第46話 城暮らしも悪くない




  窓から射す朝日を目の奥に感じ、元世界騎士第一席、人類最強の英雄アレン・ノーシュは目を覚ました。


 未だぼんやりとする意識と身体に感じる重さは、久しぶりに英雄戦技ブレイブ・スキルを使った反動だろうか。


 いや、しかしヘルミスと戦ったのはで、そもそも昨日は怠くなかったなと微睡みながら思う。


 そんな折、アレンは微動だにしていないのに、掛け布団の中がもぞりと蠢いた。


 それで理解した。やはりこの重さは身体の怠さからくるものではないようだ。


 布団を持ち上げ、中を覗くと愛弟子であるレオハルトがアレンの身体に抱き着いていた。


「……むにゃ……アレン……いかないで……」


 涎を垂らして、気持ちよさそうに寝ている。


 首元が何だか湿っているなと思ったが、彼女の涎だったようだ。

 タンクトップにホットパンツという薄着のせいで、彼女の豊満な胸がアレンの腹部に押し付けられてぐにゃりと形を変えている。


「……そ、育ったな」


 誰にともなく呟きながらアレンは焦る。


 自分の下腹部に巻き付くレオハルトの柔らかな太ももの感触が非常に生々しい。


 レオハルトが起きる前に、何とか反応してしまった息子を鎮めなければ師匠としての威厳が終わる。


 鎮めるのは簡単だ。


 アレンが眠っているキングサイズベッドに紫紺の長剣が立てかけてある。その柄に触れるだけで良い。


「……いや、強く抱きしめすぎだろ」


 しかし今はそれも難しかった。


 ベッドの幅が広いせいで、端まで行くのは至難の業だ。


 あからさまに動くとレオハルトを起こしてしまう。

 起こさないよう慎重に動こうにもレオハルトにキツく抱きしめられ、生半可な力では微動だにしない。


「んぅ、むにゃ、むにゃ」


 そうこうしているうちにレオハルトの太ももがブツを直接挟み込むような体勢になってしまった。


(柔らか……じゃなくてヤバい! 今起きられたらマジで誤魔化しが効かない! というかアスモデウスは何してんの? これ気付いてるよね?)


 アスモデウスへの怒りに思考を割こうとしても、全身を包む柔らかさは消えない。


「アスモデウス……! 早く、早く俺の手を……」


「んぁ、ア、レン?」


 レオハルトの瞼がぴくりと震え、長いまつ毛に縁取られた瞳がかすかに開き始めた。 


 首筋には彼女の獣耳が当たり、くすぐったい。


(ヤバイ、早く!)


 未だ突き立ち続ける大砲(だとおもっている)を鎮めるため、目を見開いたアレンがベッドの端に手を伸ばす。


――愉快愉快。


 必死なアレンを嘲笑うように可愛らしい声が脳に直接響き渡る。


 同時に長剣が紫紺の髪の幼女になり、彼女がアレンの手をにぎにぎした後、ニンマリと笑ってから再び何事もなかったように長剣に戻った。


 その瞬間、焦燥を顔に惜しみなく出していたアレンの表情が酷く落ち着いたものに変わる。


「アレンー、おはよー」


 レオハルトはアスモデウスには気付かず、目を擦りながら欠伸を一つ。

 人の気も知らないで呑気なものだ。というか自分の容姿や身体に無頓着すぎる。


(もし俺じゃない別の男に添い寝なんてしたら確実に襲われるから。あ、でもその場合そいつ襲った瞬間殺されるな)


 ため息を飲み込みながら、対するアレンはいつものようにクールな表情で言葉を返した。


「ああ。おはよう、レオハルト」


 告げながら、下腹部から去った熱にただただ安堵する。

 続いて自身の身体に乗っかったままの弟子にジト目で小言を溢す。


「レオハルト」 


「……なんだー、アレンー」


 甘えるようにアレンの匂いを嗅ぐレオハルト。


「お前の部屋は隣だろう? また寝ぼけて俺のベッドに入ってしまったのか?」


「……また間違えちまった。わりぃなアレン」


「七日連続で間違える事ってあるのか?」


 ここは獣王国ユーグラシアの王都ビースロアにある王城内部。

 獣王レオンの好意で、二人は客室の二つを間借りし続けていた。


「まあいい。そろそろ起きるぞ。朝食の時間だ」


「おー」


 まだ眠そうなレオハルトの拘束を解き、アレンは一人ベッドを抜け出して大きく伸びをした。


 ついでに自らの主武装である雷殲剣と謳われる伝説のつるぎを睨みつけてやった。


 ここ最近レオハルトのおかげでアスモデウスは大分充電できただろう。


(まあ、その力を振るう機会はないかもしれないけど)


 ヘルミスを退け、元凶であるシェディムを討って数日。


 アレンとレオハルトはこの期間、何もせず出された食事を摂り、排泄をして風呂に入って眠るだけの日々を過ごしていた。

 ほぼ部屋からも出ない。


 完全なニートである。


 唯一仕事と言えるかどうかは微妙だが、シェディムのところに囚われていた魔族達を魔大陸に送り届けた事くらいか。まあそれもジオフリードに頼んで彼一人がやっただけだが。

 

 とにかくアレンは獣王国を救ったのだから、ぐうたらしていても誰にも注意される事はない。


 もはや一生レオンの世話になっても良いと思えてきた。


「――コンコン、入ってもいいかな? コンコン」


 そんな事を考えていたら、獣王本人がやってきた。


 扉の前で、ノックの音を言葉にしているレオンに若干ウザさを感じながらアレンは返事をする。


「どうぞ、レオン」


 グルグル眼鏡の獅子族の男が朗らかに笑いながら扉を開けた。


「やあやあ、爽やかな朝だね。朝食を一緒にどうだい?」


「いや、遠慮する。一人でこの部屋で食べる」


「人目を気にしているならさ、某が渡した古代遺具アーティファクトを使えばいいじゃないか」


「……」


 アレンはベッドサイドテーブルの上に置いてある宝石が埋め込まれた手鏡に視線を向けた。


「というか使用人達には君が生きている事をバラしても良いんじゃないか? 要は皇国にさえ知られなければ良いんじゃね? 某や某の息子と娘にはバレてるんだから今更じゃね?」

 

 顔を近付けてくるレオンのグルグル眼鏡を押しのけつつ、


「……可能な限り、俺の存在は知られたくない」


 獣王国では目立ちに目立ってしまったが、アレンの望みは悠々自適なニートライフ。


 無職最高。世界騎士に復帰とか絶対嫌。やりたくない。


「そう言っても助けを求められたら正体を現しちゃうのマジツンデレ」


「……黙れ」


「まあ言われた通り、獣王国を救ったのはアレン・ノーシュの弟子の傭兵ノワールという事にして、各国には周知しといたから。後はその【変幻の鏡】を使えば良い。初代獣王が王になる為の試練を乗り越えるために各地を旅した時に使った由緒ある宝でね。種族もランダム、顔もランダムに変化する変装に特化した古代遺具アーティファクトだ」


「……本当に感謝している、レオン」


 これで詰められても、何とか本人じゃありませんと証明できる起死回生の策が手に入った。


「君が正体を隠し通したい理由、某には思いつかないけど、何か深いわけがあるんだろうね。いつか話してくれる事を願っているよ」


 バチンとウインクしてくるレオンにアレンは頭が上がらない。

 全然、深いワケとかないんです。すみません。


「それとレオン。悪いんだが――」


「言わなくてもいいよ。好きなだけここで暮らせば良い。まだ皇国とは戦後交渉で難航している部分もあるしね。ほとぼりが冷めるまで、城に滞在してもらった方が某としても有り難い」


「……恩に着る」


 これで一年くらいはニート生活できるなとアレンは心中で笑った。王が今、好きなだけいていいって言ったし。アレンはその言葉をはっきりと耳にした。 


「たださ、各国の遣いの者が君に会わせて欲しいって取次を頼んでくるんだよ。黒曜の騎士の後継者、どの国も気になるみたいでね」


「……会う気はない」


「ふうん、じゃあ来客も皆拒否と。あ、そうだ、今ラヴィリア殿が来てるんだけど、彼女にも会わない?」


「……は?」


 いや、それを先に言えよ。


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