第27話 警察から呼び出しきたんだが?

どこから話が広まったのか、授業間の休み時間や昼休みにはよそのクラスから樹里を一目見ようと考える者が多く訪れた。


と言っても、直接話しかけるわけではなく、教室の出入り口や廊下側の窓からこっそり姿を見るだけである。


まるで動物園のパンダになった気がして、樹里はげんなりしてしまった。



「はぁ……誰よ、よそのクラスまで言いふらしたの……まあ聞くまでもないけど……」


下校途中、樹里からじろりと視線を向けられた葉月と昌の目が泳ぐ。樹里は内心「やっぱりか」と毒づいた。


「あはは……ごめんごめん。つい嬉しくってさ」


「まあいいけど……」


はぁ、と小さく息を吐いた樹里は、ポケットからスマホを取り出し時間を確認した。


「どうする? どこか寄って帰る?」


隣を歩く咲良が「いいね」と答え、葉月と昌も「さんせーい」と手を挙げた。


「じゃあ駅前の『Mag』でも行く? 何か新しいメニュー出たって」


Magは全国に店舗を展開しているハンバーガーチェーンだ。


「おっけー。ちょうどスマホ充電したかったし」


「葉月と昌は?」


「あたしらもおっけー!」


寄り道先も決まり、きゃいきゃいと姦しくしながら四人が歩道を歩いてゆく。と、そのとき――


スマホの着信音らしきメロディーが流れ始めた。全員が一斉にポケットへ手を突っ込みスマホを取り出す。


「あ。私だ……って、誰これ?」


樹里がスマホの画面を凝視しながら眉根を寄せる。表示されているのはまったく知らない電話番号。しかも固定電話の番号だ。


「レディーアンの編集部、とか?」


咲良の言葉に樹里が「そうかな?」と首を傾げる。不安になりつつも、樹里は通話ボタンをタップした。


「……もしもし?」


『もしもし。私、白河南警察署の香取と申します。こちら、佐々本樹里さんのお電話でよろしかったでしょうか?』


まさかの警察からの電話。樹里の全身に緊張が走った。いや、警察のお世話になることなんて何もしていないのだが?


「は、はい。佐々本樹里は私ですが……いったい何でしょうか?」


樹里は恐る恐る尋ねた。


『えーと、今こちらで神木陽菜さんを保護しているのですが』


ごおっと突風が吹き抜け、樹里の長くしなやかな髪が激しく暴れた。


「……は?」



――ややパニックになる樹里を咲良が落ち着かせ、とりあえず全員で白河南警察署へと向かった。


受付で事情を説明し、陽菜が保護されているという部屋へと案内してもらう。


「陽菜!」


簡素な部屋のなか、陽菜は椅子にちょこんと腰かけて座っていた。そばには、制服を着た四十代くらいの男性警察官と、おそらく二十代前半の女性警察官が控えている。


「佐々本さんですか? 私、お電話した香取です」


女性警察官がにこやかな笑顔で話しかけてきた。


「あ、はい。あの、これはいったい……? 電話では詳しいことは話せないと聞いたんですが……」


ちらりと見やった陽菜の顔は、どことなく不機嫌そうに見える。


「ええと、実はですね。神木さんがちょっと騒動を起こしてしまいまして……保護者の方にもお電話したんですが、仕事中でつながらず……神木さんが身元引受人に佐々本さんの名を挙げたのでお電話したんです」


「騒動……? 陽菜が何かしたんですか……?」


「はい。一時間半ほど前に、二丁目にある『ジャンク屋書店』で、高校生の女の子とトラブルになりまして……」


「トラブル……?」


「トラブルというか、神木さんから一方的に暴力を振るったとのことです」


樹里の顔が驚愕に染まる。背後に控える咲良や葉月たちも同様に驚き顔を見あわせた。


「な……何かの間違いじゃないんですか? 陽菜がそんなことするなんて……」


「いえ、それについてはご本人も認めています。通報した店長もそう証言していますし……」


樹里がよろよろと陽菜のもとへ歩みを寄せる。


「ひ、陽菜……ほんとに、ほんとにそんなことしたの……?」


かすかに震える声で陽菜に話しかけるが、ふいッと顔を背けてしまった。それは、都合が悪いときや図星をつかれたときに陽菜がよくとる行動だった。


「ただ、暴力を振るったことは認めているんですが、なぜそうしたのか理由をまったく説明してくれないんです」


やや困り顔で説明する女性警察官の言葉を聞き、樹里はなおさら困惑した。


「ねぇ、陽菜……どうしてそんなことしたの……?」


「……」


「陽菜、どうして……?」


「…………」


陽菜は何も言わない。ただ黙って明後日の方向を凝視し続けた。


「黙ってちゃ分からないよ、陽菜!」


堪らず樹里が叫ぶ。血相を変えた樹里の様子に、咲良たちが慌てて「樹里落ち着け!」となだめる。


と、陽菜がゆっくりと樹里たちのほうへ顔を向けた。そして、言葉少なめにこう口にした。


「バカにされたからです」


「……え?」


陽菜はそっと目を伏せると、再度口を開いた。


「バカにされて頭にきたんです」

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