さっきから横で速風と麗宝の話を聞いていた早夜は驚いて聞き返す。
「そうだよ。この村になんでもすごく偉い人たちが来るって噂だよ。沢山の偉い人たちと、臣がくるんだって。その上等な首飾りを見てたら思い出した」
「臣? なんでそんな偉い人がくるんだ?」
「なんでも何かを占って、それでこの村が怪しいって出たんだって」
「怪しい?」
「あ、いや、今の無し!」
そっぽを向く麗宝に早夜は迫る。もうひとつ真珠を出して、麗宝の手に握らせた。
それを半眼で見た麗宝は、しょうがないなあ、と溜息をこぼして早夜に教えた。
「最近嵐が多いだろ? その元凶を始末するための占いだってさ。きっと魑魅魍魎の類いがいるから嵐がおきるんだろって。そしてその魑魅魍魎がいるのが、占いでこの
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