第23話 圭吾、家出する
帰宅して眠りについて、数分後、スマートフォンが激しく震えた。
いや、スマートフォンの機能自体はいつも通りだから、俺の方が着信画面を見て震えていたのかもしれない。
神谷プロデューサーからの、着信。昨日の今日で、行くわけなくない?!なのに着信は途切れては再開、途切れては再開…俺は恐ろしすぎて、スマートフォンを柔らかいタオルで包んで、あまり音がならないようにして“封印”を施す。
そしてもう一度ベットに潜り込んで布団をかぶった。しかし、微かに、スマートフォンの振動音が聞こえてきて、なかなか眠ることができない。
朝、目が覚めたら、蓮への返信をどうするかという重大案件に集中したかったのに、着信履歴を見て俺はそうもいかないかもしれない、と考えた。
着信は神谷プロデューサーに始まり、阿部マネージャー、キーボードの永瀬、ドラム・藤崎からも次々着信が入ったのだ。
全員、信用できないメンツである。
だって全員、俺を簡単に売り渡すってことが実証されている!全員神谷プロデューサーに言われて電話してきたに違いない。絶対に折り返したくない。
しかし、こんな時、俺を売り渡さないであろう蓮…には相談ができない。それどころかブロックされてる可能性があるし連絡そのものが取れない。て、いうかさ、昨日もきっと神谷さんから蓮にも連絡が行ったはずなのに、蓮は俺に連絡をくれなかった。
俺はまた落ち込んだ。もう嫌だ。こういう時は寝るしかない。すると、部屋のドアをとんとんとノックする音が聞こえた。
「圭吾~。」
やってきたのは五つ上の兄だった。
「さっき、阿部さん、って人から電話あったよ?マネージャーって言ってたけど、本当?女の人だった。」
兄は何の仕事をしているのか、いやしているのかさえ謎だが、平日夜のゴールデンタイムなのに部屋着で家にいる。兄の姿を見て、お父さんお母さんいい年した息子が二人ともこんなんでごめんなさい…心の中で謝罪した。
「え、と…本当。たぶん。」
「ああ~。じゃあ、折り返しして。本当か分からなかったから、ここにはいない、って言っちゃったから。」
「マジで?!兄ちゃん神掛かってる!!!」
俺はそういうと、バックに数日分の着替えを詰めて「しばらく帰らない」といって家を飛び出した。
実家もばれているんだ。あのままだと、実家の番号も売り飛ばされてしまうかもしれない。とりあえず家族に迷惑はかけられないから家を飛び出したものの、行く当てがないことに気づく。
俺は神谷プロデューサーを説得しうる人を頭に思い描いた。
やっぱり、あの人しかいない。
俺はまたあの場所へ向かった。そう、「落日のディア」。俺の女神がきっといる。そう信じて。
開店直後の「落日のディア」はまだ人がまばら。人気キャバ嬢は基本同伴出勤で、まだ来ていないのかも知れない。俺のテーブルには神谷がいつも指名する静香と、ヘルプの女の子が二人もついてきた。そんなに、神谷の奴、太客なんだろうか?
「お願いします。俺と一緒に、神谷さんを説得して貰えませんか?歳が違いすぎるし、方向性が違うっていうか…。」
「圭吾くん、私のこと何だと思ってんの?」
「え?…女神?」
「ぷはぁっ!圭吾くん!なになに、そんなに神谷さんとデビューしたくなかったの?!先に言っておいてくれたら良かったのに!」
静香はゲラゲラと笑った。笑い事じゃないんだ…笑い事じゃない。俺は真剣だった。
「でもさー、圭吾くんには悪いけど無理だよ。私、女神じゃない、ただのキャバ嬢だよ。仕事のことに口出せる訳ないじゃん!」
「いや、それを、忌憚のない、一般的な意見て感じで言ってもらって…。」
「それに、デビューって本気?圭吾くんはともかく、あの人自身がって、私も信じられないなぁ?酔っ払ってて、何かの間違いなんじゃ?」
「俺もそう思いたかったんだけど、昨日、着信とメッセージが沢山来て、デモ音源まで来てて…。」
「やばい、本気だったの?!」
静香はまた笑った。今度は涙まで流している。
「でも、本当に神谷さんは圭吾くんに惚れてるから。あんまり無碍にするのも可哀想かなって、思ってて…。」
「そこを何とか、お願いします!」
俺は平身低頭、静香に頭を下げた。静香はまた半笑いで言った。
「でもそれやると、私、神谷さんていう太客を失う事になるじゃない?私にメリット無くない?」
「う…。」
確かに。俺は答えに詰まった。すると、静香は笑いすぎて出た涙を拭きながら俺に提案してきた。
「じゃあさ、ここに蓮くんを呼んでくれたら圭吾くんに味方してあげる!」
「ええ?!」
それが出来たら、ここには来ていない。それなのに静香たちキャバ嬢はこの日一番盛り上がった。口々に、蓮くんに会いたい、といっている。いや、俺が一番会いたがってて、会えてないのに?!
「蓮は無理…だけど…。」
「だけど?」
「イケメンならいいですか?」
俺はまた、ある人を思い浮かべた。でもまさか、来てくれないよね?でも、ひょっとして、そんな軽い気持ちで連絡した。
すると、その人、YBIのマコトは、キャバクラの入っているビルの前まで、俺を迎えに来た。静香たち三人は迎えに来たマコトを見てキャーキャー騒いでいる。静香たちはマコトに店に寄って行けと営業トークをしていたが、マコトはけんもほろろに断って、俺の腕を掴んでさっさと歩き出す。
大きな通りに出ると、黒の大きなバンに俺を押し込んだ。
後ろの席に俺を座らせて、マコトは隣にピッタリと身体を詰めて座った。
「俺、キャバクラとか入ってくの撮られたら大変なキャラだから。圭吾くん、こんなとこに呼び出さないでよ。」
「あっ、ごめん…。」
「呼んだのが圭吾くんじゃなかったら無視してたよ。」
マコトはにっこり微笑んだ。何だか今日は距離が近い気がする。
「何かあったの?またこんなに泥酔して。仕方ないから、家まで送ってあげる。家どこ?」
マコトは呆れ気味に俺に尋ねた。俺も自分に呆れてる。
「家はね、今帰るところがなくて。」
「はあ?」
マコトは更に呆れている。
「ちょうど、家出てきて…どこか適当なビジネスホテルとかに下ろして貰えたら、助かります。」
俺がそういうと、マコトは運転手に行き先を指示してから、俺の顔を覗き込んだ。
「家出少年の圭吾くん。そういう子がさあ、SNSで知り合ったおじさんに誘われてのこのこ付いてくと、どうなるか知ってる?」
「え…?」
「食べられちゃうよ?」
マコトは俺の頬をつんと突いて優しく笑った。
「いや、俺男だし。」
「この業界じゃ、そんなこと通らない。知らないの?」
マコトは大笑いした。そんなに笑わなくたっていいのに…俺はますます落ち込んだ。
「何で家出してるの?まさか、蓮に追い出されたとか?」
「え?なんで蓮?違うよ、実家を出てきて…。」
「実家?!」
「い、いろいろあって…。」
俺は今までのいきさつをマコトに説明した。嫌いなプロデューサーと一緒にデビューすることになりそうなこと、その誘いから逃げてること。でも実家も突き止められて、あせって取り敢えず出てきたこと。味方がいなくて困って、キャバ嬢に説得してもらおうとしたこと…。話しながら情けなさ過ぎて、涙が出てきた。
涙をマコトに拭われてくすくすと笑われた。
「いや、想像以上。面白すぎる!」
マコトはそう言って俺に覆い被さってキスをした。嫌がる暇もない、すごいスピードで。しかも結構、濃厚なやつをされた。最後にちゅっと音を立てて唇は離れていった。
呆然とする俺を見てマコトは満足そうに笑った。
「うん。いいね、うるうるした感じになってるよ。」
マコトは動揺している俺の肩を抱いて引き寄せると、ピースサインをしながらスマホを構えた。
「3、2、1、はい!」
マコトは写真を撮って俺に見せてきた。そしてそのまま、SNSにログインすると、これも止める暇もなく、あっという間に投稿してしまった。投稿には、RELAYの圭吾くんと、とタグがついている。
そんな、俺のタグで検索して来る人なんているんだろうかと不思議に思った。
まもなく、俺はちょっと高そうなホテルの車寄せに下ろされた。
「圭吾くん、俺が紳士でよかったね。感謝してよ?本当に。」
別れ際もまたキスされた。俺が赤くなると、マコトはまた満足そうに笑った。
「SNSちゃんとチェックして!」
そう言って、マコトは帰っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます