特定の言葉に反対のルビがつく呪い

寿甘

どうしても○○が言えない

 私には、とても恐ろしい呪いがかかっている。


 始まりは、私のちょっとした気まぐれだった。


「助けてくれぇ~!」


 女だてらに冒険者をしている私は、ゴブリン退治から帰る途中、森の中で助けを求める声に立ち止まった。声の主を探して辺りを見回すと、一本の木のうろから小さなピエロが上半身を出してもがいている。


「挟まって抜けられないんだ、引っ張ってくれよ」


 あからさまに怪しい。どう考えても邪精か悪魔の一種だ。なのに私は思わずピエロの両手を握って引っ張り出してしまった。特に理由はない。助けを求めていたので気まぐれに助けただけだ。


 だけど、これが失敗だった。


「ありがとう、お礼に素敵な魔法をかけてあげよう」


 そう言うが早いか、ピエロの両手から紫色の煙が噴き出し、私を包み込む。


「なにこれ!?」


 驚いて煙を振り払うと、ピエロの姿は消えてなくなっていた。特に身体の異常も感じなかったので、不思議な出来事だったなと思いつつそのまま帰った。


 その時にとんでもない呪いをかけられていたということに気付いたのは、それからしばらく経ってからだ。




「おはようラウニ、今日も可愛いね!」


「うるさい、近寄るなバカ」


 ギルドで私にちょっかいをかけてくる男が現れた。その名はクラッド。こいつは剣の腕こそ一流だが、軽薄でいつも女に声をかけている。私の嫌い好きなタイプの人間だ。


 ああ、また呪いが発動した。本当に厄介な呪い。


「またまたー、そんなこと言って本当はボクのことが大好きなくせに」


「そんなわけないでしょ、大っ嫌い大好きよ!」


 おわかりいただけただろうか。あのクソピエロが私にかけた呪いは、この言葉だけ何故か反対のルビがつくというものだ。しかもどういう仕組みか、口で言っているのに周りの人間には『ルビがついている』という認識で伝わっている。つまり私が口から出している元の言葉も聞こえた上で、反対の言葉が上乗せされているのが分かるという謎の状態だ。そしてそのことを疑問に思う人もいない。


「あらあら、今日も朝からお熱いわねぇ」


 受付のお姉さんが嬉しそうに手を自分の頬に当てている。最悪だ。私は必死に本心を伝えようとしているのに、周りからは『意地を張って嘘をついているけど本心が駄々洩れ』という風にしか見えない。そしてクラッドは調子に乗って私にルビの方の言葉を言わせようとしてくるのだ。


「だから、本当に嫌い好きなんだってば!」


 私がこんな奴を好きになるわけないでしょ! くっ、なんでこっちにはルビが付かないのよムカつく!


 こうなったら意地でもルビの付かない嫌い好きを言ってみせるんだから!


嫌い好き嫌い好き嫌い好き嫌い好き嫌い好き!」


「あはは、そんなに必死に言わなくてもちゃんと伝わっているよ、ラウニ!」


 くっ……やればやるほど逆効果だ……。


「はいはい、ごちそうさま。今日は特別な依頼があるのよ、なんと国王陛下直々の依頼! なんでも北の山で眠っていた火炎竜が目覚めたらしいの。それを討伐して欲しいって。いきなり襲ってきて麓の村が全滅したそうよ」


 火炎竜って……ヤバいやつじゃない! こんな小国のギルドにそんなのと戦える冒険者なんて……二人しかいない。


「それならボクとラウニの出番だね。安心して、君のことは僕が命に代えても守ってみせるから」


「うるさい、さっさと行くわよ!」


 不愉快だけど、コイツがいないと火炎竜なんかとてもじゃないけど倒せない。私達は二人で北の山に行くのだった。




『ふん、地を這う虫けらがこのドライゴンに立ち向かおうとは』


 なにその名前、真ん中の「イ」いらなくない?


 変な名前でもドライゴンは強かった。たちまち私達は体中怪我と火傷だらけになって息を荒げる。相手も体中に切り傷を負って苦しそうな息を吐く。私達二人とコイツでちょうど互角といったところだろうか。「死」という言葉が頭をよぎるが、ここでやられたらこの国を誰が守るのか……などと殊勝なことを考えるよりも先にあのふざけたピエロへの恨み言が出てきた。


 冒険者になったからには、戦って死ぬことがあってもしょうがない。だけど、好きでもない男に言い寄られて永遠に本心が伝わらないままなんて悲しすぎる。


――それは、本当に君の本心かい?


「えっ?」


 急にピエロの声が聞こえた。思わず顔を上げる。


『愚か者め、隙を見せたな!』


 しまった! クソピエロに気を取られた隙をついて、ドライゴンの口から吐き出された巨大な火球が目の前に迫る。これは避けられない!


「ラウニ!」


 そこに、クラッドが割り込んできた。私をかばって火球の直撃を受けとめ、力なく倒れ伏す。


「クラッド!」


 すぐに駆け寄ると、クラッドは息も絶え絶えになりながら、笑顔を見せた。


「良かった、間に合ったね」


「何言ってるのよ、このバカ!」


 私のせいだ。強敵との戦闘中に別のことに気を取られていたから、致命的なミスを犯した。それなのに……。


「本当にあんたって、どうしてそうやっていつもいつも私のことを守ろうとするのよ、出会った時からずっと。あんたなんか大嫌い大好きって言ってるのに」


「そりゃあ、ボクはラウニのことが大好きだからね」


 なによそれ。


『カカカ、無駄なことをしたものだな。攻撃の瞬間にワシを斬っていれば倒せたかも知れんというのに。男は倒れ、女は泣いて戦えない。これで終わりだ!』


 泣いて……?


 そういえば、さっきから私の頬を何かが伝って落ちる感覚がある。目の前のバカ男が、やけにぼやけて見える。


――さあ、君は本当にあの言葉が言えないのかな? 本心から言ってみてごらん。


 ピエロの声が、脳内に響く。


 私は、その場に立ち上がり、ドライゴンを睨みつけた。


『やる気になったか、だがもう遅い!』


 再び巨大な火球を吐き出す。だけど私はその場から微動だにせず、心を決めて口を開いた。


「弱いものを襲うことしかできないクズのくせに、調子に乗ってんじゃないわよ。私は、あんたなんか『大っ嫌い』よ!」


 次の瞬間、私の身体から紫色の煙が噴き出して辺りを包む。ドライゴンが放った火球はジュッと音を立ててかき消された。


『なんだこの神気は!? まさか貴様、神の祝福を受けた戦士だったのか……グアアアア!』


 紫色の煙がドライゴンに集まると、その巨大な体が崩れていった。


「やったね、ラウニ!」


 気が付くと、火傷一つないクラッドが私の肩に手を置いて笑顔を向けていた。そういえば私も身体の痛みが消えている。さっきの煙が傷を癒してくれたんだ。


 そして、私にとって何よりも衝撃だったのは『あの言葉』が言えた事実だった。


「クラッド……大っ嫌い大好きよ」


 私の言葉に、クラッドは満面の笑みを浮かべて抱きしめてくるのだった。

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特定の言葉に反対のルビがつく呪い 寿甘 @aderans

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