第34話 セーブポイント

 タクシーで家に着くと、兄が待っていた。無言で俺を背負って、実家のマンションの部屋へと連れて行く。兄は俺を部屋に転がして布団を乱暴に掛けるとさっさと出て行った。わずかな配慮でもありがたい。曲が出来ていない今、風邪をひいてる場合ではないのだ。

 翌朝兄に聞いたことによると、実家に蓮から俺が泥酔して帰るからと連絡があったらしい。さすが、高校の同級生。


 俺は蓮にお礼のメッセージを送ろうとして、送れなかった。考えがまとまらなかったし、また未読スルーになった時のダメージが大き過ぎて。

 マコトくんからはメッセージが送られてきた。蓮を呼んだのは、マコトくんらしい。マコトくんからは「俺の動画実は、RELAYの仲直り企画にしようと思ってて。少し蓮くんと話せた?」と驚愕の内容が送られてきた。そんなこと、出来るんだろうか?だって、人気絶頂のRELAYを、蓮はドラマでも映画でも何でもするからと言って無理やり解散させたのに…。


 でも、昨日蓮は俺を迎えにきてくれた。逃げた俺を探してくれて、神谷プロデューサーとのことを社長に言ってくれたのも蓮だ。同級生だから、俺をバンドに引き入れた責任感で最低限のことをしてくれてる?それだけ?


 俺は答えの出ないことを考えるのは一旦やめて、締め切りの迫っている、新曲の制作に取り掛かかることにした。

 

 しかし台本をいくら眺めても何も思いつかない。

 泥酔して帰った翌日は二日酔いで辛いと言う事を言い訳に出来たが、翌日からはそうはいかない。

 改めて俺は、音楽の事をよく知らないなと思った。俺の曲作りは、"作曲"と言っても本当にただの鼻歌で、体系的に分かってない。蓮はきちんと音楽を大学で勉強しているから、もうそこから基礎力が違う。


 俺はまた落ち込んだ。


 焦れば焦るほど、何も思いつかず、気ばかりが急く。そんな苦しい日々を過ごして、締切まであと二日というところまで来てしまった。


 俺は現実逃避して、蓮との仮想現実のやり取りを読み返していた。


 蓮も、社長やマネージャーもレコード会社の人も、原作者さんも、期待してくれているのに、出来そうにない。でも、まだ時間はあるんだから最後まで諦めるな。

 そう自分の中で繰り返しているうちに、蓮に甘えたくなってしまったのだ。俺は我慢できずに、メルリのSNSから蓮にメッセージを送った。


“今泉さんは、曲ができない時どうしてますか?”


 夕方の忙しい時間帯のはずなのに、すぐに既読になって、返信が来た。


“気分転換するかな”


“どんなふうに?”


“外に出て、外の空気を吸う”


“あとなにかある?”


“思い出の場所に行ってみたり”


“思い出の場所?”


“駅前のコンビニ。よく行ったんだ、高校生の頃。”


 コンビニに…?蓮も、辛くなった時に、思い出してくれてた?俺たちの思い出…。


 俺は蓮のアドバイス通り、外に出て、冬の冷たい空気を吸い込んだ。少し寒くなったからコーヒーでも買おうと、コンビニに向かって歩く。駅前のコンビニはまだ建設中だから、少し遠いけど高速の入り口近くのコンビニにまで行くことにした。


 コンビニは薄暗い中で光っていて、ダンジョンの中のセーブポイントみたいだ。俺は光に吸い寄せられる虫みたいに、フラフラと中へ入っていった。

 

 今日は朝も昼も水しか口に入れていない。空腹にコーヒーを飲んだりしたら不味いと思い、何か食べようとお弁当コーナーに向かった。お弁当コーナーには蓮の好きな、変わり種のおにぎりが色々と並んでいた。

 特に蓮が好きだった、半熟煮卵が丸ごと一個入っているおにぎりが復刻している。俺は嬉しくなって手に取ると、コーヒーと水と一緒に籠に入れた。


 商品を買って、外に出ると、完全に日は落ちていた。おにぎりを食べながらゆっくり帰ろうと思って、包装のテープを剥くところで手が止まる。

 連日連夜、新曲について頭を悩ませる日々で、自分の想像以上に、胃が弱っているのかもしれない。食べられる気がしなくて、おにぎりを買い物袋の中に戻した。

 俺が蓮を怒らせたあの日も、俺はコンビニで連の好きなものを買っていった。けど、何か口にするような気分では無かったのだろう。あの日、歌詞のやり直し作業に悩む蓮に必要なものはそんなことじゃなかったと、今なら理解できる。俺がしたことなんて、うっとおしいだけ。蓮に必要だったのは気分転換とか、的確なアドバイスやアイディアだったに違いない。それなのによりによって、寝るなんて…。

 あの時、蓮と一緒に、考えて、なんで一緒に悩まなかったんだ。馬鹿だ、おれは。もっと一緒に悩んで、一緒に音楽を作りたかった。そうすれば恋人じゃなくてもずっと一緒にいられたのに…。


 俺は今出たコンビニを振り返った。確かに営業中のコンビニは暗闇で光ってセーブポイントみたいだ。


 でも俺は全然回復していない。

 いや、水を飲んで、命はつなげるけど、さ。

 蓮がいないセーブポイントでは回復しないんだ。…心が。

 

 自然に足は、駅前のコンビニに向かっていた。

 高速の入り口から駅前まではやはり人の流れが変わったようで、通りの店も様変わりしている。高校の時に目印にしていた店はもうない。でも俺は迷わずに辿り着いた。


 駅のホームの少し先に俺たちが通ったコンビニはある。今は建設中のフェンスだけで、そこはまだ暗い。

 俺はどのくらい、コンビニができたのかと思って、中を覗き込んでみた。ひょっとしてちょっと不振な人に見えるかもしれない。そう思って、反対側の道に移動して、建物を眺めた。


 夜風がいよいよ冷たくて、帰ろうと踵を返すと、後ろから呼び止められた。


 …ああ、これってさ、夢じゃないよね?


「蓮!」


「圭吾!」


 蓮は俺のところに走ってきた。


「どうしたの…?こんなところで…?」


 どうして蓮がいるんだろう。本当に現実?俺は信じられなくて、どうしてここにいるのか蓮に尋ねた。


「気分転換...。でも、もうなくなってたんだな。ここ。」


 蓮は建設中のコンビニを仰ぎ見た。


 違うよ、それは無くなってから一周回ってまた、壊してるんじゃなくて立て直してるとこなんだよ。

 言いたいことが多過ぎて、俺の声は口の中で溢れて消えた。


「圭吾お前、顔真っ白!」


 蓮は俺に手を伸ばした。そのまま頬を撫でて、キスして欲しい。でも、蓮の手は頬までいかずに、俺の手を握った。


「冷たい。いつからいた?もう暗いし、寒いから送ってやるよ。」


 蓮は俺を引っ張って、近くのコインパーキングに行った。そこにはかっこいいSUV車が置いてある。

 車内はまだ暖かかった。手渡された缶コーヒーも、まだ少し熱い。蓮はいつ来たんだろう?


「この辺、すっかり変わっちゃったな。目印が変わってて、迷いそうだった。」


 そう、ずいぶん変わったんだ。このまま迷って出られなくても、いいよ。俺は。


「歩いてる時ってあんまり標識見ないよな。慣れてる道でも、一方通行の道で、進めなかったり。」


 一方通行のまま、家に辿り着けなくなれば、蓮と一緒にいられる。


「それにさ、歩いてると結構距離あるなって思っても、車だとほんのちょっとの時間だったりするよな。」


  蓮は俺の実家のマンション前で車を停めた。


「着いたよ」


 俺はあっという間過ぎてすぐに反応できなかった。帰りたくない。


「大丈夫?まさか、酔ってはないよな?」


 蓮が心配そうな顔で、俺の顔を覗き込む。


「蓮、キスしてよ。」


 俺は蓮の顔をみたら堪らなくなって、言うだけ言って目を閉じた。数秒待って無視されたら、そのまま車を降りるつもりで。

 同情でも何でもいい。触れて欲しい。

 蓮は俺に噛み付くみたいにキスをした。唇を噛まれて全身が痺れる。俺は蓮の背中に手を回して、蓮に抱きついた。


 俺が目を開けると、蓮は唇を離して俺を見つめる。こうやって見つめ合うの、いったいいつぶりだろうか?幸せ過ぎて俺の魂は少し抜けた。


 蓮は俺の頬を撫でて「おやすみ」と別れの挨拶をする。離さないで欲しかったのに…。

 蓮はまた明日、みたいな気安さで、帰って行った。

 


 やっぱり、蓮がいるセーブポイントなら俺は回復する。身体の中の、枯れていた泉に水が湧き上がるみたいに、音楽があふれ出てきた。

 

 あれだけ何も思い浮かばなかったのに、不思議だ。俺は一晩で、一曲仕上げてしまった。

 

 

 



♪ぼくらのセーブポイント


真夜中でも光かがやくセーブポイント

どんな暗闇の中でもひかりかがやくセーブポイント


いつでもぼくたちを明るくむかえて

励ましてくれた

ただたんにヒットポイント回復するだけ

そういう人もいる

うそだよ

きみといったセーブポイント

どんなに傷ついても回復できた

勇気と希望もわいてきた

ただたんに君がいるだけ君に恋してるだけ

そういわれてみれば

そうかも

 

君がいないいまのセーブポイント

ただたんにヒットポイント回復するだけ

そんなこといまさら

きずいた


君がいないぼくらのセーブポイント

でもぼくは君に会うためにそこに行く

いつかまた会える奇跡を信じてる


でもたまに信じきれなくなって

そんな時は歌を歌うよ

また会える奇跡を祈って

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