やがてラスボスのサーガ - 史上最狂のラスボスの少年時代に転生した男。恨まれたくないので殺す予定の連中を原作無視して生かすと誓う!
はやしはかせ
第一部 やがてラスボスになる男、幼少期をかきまわす
第1話 殺さないと誓う
「終わった……」
国語事典並みに分厚い小説を膝の上に置き、俺は強烈な背伸びをした。
「ついに終わったか……、俺もよく読み切ったぜ……」
美しき勇者アレックスの冒険を描いたファンタジー小説、アレックス・サーガがついに完結した。
全十巻。連載開始から実に十五年。
破壊の限りを尽くし、意思を持たぬ怪物にまで成り下がった狂王ジャンと、彼が唯一殺し損ねたアレックスとの激しい戦いは、アレックスの勝利で終わった。
それでも人々に笑顔はない。
狂王ジャンによって世界は荒んでしまった。
木々は枯れ、食物は失せ、ジャンの力を封じるために使った禁忌の魔法のせいで空は一日中、黒い雲で覆われている。
死に絶えた大地を前にして、ジャンを倒すために協力していた各国の王たちは良くあるセリフで一致団結する。
「俺たちの戦いはこれからだ」
世界を再生させるためにはやはりアレックスが必要だと考えた王たちであったが、その姿は消えていた。
勇者の重圧から解放され、自由人になったアレックスが最初にした行動は、宿敵ジャンを弔うことだった。
狂王とよばれた男の生まれ故郷ベルペインに、彼が終生大事に持っていたペンダントを捧げるため、アレックスはただ一人、荒野を走る。
ここで物語は終わる。
「長かった……、でも面白かった……」
最終巻を読み終えた俺にあるのは達成感より、さみしさだ。
どんなときでもくじけず前を向く、王道の主人公アレックス。
実を言うと俺の二次元の初恋相手こそアレックスなのだ。
そもそもアニメ版を見てから小説を読むようになったのだが、偶然目にした黒髪の美少女アレックスに俺は一撃でやられた。
ポニーテール可愛い。声も可愛い。強くて可愛い。実は隠れ巨乳でそれもまた可愛い。戦闘じゃ無茶苦茶強いのに、いざ恋愛になると恐ろしいほどの鈍さを見せつける、そのベタさも可愛い。
作品内では王様に貴族、美形の賢者と、様々なイケメンから求愛されたが、結局アレックスは誰と付き合うことなく原作は終わってしまった。
誰の精神も消耗させない素晴らしい終わりではないか。
そして、人の道から墜ちていくだけの、最強で最狂なラスボス、ジャン・グラックスもなんだかんだ俺は好きだった。
ここまで強くなってどうやって倒すんだと、この先の展開に不安を感じたこともあったが、強くなりすぎて理性を失い、半狂乱のまま火口に落ちて死ぬというのも、最狂の悪役にふさわしい最後ではなかろうか。
ああ、もうこいつらに会えない。
10年以上俺の脳内で輝いていた連中とはこれでお別れになる。
奴らのこれからを、俺は知ることができない。
原作も終わったことだし、ラストシーズンのアニメ放送が待たれるが、それまでは心にぽっかり穴が開いたこの感覚は続くだろう。
なら最初から読み直そうか。
そんなことを考えている内に俺は眠気に襲われていた。
――――――――――
肩が痛い。
強めに叩かれている。
起きろと誰かの声がする。
「殿下、ここで眠ると風邪をひきますぞ」
「え?」
違う場所にいると気づいた。
汚い部屋だ。
埃まみれで、呼吸するたびに喉がイガイガしてくる。
膝の上には本がある。
昨日まで読んでいたアレックス・サーガじゃない。
どっかの国の歴史書だ。
「ここは、どこだ?」
あちこち見回しても本棚でいっぱい。
「おかしな物言いを……。いつもの書庫でございますよ。とうとうここで一夜を過ごしてしまいましたな」
呆れながら俺の体を起こす老人。
「さあ早く出ましょう。ここは寝泊まりするには環境が悪すぎです」
「あ、ああ……」
とりあえず言われたままに外を出る。
見慣れた景色と違う。
家も、道も、空も、飛び交う言葉も、あちこち書かれた文字も。
何もかも違う。
通り過ぎる人がみんな俺を睨んでくる。
「ジャンだ……」
「朝から嫌なモノ見ちまった」
「別の道を行こう」
いきなり嫌われている。
それに今、ジャンって言ったよな?
「まさか……」
「どういたしました、殿下?」
「いや、なんでもない」
ジャン。
あの、ジャン?
まさか、俺は転生したのか?
あの、最狂の破壊者に。
置かれた状況をはっきりさせるため、先を行く老人に確認してみた。
「父上の新しい奥方はいつ来る?」
その言葉に老人は激しく動揺した。
キョロキョロと周囲を見回し、人がいないか確認して誰もいないとわかるや、うろたえながら俺に詰め寄る。
「どこでその話を聞いたのです?」
そりゃ、アレックス・サーガからだよ。とは言えないので、それっぽいことを言ってみる。
「そういう話は聞きたくなくても勝手に届いて来ちゃうんだよ」
「なるほど。人の噂は本当に早い……」
納得したのか、老人はまた歩き出す。
「奥方は三日後に城内に入られ、式はその四日後に行われます。いずれ殿下にも正式なご連絡があるでしょう」
「それはないだろ。あの父上が俺を招き入れるとは思えない」
もう一度それっぽいことを言って笑う俺。
いや参ったね。
どうやら俺は狂王ジャンに転生したらしい。
――――――――――
ジャン・グラックス。
アレックス・サーガのラスボスだ。
最初は英雄と呼ばれ、途中から覇王と呼ばれ、最後は狂王になる男。
彼の目的は、この世界を良くしようとか、自分好みにしようとか、悪がはびこる世界にしようとか、そんな生半可なもんじゃない。
この世界から人を消し去る。
これこそがジャン・グラックスの最終目標だった。
「真の平和とは人類が一人もいないことを意味する」
彼はそう言ってすべてを破壊しようとしたし、実際、世界を半殺しにした。
俺が転生したのはそういう男だ。
鏡に映った姿を見るにまだ幼い。
幼年期といって良い時期だ。
本当に瞳が赤い。
文章で書けばそれだけだが、実際に見てみると確かにおぞましく見える。
血が煮えたぎるような赤い瞳のせいで、ジャンは忌み子として、生まれてすぐ幽閉された。
グラックス家が統治するベルペインにおいて「赤い瞳」は不吉の象徴とされ、大昔にこの世界を支配していたとされる悪魔の化身とまで言われる。
父は生まれ出た我が子の目を見た途端、おびえ、怒り、ジャンを城下の外れの監視塔に閉じ込めた。
ひとりぼっちになったジャンは悪魔の呪いをもつ自分自身を激しく嫌悪しながら、孤独に暮らした。
成長するにつれ伸びてきた髪は老人のような白髪。
これもまたこの国には不吉を意味するものであり、父親はあまりに醜いジャンを完全に見限ってしまう。
この時点で野垂れ死んでもおかしくなかったジャンを救ったのは、ベルペインの元騎士団長アッシュと、幽閉先のすぐそばにあったグラックス家の書庫だった。
アッシュには生きていくための術を学び、書庫に転がっていた膨大な書籍からは魔術師としての知識と技術を学び、次第にジャンは覚醒していく。
激しい憎悪を胸に秘めながら。
自分を追い出した父への憎しみ。
世界一醜い兄と嘲る弟たちへの憎しみ。
この王子は災いをもたらす忌み子だと、石を投げてくる民への憎しみ。
やがて狂王と呼ばれ、支配でもなく革命でもなく、破壊に固執する男の転落人生は、幼少期の頃から始まっていたのである……。
というわけで、何度も言うけど、俺はそんな男に転生した。
やばいぞ。
よりにもよってジャンなんて。
アレックスの仲間が良かった。
もしそうなら、万が一、アレックスの彼氏になれる可能性もあったはずなのに、ジャンなんて不可能じゃないか。
アレックスに殺されて終わるんだぞ、こいつの人生は。
――――――――――
「殿下、そういうわけでしばらくの外出はお控えください。国王の結婚式が始まる以上、警護が厳しくなります。そんなときにふらふら外に出たら何を言われるか」
釘を差してくる老人こそ、たったひとりの味方、アッシュである。
「わかった。言われたとおりにするよ」
「おおっ? その素直な物言いはどうされました? 頭でも打ちましたか?」
激しく驚くじいや。日頃のジャンの態度がよくわかる反応だ。
「割と強めに打ったかもしれないな……」
見た目はジャンであっても、中身は全然違う男が中にいるんだぞ、とは口に出しても言えないが、アッシュは嬉しそうに笑い、すっかり機嫌を良くした。
「ではまた明日」
深くお辞儀をして、じいやは監視塔を出る。
俺がここから出られないように、外から鍵を閉める音が聞こえた。
「さて、参ったな……」
このまま行くと時間はかかるが、いずれ死ぬ。
アレックスが持つ聖剣で胸を貫かれ、火口の中に落ちて焼け失せるのだが、その時点で巨大なバケモノになっており、自分がジャンであったこともわからなくなったまま、はいさようなら、という死に様。
こんな最後、どうですか?
「いや冗談じゃない!」
それにだ。
「世界を壊すのもいやだ。俺は平和主義者だぞ」
好き放題に殺して、やりたい放題ぶっ壊すから、世界中がジャンを倒すためにひとつになる。
つまり世界中を炎上させた挙げ句、世界中から憎まれるのだ。
「冗談じゃない! 俺は平和主義者だっての!」
ならば話は簡単。
破壊しなきゃいい。
「そうだ。殺さなきゃいいんだ」
殺すジャンルートではなく、殺さない俺ルートを選ぶのだ。
そうすりゃ世界は半壊しなくて済むし、戦争もないし、俺もバケモノになって火口に落っこちなくて済むのだ。
「よし決めた。絶対殺さない!」
そしていつか目の前に現れるアレックスにこう言うのだ。
「ねえ僕、悪いラスボスじゃないよ、仲良くしない?」
これでいい。
決まった。
「となると……」
俺は必死でアレックス・サーガの物語を振り返ってみる。
ジャンの皆殺しルートは幼少期から始まる。
奴がグレたきっかけは産みの親から激しく憎まれたことだが、彼の人生における転落の始まりこそ、実を言うとあの男なのだ。
「アッシュ爺さん……」
そう。ジャンが一番最初に殺した人物こそ、あの、じいやなのだ……。
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