再会した初恋の幼馴染が実は女の子だった ~私も女の子なわけですが~
笹塔五郎
再会したら二人とも女の子だった件
幼い頃、一緒に遊んだ幼馴染のことを覚えている人は、どれくらいいるだろう。
少女――
彼の名前は『しまみやゆうき』。どういう字を書くか、それは分からない。
初めての出会いは公園で、彼は臆病な真幸のことを、身体を張って守ってくれたことを、よく覚えている。
その時抱いた感情は――幼いながらも、間違いなく恋であり、高校生になった今でもそれを一途に想い続けているのは、果たして『良いこと』なのだろうか。
「男なら、犬に吠えられたくらいで泣くなよな」
「……ごめん」
彼は真幸のことを、『男』だと思っていた。当時、確かに真幸は臆病な性格をどうにかしたくて、見た目だけは活発な男の子に近づけていた。
しかし、現実に見た目を変えただけで性格が変わることはなく、結果として彼に助けられることになる。
一方、『ゆうき』の方はあるいは、名前の通り『勇気』のある子で、活発な少年であった。
男だと勘違いされているのなら、むしろ好都合で、真幸は彼に『男らしく』なれるように手伝ってほしい、と願い出た。
その日から、二人で一緒に遊ぶようになった。
住んでいる地区が少し離れているため、通う小学校は違ったが、放課後や休みの日は約束をして、公園に集まった。
一緒にかけっこをしたり、相撲をしたり、とにかくやることはアクティブで、公園にいた知らない子とも、彼のおかげで遊べるようになり、真幸はいつの間にか『活発な子』になっていた。
けれど、子供の頃の別れは突然で、『ゆうき』は父の仕事の都合で、遠くに引っ越すことになったのだ。
その事実を聞いた時、真幸はせっかく男らしく強くなれたはずだったのに、泣いてしまった。
「泣くなよ、せっかく色々教えてやったのに」
そういう彼もまた、泣いていた。
いつかもう一度、この公園で再会しよう――そんな約束だけして、真幸は彼と離れ離れになった。
結局、真幸は『女』であることを伝えられず、いつも遊ぶ約束は別れ際に公園でしていたため、連絡先も知らなかった。
引っ越す前に聞いておけばよかった、とひたすらに後悔をしたものだ。
「……ま、いつまで引き摺ってんだって話だよねぇ」
そう呟きながら、真幸は放課後になって、公園のベンチに座っていた。
やや大人びた雰囲気をしていて、整った顔立ちをした真幸は、学校内でも美人として知られていた。褒められるのは悪い気はしないが、決して調子に乗るような真似はしない。
過去に何度か告白されたこともあったが、全て断っている。
――それくらい、真幸は『ゆうき』のことが好きだった。
けれど、子供の頃のそんな淡い恋心はもう、捨て去るべきなのかもしれない。
だって結局、彼は公園に一度だって姿を現さなかったし、きっともう戻ってくることもないのだ。
正直、向こうが覚えているとも限らない。
「そろそろ、帰ろっかな」
季節は秋。少しだけ肌寒くなり、真幸は今日を最後に公園に来るのをやめるつもりだった。
今日から新しい人生を始めよう――そう思って、ベンチから立ち上がり、真幸は一歩を踏み出す。
そこに、一人の少女がやってきた。
真幸より少しだけ身長が低く、長めの黒髪を後ろにまとめている。
可愛らしい顔立ちをしていて、真幸は思わず彼女の顔をまじまじと見つめてしまった。
一方、そんな真幸の視線に気付いた少女もまた、真幸の方を見返してくる。
少し少年っぽい帽子とコートを身に着けている姿はボーイッシュで、どこか見覚えがあった。
少女はそのまま、真幸が座っていたベンチに腰掛けると、ポケットから缶ジュースを取り出して、飲み始めた。誰かと待ち合わせをしているのか、そんな風に考えていると――
「さっきからこっち見てるけどさ、わたしの顔に何か付いてる?」
「あ、いや。別にそういうわけじゃなくて……」
「だったら、何?」
「う、うん。その、変なこと聞くみたいだけど……どこかで会ったこと、ある?」
何故か気になって、真幸は少女に尋ねた。
当然、少女は怪訝そうな表情を浮かべる。
「……さあ。わたしの記憶には、あなたみたいな美少女はいないよ」
「美少女って、それほどでもあるかもしれないけど」
「いや、謙遜しないのかよ。わたし、あなたみたいなタイプの友達はいないけど」
「そ、そうだよね。いや、何かごめん。待ち合わせの邪魔、したみたいで」
真幸は気まずくなり、平謝りしながら、そそくさとその場を去ろうとする。
「別にいいよ。待ち合わせなんてしてないし。あ、でもせっかく話かけてきたんだし、わたしからも一つ聞きたいんだけど」
「! な、なんでしょうか?」
「何で今更に敬語?」
「いや、どんな質問が来るのか、と警戒してしまいまして……」
「いきなり初対面の人間に『どこかで会ったことある?』って聞いてくる人間の態度じゃないでしょ。まあ、いいや。あなた、この辺りに住んでるの?」
「ん、まあ、そうね。そんなに近くはないけど」
「ふぅん……。じゃあさ、小学校って、向こう側の学区だった?」
「あー、うん。そっちの方。えっと、その質問の意味は……?」
少女の意図がよく分からず、真幸は思わず尋ねた。
「いや、実はわたし、昔にここで暮らしてたの」
「そうなんだ」
「で、引っ越す前に一緒に遊んだ子がいて」
「ほうほう」
「丁度、あなたの学区の方の小学校に通ってた子だから、名前知ってるかなって。男の子なんだけど」
「小学校ならある程度、名前は憶えているけど」
「じゃあ、『まさき』って子、知ってる?」
――知っている。何故ならば、その小学校に通っていた『まさき』は、一人しかいない。
いや、同い年ならば『まさき』は真幸しかいないが、少女がそうとは限らない。
まさか、と思いながら、真幸は少女に聞き返す。
「なに『まさき』?」
「『つきもとまさき』」
「えっと、失礼ながら……何歳?」
「高校一年だから、十五か十六かな? あなたもそれくらいだよね?」
「――うん、そう。というか今、高校一年で、その学区に通っていた『つきもとまさき』は一人しか知らない」
「! 知ってるの? その子、どこにいるか知らない? 実は引っ越す前に約束してたんだけど、連絡先を聞き忘れててさ」
「知ってる」
「ほんと!? 教えてよ!」
真幸は混乱していた。
目の前にいる少女が言っているのは、ほぼ間違いなく真幸のことだ。
『真幸』と書いて『まさき』と読むので、名前だけを言うと男の子っぽいと言われることがある。
実際、それで『ゆうき』は特に違和感なく受け入れてくれていたのだから。
真幸は視線を泳がせながら、少女に対し『真実』を確認する。
「あなたの名前、聞いていい?」
「?
「ブレイブと書いて勇気?」
「夕日の夕に、希望の希」
「女の子、だよね?」
失礼だと承知で、真幸は尋ねた。
夕希はきょとんとした表情をして、何かを察したように口を開く。
「そうだけど……ああ、この格好なら、前は結構『男の子』っぽいって言われててさ。あ、名前もあってね。まあ、その『まさき』っていう貧弱な男子に、『男』とは何かをわたしが教えることになって――って、あなたに言う話でもないか」
「いや……うん、えっと、ちょっと私の気持ちの整理ができてない」
「……は? どういうこと? というか、どうしてわたしの名前なんて聞くのさ。『まさき』がどこにいるか、教えてよ」
「……ここ」
「なんて?」
「えっと、私の名前だけど、『月本真幸』」
真幸がそう言うと、少女――夕希は眉をひそめた。
ベンチに座っていたのに立ち上がり、マジマジと真幸のことを見る。
「ん? え? ちょっともう一回」
「月本、真幸」
「あなたが?」
「そう」
「……へ、へえ。同姓同名なんて、珍しいこともあるね。でも、わたしが探しているのは男の子、だから」
「私も混乱してるけど、この気持ちを共有したいから、本当のこと言うね。私、ここで初めて出会った『ゆうき』って子に、男の子って嘘吐いてた。臆病な性格直したくて」
「……いや、それはわたしの幼い頃の――って、マジなの、これ?」
「うん、マジっぽい……」
お互いに顔を見合わせ、ただ呆然とする。――男の子だと思っていた真幸は、女の子だった。
それも、とても可愛らしい子だ。
真幸の初恋の相手で、ずっと待ち続けていた相手は女の子だった。運命的な再会をして、そして頭をハンマーで殴られたような衝撃を受ける。
一方、それは夕希も同じようで、
「……ちょ、ちょっと理解が、追いつかないというか……。え、じゃあ、『まさき』があなたってことは、わたしが一緒に遊んでたのが、あなたなの?」
「そうなっちゃうよね。その、久しぶり」
「……いや、そんなことある? え、真幸は男じゃないの!? 男の子の格好、してたじゃん!」
「形から入るタイプでして――って、それは夕希もそうじゃん」
「いや、私は子供の頃は結構、外で遊ぶの好きだったし。そういう格好の方が動きやすいからであって……。あ、これやっぱりマジな奴か……。いや、念のため確認しておきたんだけど、初めての出会いは?」
「犬に吠えられたビビりな私を、イケメンの少年である『ゆうき』が助けてくれた」
「……あ、わたしだ。あとイケメンな少年じゃなくて、普通の女の子」
「……」
「……」
そうして、お互いに向き合ったまま黙ってしまう。
先に口を開いたのは、夕希の方だった。
「とりあえず、分かった。久しぶり」
「うん、久しぶり」
「真幸も女の子、だよね?」
「まあ、この通りでして」
「……そっか。まあ、でも――うん。その、再会したらさ、言おうと思ってたことがあって」
「なに?」
「……いや、でもやっぱ、やめとこうかな」
「言ってよ。わたしも言おうと、思っていたことあるし」
ずっと好きだった、と真幸は言うつもりだった。
何故なら、女の子だと分かっても――真幸の気持ちは変わらない。
真幸は、夕希の事が好きなのだから。
だから、夕希の言葉が気になってしまう。彼女の言いたいこととは、何なのだろう。
「引かない?」
「聞いてみないと分からないけど、夕希の言葉なら引かないと思う」
「……じゃあ、信じて言うけど――わたし、あなたのこと好きだった。それで、再会したら……告白しようと思ってた」
(……だった、か)
過去形、つまりは、女の子同士なら話は別ってことだろう。
さすがに、同じ気持ちというわけには、いかないのかもしれない。
「うん、私もね、実は夕希のことが好きで。ここでずっと待っていたんだよ?」
「そう、なんだ。じゃあ……えっと、再会したら告白するつもりで、けど、お互い女の子、だったわけで」
「うん」
「真幸的にはそれ、あり?」
「……あり、とは?」
「いや、だからさ。わたし、ずっと真幸が好きで、誰かと付き合ったこととか、ないんだよね。でも、女の子だって分かっても、真幸のこと、好きだからさ」
「……それってつまり」
相思相愛、ということだろうか。
「夕希は、私のこと今も好きなの?」
「うん。好き、だよ」
「……じゃあ、私も正直な気持ちで答えるけど、私も夕希のことずっと好きで、誰とも付き合ったことない」
「え、相思相愛?」
「みたい」
呆気に取られた表情をした夕希は、けれどすぐに真面目な表情で、はっきりとした口調で言う。
「真幸、改めて言うけど、ずっと好きだったし、今の好きだから――わたしと付き合おう?」
「いいよ。私も夕希が好き」
「……ちょっとなんか『好き』って言葉ばっかりで恥ずかしくなってきた……」
「それは分かる。でも、お互いに気持ちが同じで良かった」
「真幸がまさか、こんな可愛い子になるとは思わなかったけど。というか、最初に『美少女』とか言ったのも今思うと恥ずかしいんだけど?」
「いいじゃない。美少女と付き合えるなんて。私も、夕希が美少女になっているとは思わなかったけど」
「うっ、そういう言い方やめろ!」
「あはは、ごめんて」
――そうして、再会した真幸と夕希は、お互いに気持ちを伝えあって付き合うことになった。
お互いに男の子だと思っていて、成長したら二人とも美少女になっていたなんて、誰が想像しただろうか。
でも、気持ちは一緒だから関係ない――運命的な再会は、こうして果たされたのだった。
再会した初恋の幼馴染が実は女の子だった ~私も女の子なわけですが~ 笹塔五郎 @sasacibe
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