さん。

 .





 だから、


【……すまない、今日―――行けなくなった】


 電話越しから聞こえて来る彼の声。

 私へ申し訳なさそうに謝る彼。

 待ち合わせまであと10分を切った時間。


「そうですか」

【本当にすまない……。この埋め合わせはかなら……】

「必要ないです」

【……】

「私のことは気にしないで下さい。お仕事頑張って下さいね?」

【……あぁ】

「それじゃあ、また」


 ピッ、と自分から電話を切る。

 相手から切った後の“ツー、ツー”なんて機械音、聞きたくない。

 特に今日は……。


「大丈夫。だって、お仕事だもの」


 社会人なら、仕事でドタキャンになるなんて当たり前じゃないけど、よくあることだ。


「大丈夫、大丈夫……」


 自分の両腕で自分の身体を抱き締める。

 今日は彼を見付けたら、名前を呼んで思いっ切り抱き付いて……。

 あの逞しくて優しい腕で抱き締めてもらうつもりだった。

 でも、今日は無理だから。

 私が、私を抱き締めるよ。


.

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