14 おっさん、バズッたのを知る


 翌日の朝である。


 月曜朝イチの定例会議を終えた英二は、食べ損ねた朝食代わりのカロリーメイトをかじりながら事務所のPCを操作した。


 ダンジョン観光業者のみが閲覧できるサイトを開き、ここ半年で起きたダンジョン関連の異変を検索する。


「やっぱり、か……」


 この半年、モンスターの異常な活動が頻繁に報告されている。

 その数は去年に比べると1.8倍、一昨年に比べると2.3倍にも増えている。

 どれもこれも「家畜スライムにへばりつかれた」とか「変な色のワームが見つかった」とか、その程度のことだ。死傷者が出ているわけでもないから、ダンジョン管理局や大手企業も本腰を入れて調査はしていないのだろう。


 だが、英二は違う。


 かつての冒険者としての勘、そしてこの十数年間のサラリーマンとしての勘が「何かおかしい」と訴えかけてくる。


 家畜スライムの活発化といい、昨日見たあの巨大なルージュスライムといい、違和感が拭えない。


 異変は確実に起きているのではないか?


 今はまだ、小さな異変ではあるが……。


「主任、おはようございます!」

「おはよう」


 ガイドの制服に身を包んだ椎原彩那が事務所に入ってきた。今日彼女は遅番で、この後二人で現場に出ることになっている。


「なあ椎原。おまえ、ダンジョンの下には潜ったことあるよな?」

「ええ、学生の時にサークル仲間と七層まで。社会人になってからは忙しくて行けてませんが」

「ふうん。たいしたもんだな」


 七層到達は、素人としてはなかなかだ。就活の時にガクチカ(学生時代に力を入れていたこと)として話せば感心されるくらいの実績ではある。彩那の大学のダンジョンサークルは真面目に活動していたようだ。


「じゃあ野良スライムと戦ったことあるよな? 地下2層のスライムがマジックアイテムをドロップするのって、あり得ると思うか?」

「絶対ないとまでは言えませんが、宝くじで一等を当てるくらい幸運なことですよね」

「だよな」


 昨日は英二も浮かれてしまった。娘のような歳の二人が幸運に恵まれて、そのことを祝福する「親心」のほうが大きかったのだ。


 だが、冷静になってみると、やはりおかしい。


 幸運すぎる。


「マジックアイテムを落とすのは、一般的には地下5層以下のモンスターだと言われています。だから考えられるのは、地下5層以下にいたスライムが、2層まであがってきたという可能性ですが……」

「ああ。俺もそう思う」

「しかし、そんなことがありえるでしょうか? ダンジョンは階層ごとにモンスターの棲み分けがされていて、秩序ある生態系が築かれています。もし10層より下に住む亜人族や竜族が表層階にやって来たら、大変なことになりますよ」


 低級モンスターがほとんどである10層までと違って、11層以下に棲むものは知能を持つものも多い。彼らは人間を狩りの対象、自分たちのテリトリーを侵す外敵と見なして積極的に攻撃してくる。


 ゴブリンやオーク、獣人、高位魔獣や幻獣、そしてドラゴン。


 彼らとの戦いはスライムとはまったく別物、明確な悪意を持った知的生物との戦いになるのだ。


 もし未衣や氷芽が、そんな戦いに巻き込まれたら――。


「…………」


 とはいえ、今はまだほんのわずかな予兆程度。


 今のうちに手を打って原因を突き止めれば、未然に防げる可能性は高い。


「とりあえず報告書まとめて、課長にあげておくか」

「先日もおっしゃってましたね。管理局に任せておけって言われて終わりの気もしますが」

「だろうな」


 それでも英二はテキストエディタを起ち上げ、文面を考え始めた。


「ダンジョンで異変といえば、昨日面白いニュースがあがってたんですよ」

「ニュース?」

「ええ。主任は『八王子のタイソン』ってご存じですか?」


 キーボードを叩いていた英二の手が止まる。


「……いや、知らないが」

「いわゆる迷惑系とか厄介系とか呼ばれている有名なダンジョン配信者ですよ。暴力に長けている輩で、管理局も手を焼いているらしいのですが」

「ふうん」


 あの程度で「暴力に長けている」という評価なのか。レンジャーの質全体が落ちてきているのかもしれない。もう現役を離れてだいぶ経つから、そのあたりの事情に英二は疎かった。


「その迷惑系を成敗する男が現われたって、ネットでちょっとした騒ぎになってるんです。正体不明の中年男性だって」

「……」


 またもや、英二の手が止まる。


「動画を見てもどうやって倒したかがわからなくて、本当に強いのか議論になってるんですって。主任がご覧になったら何かわかるかも」

「あー……」


 嫌な汗を背中にかいているのを自覚しながら、英二は言った。


「その動画、お前は見たのか?」

「いえ。私はネットニュースで見ただけで、動画までは」

「見ないほうがいいな。そんな、ネットの噂に流されてるようじゃ、一人前の社会人とは言えない」


 咳払いを繰り返しながら、英二は言った。


「おっしゃる通りですね、失礼しました」


 真面目な彩那は頷いてくれたが、内心冷や汗ものである。


 こっそりスマホで未衣のチャンネルを見てみると――登録者が1万人を越えている。昨日見た時は51人しかいなかったはずなのに、たった一夜で何が起きたというのか。


(これは、まずいな)


 ダンジョンの異変も気になるが、自分の身の回りでも大きな異変が起きようとしている。


 どうしたものか途方に暮れていると、デスクの電話が鳴った。

 内線だ。

 ディスプレイに表示されていたのは、課長室の番号である。


 受話器をとると、不機嫌そのものといった課長の声が聞こえてきた。


『藍川主任。ちょっと課長室まで』


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