第2話

 目覚ましのアラーム音とは明らかに違う音が、あんのスマホから鳴り響く。

 コールの着信音。

 寝不足の頭を不愉快なほどに打ち鳴らすそれを、杏は緩慢な動作でようやく止め、応答した。

 発信者は、杏が所属している劇団プロデューサーの金飯兼かないいけんだった。


「もしも……」

『戸田ちゃん、悪いけど急いで稽古場に来てくれる?』

「えっ?でも今日は初日で劇場の方じゃ」

『それどころじゃなくなったんだよ、清美きよみが……詳細は後で話すから、取り敢えず急いで来て!』


 金飯の電話は一方的に切れた。

 杏は暫くの間手にしたスマホをボーっと眺めていたが、やがてノロノロと出かける支度を始めた。


 戸田杏は、大学卒業後、内定していた就職先を辞退して、小劇団に入った。

 大学時代に演劇サークルに入っていたこともあるが、大きな理由は演劇サークルの先輩である江金清美の熱心な誘いだ。

 杏はサークル紹介の時の清美の演技に惚れ込み演劇サークルに所属した。その清美は一足先に劇団に入り、看板俳優として活躍していた。

 杏の両親は、杏が劇団に入ることに猛反対した。収入の安定した職業に就いて欲しいというのが、両親の願いだった。

 その両親をなんとか説得したのは、杏自らがきった期限だ。27歳までに演劇だけで生活ができるようにならなければ、俳優を諦める。

 その期限はもう、目前に迫っていた。

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