【カクヨムコン9大賞受賞】『無刀』のおっさん、実はラスダン攻略済み
末松燈
01 かつての英雄
今から20年前。
藍川英二(あいかわ・えいじ)が、まだ高校生だったころだ。
世界の7ヶ所に大深度地下構造物――いわゆる「ダンジョン」が出現した。
そのうちのひとつが、英二の住む東京都八王子市にも現われた。
八王子ダンジョンは7つのうちでもっとも難易度が高く、かつ未知の資源にあふれていると目されていた。ゆえに「ラストダンジョン」と呼ばれ、憧れと恐怖の的となった。
『低迷する日本に、ラストダンジョンによる恩恵を!』
そう考えた大人たちは、東京都に住む少年少女を訓練して、都立中学・高校の科目に「冒険」というカリキュラムまで設定して――多くのモンスターや魔族が跋扈するダンジョンへと送り込んだ。
何故か?
ダンジョンには様々な結界が張られており、そのうちのひとつ「年齢制限の結界」によって、生後18歳以下の人間しか足を踏み入れることができないのだ。
ダンジョンを支配するのは、最下層に棲むダンジョンマスター。
そのラスボスを倒すため、英二は過酷な訓練を積んだ。
幼なじみの来栖比呂(くるす・ひろ)、桧山舞衣(ひやま・まい)と3人でパーティーを組んで、危険が渦巻くダンジョンで中1から高3まで、青春のすべてを戦いと冒険に捧げたのだ。
◇
英二たちが初めてダンジョンに足を踏み入れてから、6年――。
高校3年の夏。
「さあ、いよいよだ」
リーダーの比呂の言葉に、英二と舞衣は頷いた。
3人はついに最下層、ダンジョンマスターが潜むという祭壇の目前にまで迫っていた。
「これで俺たち、英雄だな。日本を救った救世主サマってわけだ。これからの人生楽勝、イージーモードだぜっ!」
緊張をまぎらわせるための軽口を叩く比呂に、舞衣が苦笑する。
「気が早いですね、比呂くんは。それはマスターを倒せたら、ですよ?」
「倒せるさ。ここまで辿り着けたのは俺たちだけなんだから。なあ、英二?」
体各部のストレッチを入念に行いながら、英二は答える。
「さあ。英雄はわからないけど――楽しみだよ」
「楽しみ?」
「ダンジョンマスターって、どんな姿をしてるんだろうな。何をしゃべるんだろう。どんな性格なんだろう。どんな耐性をもっててどんな攻撃をしてくるのか、魔法なのか、物理なのか、それとも――考えただけでわくわくする」
比呂と舞衣は顔を見合わせて笑った。
「出たよ、英二の『わくわくする』が」
「はい。これなら大丈夫そうですね」
英二は首を傾げた。どうも、自分の感覚は他の冒険者たちとはズレている。
「よし、英二のおかげで気合い入った! 行くぞ!」
比呂が剣を持って立ち上がる。
舞衣も杖を持って後に続く。
そして英二は――「無刀」である。
英二の背後で、舞衣がそっと耳打ちした。
「あの、英二くん」
「なに?」
「もし、無事に地上に戻れたら、わたしに時間をくれませんか?」
「いいけど……なに?」
「い、いま聞かないでくださいよぅ。そのとき言いますのでっ!」
薄暗いダンジョンでわかりづらいが、舞衣の頬は赤く染まってるように見えた。
◇
激闘の末――。
英二たちはマスターを倒すことを成し遂げた。
……大きすぎる犠牲を払って。
◆
マスター討伐、八王子ダンジョンクリアから時は流れて20年。
英二たちの活躍の甲斐あって、ダンジョンの危険度は大幅に減った。棲息するモンスターは弱体化し、トラップもおおよそが解除された。18歳以下しか入窟できないという「年齢制限の結界」もなくなり、冒険者以外の人間にも広く開放されたのである。
となれば、人間が考えることは決まっている。
このダンジョンをビジネスに活用することだ。
たとえば資源採掘。
ダンジョンには貴重なレアメタルやレアアースが豊富に眠っており、現代のゴールドラッシュが起こった。長いこと低迷していた日本経済はダンジョンがもたらした莫大な恩恵で立ち直ることができた。
もうひとつメリットをあげるならば、ダンジョンが観光地化したことだろう。
全部で99層あるダンジョンの10層までは整備が進み、電気などの各種インフラが整えられ、ネット回線もつながる。入場料を払えば1層には誰でも入窟できるようになった。
八王子市には国内、そして世界じゅうから観光客が押し寄せた。
昨今は配信者も多く見られるようになり「ダンジョン潜ってみた」動画は1億回以上再生されることもザラにある人気コンテンツとなった。
ダンジョン関連の事業・管理企業で最大手なのが「日本ダンジョン株式会社」だ。
世間では「ニチダン」などと略して呼ばれている。
ニチダングループの規模は日本最大級であり、その傘下には多くの子会社や孫会社、さらにそれらの「下請け会社」が存在する。
500以上はあると言われるニチダンの下請けのひとつ、主にダンジョン観光事業を請け負う「八王子ダンジョンホリデー」。
その小さな会社に、20年前の英雄・藍川英二(38)の姿がある。
かつての英雄的な偉業を、世間には隠して。
ただの平凡なおっさんとして、社畜としての生活を細々と送っていたのだが――。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます