SF短編集

仲沢喜祐

アセンション

 僕は宇宙を漂っていた。正確には僕と定義付けられた意識が宇宙を漂っていた。


 久しぶりに自分を思い出した。

 

 いつからこんな状態だったのだろう。

 確か、僕は地球出身だったような…。僕は記憶を巡らせた。というより、全宇宙の情報が記録されたアカシックレコードから地球のデータを読み込んだ。


 2020年代

 量子力学、超弦理論、ホログラフィー原理…。様々な学術的根拠や科学的理論によって、この宇宙は自分を軸に周波数で構成されていることが明らかになった。

 時空や次元、人間の意識の正体が明らかになり、人々の価値観は大きく変わった。神という概念が揺らぎ、宗教、科学、哲学、倫理が徐々に融合していった。そんな世界で人類は自由や平等、平和といった普遍的価値観を再考し、真の「人間らしさ」を求めた。


 2030年代

 科学技術革新によって病はなくなった。

 新時代の治療法は薬や手術のみに頼るのではなく、人間本来の生命力と治癒力を音と水を用いて活性化するものだった。従来の病に加えて、精神病や原因不明の病、新しい病気にも対応できるようになった。この治療はどんな状態の患者でも治療を受けられ、後遺症や再発がないことも特徴だ。

 新たな医療制度の確立により、社会制度の改革が進んだ。


 2040年代

 世界規模の協調的な経済政策の実施によって貧困が無くなった。

 所得に応じた社会保障、AIの導入、ベーシックインカムの実施、基軸電子通貨の全世界同時流通。世界各国の政府機関や民間組織、NGOなどが互いに手を取り合い、尊重し合い、真剣な対話を通して一つ一つの政策を確実に実施していった。

 当然何度も失敗した。しかし、立ち止まることなく世界のためにと多くの人間が力を尽くした。国家を超えた活動が世界中で展開されていくなかで、各国政府は互いの連携を重視するようになった。その関係性こそが大きな国益であるという共通認識も生まれた。

 環境、政治、差別、あらゆる社会問題の解決が加速していった。

 そして、いつのまにか世界から戦争が無くなり、平和が訪れていた。


 2050年代

 政府はとうとう地球外生命体の存在を公表した。

 といってももうすでに世間では、宇宙人が実在するであろうと認識されていた。未確認飛行物体の動画やチャネラーの発信、地球外生命体に関する情報が溢れかえっていた。政府もわざと情報統制をしなかったふしがある。

 宇宙標準の文化、宇宙人たちが地球文明の成り立ちに関与していたこと、宇宙の標準的な考え方など様々な情報が公開された。ここでも人類の価値観の転換が生まれたが、数日すればみな受け入れていた。

 情報公開から次第に世界情勢が安定していき、58年に地球連合政府は地球外生命体とのオープン・コンタクトを果たした。


 2060年代

 地球の文明は宇宙標準のものへと発展していく。宇宙標準の文明はまさに人類が長年夢見た理想郷だった。


 ・労働や法律のような義務や規則が存在しない

 ・自然と調和した高度なテクノロジーの普及

 ・宇宙の真理の浸透

 ・安定的な社会の持続

 これが宇宙文明の主な特徴である。

 地球人は不老不死の選択ができるようになる。地球は好きなときに好きなことが好きなだけできる自由度の高い惑星になった。

 

 星間交流も可能になり、異星人とテクノロジーの往来が激しくなった。人型やタコ型、流体型、プラズマ型など宇宙人の種類は千差万別だった。宇宙人と居住を共にするうちに地球人アイデンティティが生まれ、時代と共に薄れていった。


 この宇宙交流が花開いた2060年代に僕は生まれた。


「いいかい、宇宙は一つの振動から生まれたんだ。一つの振動というのは『自分は何者か知りたい』という疑問なんだ。振動は次元を創り出し、各次元に生命を創った」


「だからみんな個性があると同時に、その存在に差はなく平等なんだよ」


「『死』という概念は元の振動数に戻ることだからね」


 これが学校教育の基本であり、一般常識の基礎となる宇宙真理だった。


 15歳になった僕は不老不死を選択。せっかく地球に生まれたので、やりたいことをやりたいときにやりたいだけやった。


 2900年代

 そろそろこの宇宙に飽きてきたなという頃、宇宙全体の縮小が始まった。

 宇宙が現状維持から次の宇宙を作るためのプロセスに移行したのである。次元の各階層が縮みはじめ、境界がなくなり始めていた。次元の消滅により、高次元へと体が引っ張られていく。これが次元上昇アセンションである。


 高次元にいくほど、次元崩壊が進むほど「個」の感覚が消え、「他」と融合していく。自分の体が消えることに恐怖はあったが、「他」となじんでくると不思議な安心感に包まれた。温かく包み込まれるような、まるで母親にタオルケットで抱かれている赤子ような感覚だった。


 次第に自分と他者、生命と無機物、過去・現在・未来の境界が完全に消失した。宇宙にあるのは虚空のみとなった。


 そんな場所で僕は自分を再認識した。

 どれくらいたったのであろう。といってももう時間という観念は存在しない。


 僕の意識は何も存在しない、すべてが凝縮した空間を見回した。

 気楽なような、寂しいような、嬉しいような、侘しいような、楽しいような、不安なような、愉快なような、不快なような感覚がいっぺんにおそってきた。

 あらゆる感情に揉まれながら、僕の意識が再び生まれた意味を考えるようになった。


 宇宙誕生プロセスのバグ?


 全てと融和する躰――。


 調和しきれなかった?


 広がり続ける意識――。


 他にも存在しているのか?


 完結しない自問自答――。

 

 ……………………。


 あれ?

 そもそも僕って何なんだ?

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