第10話 都合のいいおとこ(9話「好き」は非公開)

 一晩中、抱き合って眠って、朝は機嫌が良かったと思う。


 コーヒーを淹れてもらって、一緒に飲んだ。昨日買った、お菓子を朝食代わりに食べたりして、口の周り、お菓子ついてるよ、ってキスされたり。

 今泉の解散ライブの話辺りから雲行きが怪しくなっていった気がする。


「今泉のバンドの、解散ライブのチケット、今泉に頼んだら買えるの?」

「圭吾なら、”関係者”で入って良いよ。」

「それ、因幡さんも入れる?」

「因幡?」

「うん。行きたいんだって。チケット、欲しいって…」

今泉は、コーヒーカップをかちゃん、と置いた。俺はちょっと、びくっとなった。

「それで?」

「えーと、だから、見に行きたい。」

「因幡と、見にくるってこと?」

「え?」

「俺にチケット頼んで、俺のライブを因幡と見にくるってこと?」

今泉は明らかに不機嫌そうに言った。

「女の子だから、一人じゃ行けないんだって。」

「何だそれ、意味わかんねぇ。」

「俺も、一人だと、ちょっと不安だし。」

 今までライブハウスなんか行ったことがない。リア充たちの集まりに行くのは勇気がいる。だから一人が心細い因幡気持ちは、俺には分かったけど、今泉には理解されなかったようだ。

 今泉は俺を睨みつけた。

「やだ。」

「そ、そっか…。」

 ライブハウスなんて、リア充の集まりに俺を呼ぶのは嫌なのかもしれない。俺はそう思うとちょっと悲しかった。今泉はリア充イケメンだけど、一緒に漫画を読んだりゲームをしたり、偏見はないやつなんだと思っていたのに。

 

 帰り道は一人だった。

 今泉の不機嫌スイッチを押してしまったらしい俺は回復方法が分からず、途方に暮れながら帰った。家についたくらいのタイミングで「ライブが終わって、俺と帰るならいいよ。」というメッセージが来ているのに気がついいた。

 メッセージをなんと返したらいいか分からず、その日は眠ってしまった。


 今泉は俺に二人分のチケットを手渡した。金曜日のライブの後、一緒に今泉の家に帰ること、と言うのが条件らしい。

 サイクロンは、最寄駅の繁華街近くにある、老舗のライブハウス。地下に降りていってドアを開けると、すごい熱気。解散ライブは大盛況だった。

「今泉は中学から有名だったみたいだよ?うちの学校の子達も多いけど、中学の子達なのかなあ〜、知らない子もいっぱい。」

 因幡は俺に耳打ちした。俺はこんなに、人を集められるなんて、と始まる前から感動していた。

 ライブは何組かの合同で、今泉のバンドはトリ。セットリストには五曲書いてあった。今泉たちのバンドが出てくると大歓声。みんな、目当ては今泉なんだろうか。ステージ上の今泉はいつもにも増してかっこよかった。普通のTシャツにジーンズだけど、なんでだろう。眩し過ぎる。

 五曲中、三曲がカバーで二曲がオリジナル。修学旅行のカラオケで歌ってた曲も入っていた。今泉は曲の初め、低音を少しハスキーな声で歌う。後半に入るとガラリと印象が変わって、ミックスボイスを使った盛り上がりと共にサビの高音のシャウトに胸がドキドキした。最後の曲はオリジナル曲。今泉は歌詞に”抱きたい”って入れたと言っていたのに、実際にそんな言葉は入っていなかった。俺が言って欲しかった、”すき”は沢山入っていたけど。

 ステージ上で歌う今泉と目が合った気がした。気がしただけで、気のせいかもしれない。あんなライトを浴びて、暗い客席が見えるとは思えない。でも、目が合ったのが、気のせいじゃなかったら良いのに。今泉に好きって言われたい、歌詞の上だけでもいいから。俺は今泉から目を離さなかった。


 しかし目が合ったと思ったのは俺だけじゃなかったみたいで、ライブハウスにはきゃあーと悲鳴が上がった。全曲終わると、歓声は地鳴りのようになった。


「オリジナル曲も良かった!今泉って、プロとか目指してるのかなあ?すごいよね!」

 因幡も興奮している。

 プロかぁ、凄いな…。今泉は俺に一緒にやろうとか言ってたけど、絶対無理だ…。今泉が遠過ぎる。

   

 ライブが終わって外に出ると、スマホが鳴った。今泉からだ。ちょうど、電話に出ると、場所を確認しながら今泉も外に出てきた。

「今泉?!」

 因幡に呼ばれて、今泉はにこりともしなかった。

「駅まで送るから。」

 今泉はそう言って、すぐ歩き出す。

 周りには話しかけたそうにしている女子が複数いたが、ほぼ無視して今泉は歩き出した。

 駅に着くと、二人で因幡を見送った。

「ねえなんで二人?」

 因幡はやや、苦笑いしていたが、手を振って別れた。


「圭吾、先に帰ってて。」

今泉はそう言って家の鍵を俺に手渡した。

「え、でも…!」

「場所わかるでしょ?まってて。すぐ帰るから。」

今泉は言うだけ言って、来た道を戻っていった。俺は掌の鍵を見つめた。


 俺も来た道を歩いて戻った。ライブハウスの周りにはもう人はまばら。少し待っていると、今泉が荷物を持って出て来た。


「圭吾!」

 他のメンバーに軽く挨拶をして、今泉は俺の所にやって来た。

「一緒に帰ろって、約束だったから。」

  俺が言うと、今泉は笑顔になった。


 一緒にコンビニによってまた、お菓子なんかを買い込む。荷物を持っている今泉が買い物袋まで持ったので、俺が持つと言うと今泉は袋の片方だけ持ってと言った。

 袋を介して手を繋いでるみたいで、ちょっと楽しい。

 家に着いたら、また、そういう雰囲気になった。俺は、今泉の家に行くと思っていたから、また予め用意をしていて…。

 今泉もライブ終わりで昂っていたのかもしれない。俺たちは夢中で抱き合った。


「圭吾の髪、切り過ぎた…。」

「そう?母さんには褒められたんだけど。」

 情事の後、ベットに寝転がって、今泉は俺の髪をいじっていた。少し長い、俺の髪を掻き上げて顔を覗き込まれる。そういえば、切った後も今泉は俺の髪を見て失敗した、と言っていたっけ。

「まあ、ある意味成功…でも、ある意味失敗…圭吾に変な虫が寄ってくる…。」

「虫?!」

 何の虫?聞こうと思ったのだが、また今泉の方に先に質問されてしまった。

「また、伸びたら切らせて?今度は失敗しないから。」

 俺は今泉に微笑まれて頷いた。俺は今泉に微笑まれたらノーと言えない病も患ったようだ。付き合ってもないのに抱かれちゃうし、都合のいいオトコ、まっしぐら…。

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