【カクヨムコン9大賞受賞】『無刀』のおっさん、実はラスダン攻略済み

末松燈

第1部

01 かつての英雄

 今から30年前。


 藍川英二(あいかわえいじ)が、まだ小学生だったころだ。

 世界の七ヶ所に大深度地下構造物――いわゆる「ダンジョン」が出現した。


 そのうちの一つが、英二の住む東京都八王子市にも現れた。


 八王子ダンジョンは七つのうちでもっとも危険で、かつ未知の資源にあふれていると目された。ゆえに「ラストダンジョン」と呼ばれ、憧れと恐怖の的となった。


『低迷する日本に、ラストダンジョンによる恩恵を!』


 そう考えた大人たちは法律を整えた。関東に住む少年少女を訓練して、都立中学・高校の科目に「探索」というカリキュラムまで設定して、凶悪なモンスターが跋扈するダンジョンへと送り込んだ。


 何故、大人が行かないのか?


 ダンジョンには様々な結界が張られており、そのうちのひとつ「年齢制限結界(エイジリミッター)」によって、生後十八歳未満の人間しか足を踏み入れることができない。「銃火器制限結界(ファイアリミッター)」も存在するため、少年少女はRPGのように剣を手にしてダンジョンに挑むことになった。


 ダンジョンを支配するのは、最深部に棲むダンジョンマスター。


 そのラスボスを倒すため、英二は過酷な訓練を積んだ。


 幼なじみの来栖比呂(くるすひろ)、桧山舞衣(ひやままい)と三人でパーティーを組み、危険渦巻くダンジョンに青春のすべてを捧げたのだ。



 ラストダンジョン出現から、およそ10年。

 英二たちが高三の夏。

 ダンジョンに潜ることができる、最後の夏。


「さあ、いよいよだ」


 リーダーの比呂の言葉に、英二と舞衣は頷いた。


 3人はついに最下層、ダンジョンマスターが潜むという祭壇の目前にまで迫っていた。


「これで俺たち、英雄だな。日本を救った救世主サマってわけだ。これからの人生楽勝、イージーモードだぜっ!」


 緊張をまぎらわせるための軽口を叩く比呂に、舞衣が苦笑する。


「気が早いですね、比呂くんは。それはマスターを倒せたら、ですよ?」

「倒せるさ。ここまで辿り着けたのは俺たちだけなんだから。なあ、英二?」


 体各部のストレッチを入念に行いながら、英二は答える。


「さあ。英雄はわからないけど――楽しみだよ」

「楽しみ?」

「ダンジョンマスターって、どんな姿をしてるんだろうな。何をしゃべるんだろう。どんな性格なんだろう。どんな耐性をもっててどんな攻撃をしてくるのか、魔法なのか、物理なのか、それとも――考えただけでわくわくする」


 比呂と舞衣は顔を見合わせて笑った。


「出たよ、英二の『わくわくする』が」

「はい。これなら大丈夫そうですね」


 英二は首を傾げた。どうも、自分の感覚は他の冒険者たちとはズレている。


「よし、英二のおかげで気合い入った! 行くぞ!」


 比呂が剣を持って立ち上がる。

 舞衣も杖を持って後に続く。

 そして英二は――「無刀」である。


 英二の背後で、舞衣がそっと耳打ちした。


「あの、英二くん」

「なに?」

「もし、無事に地上に戻れたら、わたしに時間をくれませんか?」

「いいけど……なに?」

「い、いま聞かないでくださいよぅ。そのとき言いますのでっ!」


 薄暗いダンジョンでわかりづらいが、舞衣の頬は赤く染まってるように見えた。



 激闘の末――。


 英二たちはマスターを倒すことを成し遂げた。


 ……大きすぎる犠牲を払って。



 マスター討伐、八王子ダンジョンクリアから時は流れて20年。


 英二たちの活躍の甲斐あって、ダンジョンの危険度は大幅に減った。棲息するモンスターは弱体化し、トラップもおおよそが解除された。「年齢制限の結界」もなくなり、冒険者以外の人間にも広く開放されたのである。


 となれば、人間が考えることは決まっている。

 このダンジョンをビジネスに活用することだ。


 たとえば資源採掘。

 ダンジョンには貴重なレアメタルやレアアースが豊富に眠っており、現代のゴールドラッシュが起こった。長いこと低迷していた日本経済はダンジョンがもたらした莫大な恩恵で立ち直ることができた。


 もうひとつメリットをあげるならば、ダンジョンが観光地化したことだろう。


 全部で99層あるダンジョンの10層までは整備が進み、電気などの各種インフラが整えられ、ネット回線もつながる。第1層などは地下都市化が進み、ダンジョン開発や研究に携わる人間が住むようになった。


 八王子市には国内、そして世界じゅうから観光客が押し寄せた。

 昨今は配信者も多く見られるようになり「ダンジョン潜ってみた」動画は1億回以上再生されることもザラにある人気コンテンツとなった。


 ダンジョン関連の事業・管理企業で最大手なのが「日本ダンジョン株式会社」だ。

 世間では「ニチダン」などと略して呼ばれている。

 ニチダングループの規模は日本最大級であり、その傘下には多くの子会社や孫会社、さらにそれらの「下請け会社」が存在する。


 500以上はあると言われるニチダンの下請けのひとつ、主にダンジョン観光事業を請け負う「八王子ダンジョンホリデー」。

 その小さな会社に、20年前の英雄・藍川英二(37)の姿がある。


 かつての英雄的な偉業を、世間には隠して。


 ただの平凡なおっさんとして、社畜としての生活を細々と送っていたのだが――。

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