第24話 夏といえばこれだよね
「海、ですか?」
パソコンのキーボードを叩きながら陽奈が聞き返した。
『そうそう。やっぱ夏っていえば海だよねーって話になってさ。陽奈も一緒に行かないかなって』
スピーカーモードにしたスマホから、樹里の元気な声が流れる。
「うーん……海ですか……」
『海、嫌い?』
「眺めるのは好きですが……海水浴とかしたことないんで」
『あー、なるほどー。海楽しいよー? コムボートの上でぷかぷか浮いてるだけでも楽しいし。一緒に行こうよ〜』
エンターキーをパチンと叩いた陽奈は「ふぅ」と小さく息を吐くと、スマホのスピーカーモードを解除し耳へあてた。
「まあ、わかりました。でも、海までどうやって行くんですか?」
『やったー! えーと移動手段だけど、咲良の知り合いが車出してくれるみたい』
「そうなんですね」
『うん! 十時くらいに相生駅に集合しよかなと思ってるんだけど大丈夫そう?』
「大丈夫です」
『じゃあ、明日の十時にね! 着いたら電話かLIMEしてね!』
「わかりました」
電話を切った陽奈は椅子から立ち上がると、のろのろとクローゼットの前に移動した。
そう言えば、私スクール水着しか持ってないけどいいのかな? もしかしてめちゃくちゃ浮いちゃうとか。
樹里や咲良さんたちは絶対に華やかな水着を用意しているはずだ。そのなかにスクール水着で混ざるのか私?
にわかに焦り始めた陽奈は、再びスマホを手に取り樹里へLIMEでメッセージを打ち始めた。
陽奈『樹里。私、スクール水着しか持ってないけど問題ないですか?』
画面をそのまま見続けていると、すぐに既読のマークがついた。
樹里『問題ないよー! 小学生くらいの子なら、スクール水着で遊んでる子もたくさんいるし!』
陽奈『ならよかったです。じゃあまた明日』
やり取りを終えた陽奈はほっと息を吐くと、クローゼットの衣装ケースを漁り、去年使っていたスクール水着を取り出した。
五年生になってから体育の授業にはほぼ出なくなった。そのため水着も新調していない。
サイズは大丈夫かな……? 身長も体重もそれほど変わってないし、多分問題ないと思うけど。
若干不安になった陽奈はおもむろに服を脱ぐと、取り出したばかりのスクール水着に足を通した。結果、驚くほどジャストフィットだった。
……これって、何も成長してないってこと? それはそれで複雑な気分だ。そっと胸元に手をやった陽奈は一つ大きくため息をつくと、のろのろと水着を脱いで着替え始めた。
──翌日。
待ちあわせの駅に着き改札を出ると、壁にもたれかかってスマホを眺めている樹里を発見した。
「樹里」
「あ、陽奈! おはよー」
「待っててくれたんですか?」
「うん。ここで待ってたらすぐに合流できると思って」
陽奈と手を繋いだ樹里が「じゃあ行こっか」と手を引く。すでにほかのみんなは着いているらしい。
中央出口から外に出てロータリーのほうへ歩いていく。客待ちをしているタクシーに挟まれるような形で、一台の大きな黒いワンボックスカーが停まっていた。
車の外には、黒髪の女の人に派手な金髪と茶髪のギャルが二人立っている。咲良と葉月、晶だ。
「あ、樹里たち来たー!」
葉月がウェーブのかかった金髪を揺らしながら手を振る。樹里と陽奈も軽く手を振り応えた。
「いやー、今日も暑いわー。こんだけ暑いと海も人多いかも」
咲良たちのもとへ歩み寄った樹里が、胸元をパタパタとしながら空を見上げる。
「だな。まあ車のなかは涼しいし快適だぞ」
「あ、そういや咲良。車運転してくれる知り合いの人は?」
樹里が疑問を口にしたのと同時に、車の運転席が開きなかから男性が降りてきた。
「お、ベストタイミング。こちら、今日運転手してくれる山里君。よろしくね」
咲良の紹介を受けて男性がぺこりと頭をさげる。
「や、山里です。よろしくお願い……しま……す」
言葉が尻すぼみになり山里が固まった。と思ったら、恐ろしいものでも見たように顔が青ざめ口をぱくぱくとし始めた。
「し、し、師匠!?」
陽奈の姿を視界に捉えた山里の口から、裏返ったような声が発せられた。
「や、山里先生……何してるんですか……?」
一方の陽奈も固まっていた。まさか、学校の教師とこんなところで顔をあわせるなど思ってもいないので当然である。
「ど、どうして師匠がここに……?」
「それを聞きたいのはむしろ私のほうなんですが」
二人のやり取りを見ていた樹里たちも一様に困惑していた。咲良の知り合いと陽奈が顔見知りなのは間違いないようだが、関係性がよくわからない。
「ち、ちょいストップ。あの、いったん話を整理したいんだけど」
樹里の言葉に、咲良がいたずらっぽい笑みを浮かべる。
「あー……やっぱ陽奈ちゃんは知ってるよな。えーと、こちらの山里君は私立聖蘭学院の英語教師なんだよ」
咲良の説明に樹里たちが「はぁ!?」と声をあげる。
「や、何で咲良が聖蘭の教師と知り合いなん?」
葉月が目をくるくるとさせながら疑問を口にした。
「やー、ちょい前に本屋でさ。一冊しかなかった本を私に譲ってくれてね。そのうちお礼するよってことで連絡先交換したわけよ」
「お礼も何もアッシーにしてんじゃん」
横から口を挟む晶に、咲良がニヤッとした笑みを向ける。
「何言ってんだ。現役JKと海行けんだぞ? ギャルの水着姿も見放題じゃん。こんな素晴らしいお礼ないだろ? なあ、山里君?」
「や、その……あはは……そうですね」
頰をやや赤らめながら言葉を紡ぐ山里。誰の目にも、咲良に骨抜きにされているのは明らかだった。
「ま、まあそれはわかったけど、師匠って何?」
成り行きを黙って見ていた樹里が口を開く。
「あ、えーと。私英語の教師ではあるんですが、神木さんのほうが遥かに英語力高いので、個人レッスンしてもらっているんです」
「えー! 陽奈ちゃん凄い! そんなこともしてたんだ!」
葉月が感嘆する隣では晶も「すげー!」を連発している。
「あ、あの……それで師匠と皆さんはいったいどういう……?」
山里が陽奈と樹里たちの顔を交互に見やる。
「友達です」
「うん友達」
「友達ー」
「友達だね」
全員が口々に友達と口にしたことに、山里はにわかに驚いた。何せ、陽奈は学校でもクラスメイトとほとんど口をきかないのだ。まさか、学校外でこのような交友関係を築いているとは思いもよらなかった。
「そ、そうなんですね……いや、驚きました。師匠にこんな交友関係があるとは……」
「……私としては先生と咲良さんが知り合いだったことのほうが驚きなんですけど?」
陽奈がジトッとした目を山里に向ける。そして気づいた。
「もしかして……この前のレッスンで言ってた気になる人って──」
「ああああっと! し、師匠! それはコレです!」
胸の前で腕を交差させ、首を激しく振る山里に樹里たちが訝しげな目を向ける。
一方、陽奈は心のなかで「ええ……」と引いていた。いや、咲良さん女子高生よ? 未成年者よ? しかも教師なのにいいの?
まあ、咲良さんの態度を見る限り完全に先生の片想いっぽいけど……。何というか……うん、キモい。
精神的にどっと疲れた陽奈が大きくため息をつく。
「まあ、ここで話し続けるのもアレだし、とりあえず出発しようぜ。暑いし」
「そ、そうですね!」
咲良の提案にすぐさま返事した山里がそそくさと運転席へと乗り込む。樹里たちも苦笑いを浮かべながらあとに続いた。
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