その婚約者、いらないのでしたらわたしがもらいます! ずたぼろ令息が天下無双の旦那様になりました
氷山 三真/ビーズログ文庫
プロローグ
最近は手っ取り早く、まぶたを開けるだけで異世界だったりするものだ。
(やったね、残念なリアリティーから、ハッピーファンタジーありがとうございます! これで
などと考えた痛々しい過去が、伯爵令嬢リリアンには一応ある。
「アラン様、本日は一体どんなご用件でしょうか?」
カフェの貴族用の個室に通された、一組の男女とひとりの女性。
「君って、どうしてそんなにお
(そりゃあ異世界転生したけど、やはり
前世の
朝、目覚めた時いきなり自覚したのだ。
高熱も後頭部の
とはいえ、混乱した時は子どもだったので、助かったといえば助かった。当時のリリアンは、
「ねーアランさまぁ、マリアこのベニエ
「そうだね。可愛いマリアのために、好きなだけ注文しようか?」
「やだー、アランさまぁだーい好き!」
それよりも、今はこの
その相手から本日急に話があると呼びつけられて、この状況。ここ数ヶ月、なかなか会えないとは思っていたのだ。――と、疑問を
「マリアは前からここに来たいと言っていたじゃないか。
「アランさまぁ、覚えててくれたんだ。マリア
ひたすら甘い、婚約者のそんな顔は初めて見る。自分には覚えのないもの。食欲が
そうして、アランが決定的なことを口にした。
「……で、話すのも
今、何を言ったのだろう?
「こんやくはき……ですか?」
子どものように、片言で返してしまう。自分の言葉なのに、どうも現実味がない。昨日までのリリアンならば、アランを見て
その彼が、今どこかへ行ってしまった。見つからない。
「そう、婚約を破棄する。もちろん、僕と君の婚約だ。分かるだろう?」
何を分かれというのだ。けれども、彼の言葉は続く。きっともう、リリアンなど眼中にないのだ。だから、立て続けに言えるのだろう。
「君が僕に
「アランさまぁ、かわいそう! マリアがいーっぱい
そう言って、見知らぬ女性がアランの頭を
「わあ、嬉しいな。マリアは可愛いのに、その上優しいなんて
「もう、アランさまぁってば! そんなことばかり言って、もうもうマリア困っちゃう、もう!」
分かりやすく甘える女性に
(はは……そうですか。そうですか)
リリアンは慣例に従い十六でデビューし、すぐにアランと出会い婚約した。同じ
しかも、なかなか派手な
「マリア、デビューしたばっかりなのに、アラン様に出会えるなんて……きっと運命だと思うの」
「僕もそう思うよ。マリアと僕は運命、きっと真実の愛だね」
限りなく
それに比べリリアンの髪はありふれた色で、
だから、マリアの方が可愛いと彼は思ってしまうのか。いや、そうではない。彼がそう思っても仕方がないと、
可愛くなれるように、自分はいつも気をつけていたつもりだった。好きな人にそう思って欲しいと、願っていた。実際可愛いと言ってくれて、その言葉を信じていたのだ。
けれども、本当は上辺だけだったらしい。それだから、欲しい言葉も
(……そうだよ。だってわたし、まだちゃんとプロポーズされてない)
好きだと言われて、好きだと伝えて、それで全部だと思っていた。デートもしたし、
(だけど、わたしの思い込みだったのかな)
デビューの会場で、
か》けてくれたのがアランだった。
王都の公園にいるという可愛い動物の話をしてくれて、リリアンは見てみたいと言った。
それがふたりの出会いだった。
リリアンのために飲み物を選んでくれたり、
けれども、それが今はこうなのだ。
「じゃ、じゃあ、マリアはアラン様のお
「ああ、マリアなら、絶対誰よりも可愛いお嫁さんになれるよ。今すぐ婚約して僕と結婚してくれないか、マリア・スコット
そう言って、アランが取り出したのは布張りの箱に入ったアクセサリーだった。この国では恋人や結婚相手に、お守りになる
アンはいつか自分も貰えるものだと思っていた。ずっと信じていたのだ。
「はい、喜んで」
けれども、現実は異なる。
目の前で瞳を
リリアンの両手は今も空っぽで、
カタッと、椅子の音を立てる。だけど、何も変わらない。引き止める声どころか、
彼らは立ち去るリリアンを見てはいなかった。気がつきもしない。婚約破棄するような相手だ。そもそもリリアンの名前すら呼ばなかった。
つまり、そういうことだったのだ。
リリアンはくたびれた会社員のように、背を丸め馬車にさっさと乗り込む。家に早く帰らなくては。両親にことの
(……わたしの一年は、何だったんだろう)
泣くのは
(……わたし、これが初めての恋だったのに。絶対上手くいくんだと思ってたのに……)
家に
アランとのことを両親に話さなければ。そう考えただけで心が重くなる。馬車での体勢が悪かったせいで背中も痛い。まずは部屋でゆっくり休もうと、リリアンは思う。心を落ち着かせる時間が必要だった。
リリアン付きの
誰かの手助けが
(本当……これ、ありがたいわ。時間になれば食事は
自分の部屋にある、ひとり
(座椅子も
リリアンの前世は、おひとり様な生活だった。彼氏? それは何処で売っていますか?
なんて、馬鹿なことを考えるぐらいに
《あふ》れていた。
(……デビューでアランに出会って……もう、彼以外全然考えなかったから……)
そこで、リリアンの恋物語は完結してしまった。もうゴールしたも同然で、ハッピーエンドしか見えていなかった。
(何か特別なことができたら、わたしは捨てられなかったのかな……折角前世の記憶もあったのに)
今から巻き返せるだろうかと思い、リリアンは自分なりに思案してみる。
けれども、貴族令嬢として生まれて、その生活に満足してしまっていた。特別な何かを目指そうなどと考えたこともない。
前世のリリアンの記憶をさらっても、特別な
かけたみたいに
そもそもリリアンの前世はただの社会人なだけで、専門知識が必要なスキルや資格持ちではない。勤め先で
運動神経は人並みで、一芸に
(……わたしの前世、
むしろ、令嬢としての嗜みである
(ドアマットヒロインのように虐げる両親はいないし、
特技だけでなく異世界転生のお約束も、ナイナイ
そんな、ないものばかり寄せ集めの
(どうしよう……やっぱりお父様とお母様に言わないとダメなんだよね……う、胸が痛い)
ジルが出してくれた焼き菓子を
ひとり娘のリリアンは、お
しかし、リリアンはつい先ほどまで婚約者がいるお嬢様だった。そこに、若い女性に
もしくは、マリアとリリアンを比べてくるに
(……あっちの方が可愛かったよね)
容姿や年齢で
貴族の婚約は、家同士の繫がりが
そういった場合、別れたあとが面倒なのだ。特に
前世で読んだ物語のヒロインは、いつだって苦労していたはず。ライバルが出てくるなんて定番中の定番で、誰もが想像するお約束だ。それなのに、両思いならば、そのまま結婚まで一直線でいけると楽観的だった。何故そう考えたのか。
答えは簡単。前世でもよく聞く話だ。自分だけはそうならないという、
しかもこちらの貴族の婚活は、前世の婚活より厳しい。毎年新たな令嬢が参戦する世界で、婚約に一度バツが付いた令嬢を誰が選んでくれるというのだ。本人が良しとしても、親がケチを付ける可能性が高い。
(だけど、ここでわたしが頑張らないと絶対にダメだ! お父様とお母様は、
前世を思い出したばかりの
そんなリリアンに対して、
前世の両親とは大違いだ。
(まあ、婚約破棄は貴族令嬢の嗜みみたいなものだと、前世のネット小説にあったし仕方がないよね)
そう、仕方がない。仕方がないこと。起きたことは、もう
リリアンは仕方ないと、
今後、素敵と感じた相手はまず
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