十三.絶望と充足(2/2)

「ぴぎゃっ!」



 ダイビンググローブをはめた俺の拳が、エレミヤの顔面にズブッとのめり込んだ。その衝撃で腕が緩み、子供の身体がずり落ちそうになる。

 俺はこの機を逃さずエレミヤから子供を奪い返すと、海に向かって全力で放り投げた。



「キルステン!! この子を頼む!!」



 小さな身体が夕空に舞い、くるくると落下する。

 あわや海面に衝突しようとしたところで、青色と黒褐色の蛇の胴体が男の子を柔らかく受け止めた。



(よしっ! 成功した!)



 男の子を抱いて超高速で泳ぎ去っていくキルステンを見て、俺の胸に安堵と喜びが広がる。そして、当然ながら余韻に浸る暇など無かった。



「この鈍磨な陸生生物があっ!」



 怒り狂ったエレミヤが、鼻からイカ墨を垂らしながら俺の身体を強く押し倒した。



「がっ……」


「このままくびり殺してやる!」



 俺の腕よりも太いイカの腕が、ギリギリと首を締め上げる。全身が押さえ付けられているため引き剥がすこともできず、みるみるうちに意識が白い霧に覆われていく。

 しかし、この絶望的な状況にあって、俺は不思議と穏やかな充足を感じていた。



(俺は、キルステンを信じていたんだな)



 少年の日のあの出会いが欺瞞ぎまんに満ちたものだったと知ってもなお、キルステンに対する俺の想いは揺らがなかった。そしてキルステンは、俺が託した信頼を文字通りしっかりと受け止めてくれたのだ。


 言うまでもなく、この数ヶ月で培った俺たちの信頼関係は、あくまで仕事上のものでしかない。残念ながら、結婚という夢は叶わなかった。

 でも、それでも。



(ああ……良かった……)



 酸素の供給が絶たれ、耳鳴りが大きくなる。

 そして、俺は――

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