第2話 妖精姫は彼にもう一度会いたい



 妖精国の王女にして世界騎士第二席。


 ユーファリア・オベイロンは目撃してしまった。


 今から一年前、【黒曜の騎士】が自らの魔剣に話しかけている瞬間を。


 妖精国を攻めていた魔王直下の八魔将の一体を滅ぼし、平和を取り戻した妖精エルフ族の国で宴が催されていた頃。


 魔将に止めを刺した宴の主役、アレン・ノーシュの姿が見えない事に気付いたユーファリアは月下に探しに出かけた。

 大小様々、色とりどりの花々が生い茂る妖精の都は綺麗だが、恐ろしく危険な場所でもある。


 人を食べる植物や幻覚を見せる花等、妖精の国は妖精族以外には優しくないのだ。


 植物の声を聞けるユーファリアにとって、深い森の中にいる同僚を探す事は簡単だった。


 森の奥、月光に照らされ、苔むした手頃な岩に腰を落ち着けている【黒曜の騎士】の姿を見つけ、ほっとしたのも束の間。

 ユーファリアは聞いてしまった。


『寿命を……削っている……そういう……いずれ俺は死ぬ――』


 彼は自分が持つ剣と会話していた。


 【古代遺具アーティファクト】の中には持ち主を自ら選ぶ意思を持つ武具もある。だから会話していても何らおかしくはない。


 気になる内容は断片的にしか聞こえなかった。しかし不穏な言葉の端々から、ユーファリアは心臓が早鐘を打つのが分かった。

 当然アレンを問い詰めた。


『……どういう事』


『……何がだ』


『とぼけても無駄、全部話して』


 長く尖った耳をぴくぴく動かしながら、ユーファリアの左右で色が違う瞳に真っ直ぐ見つめられ、アレンはため息を吐いた。


『聞かれてしまったか』


 それから困ったように笑い、膝の上で剣の手入れをしながら続ける。


『この剣は以前討伐した吸血鬼ヴァンパイア族の八魔将から奪った物である事は知っているだろう?』


『ん。古代遺具アーティファクトの一つ。その中でも強力な七振りの武具【大罪兵装】』


 世界騎士ワールドナイト達は全員古代遺具アーティファクトを神聖皇国から貸し与えられている。


 今では数十の国に別れている人界大陸だが、古代の時代はエクシーガ帝国と呼ばれる大国が大陸を統一していた。

 今では考えられない程の文明レベルを誇ったらしい。その時代は魔族を奴隷として支配していたとも言われているが、真相は定かではない。


 そして古代遺具アーティファクトのほとんどが古代エクシーガ帝国で造られた兵器である。

 その中でも特に強力な力を宿す七振りの古代遺具。


 それがアレンの持つ魔剣だった。


『大罪兵装は古代遺具アーティファクトの中でも特に強力な分、使用する上で重い代償が必要なんだ』


『代償……』


 古代遺具は様々な制約のもと使用できる。


 ユーファリアは自らの腰に差してある木製の指揮棒を見つめた。

 幾本もの捻れた根が合わさり、荊や花が絡みついた短剣のようにも見える。


 彼女の専用武装、古代遺具【樹砲剣ミスティルテイン】は膨大な日光を必要とする。

 例外なく古代遺具アーティファクトは強力な分、様々な代償を使用者に要求してくるのだ。


『……さっき聞こえた。まさか寿命が代償……? ならもうその剣は――』


『使わない、そんな選択肢は存在しない。これがないと魔王は倒せないからな』


 静かに月を見上げながら、黒曜の騎士は口を開いた。


『ユーファ、皆には黙っててくれるな?』


『……やだ』


『……ユーファ』


『今までなんで教えてくれなかった?』


『教えたら、お前達は俺に余計な気を回すだろ。世界騎士第一席である俺は常に最前線に立たなければならないんだ』


『……アレンはもう、戦わないで』


『……こうなるから嫌だったんだ』


『ちゃんと聞いて、アレン。ユーファが魔王を倒してあげる。残りの八魔将も全部、ユーファ達が倒す。だからアレンはもう戦わないで』


『そんなわけにはいかない』


『約束する。今までアレンが何度もユーファを守ってくれたように、今度はユーファがアレンを守る。だから……だから生きて』


『……』


 潤んだ瞳を向け、祈るように手を重ねるユーファリアの姿にアレンは酷く気まずそうな顔をした。

 恐らく、約束しかねるからだろう。


 邪眼王ガイヴィスは強大だ。


 最強の英雄たるアレン抜きでは、恐らく勝てない。アレンも分かっている。自分が戦うしかない事を。


(だからもっともっと。ユーファが強くなれば……アレンがもうアスモデウスの力を借りなくて済むように……)


 人間族の生は短い。


 出会ってから数年で、ユーファリアの心は黒曜の騎士に占められた。

 ユーファリアはこれから何百年と生きる。

 

 その数百年生きる世界には、目の前の黒髪の青年はいない。

 アレンはその短い生をもっと短くして、この世界の為に使おうと考えている。


(アレンがこの世界の為に命を使うなら。ユーファはアレンの為に使う)


『約束。ユーファが魔王を倒してあげる。だからアスモデウスの力は……使わないで』


 青白い月が輝く妖精の国の深き森の中。


 妖精の王女が告げた約束に、黒曜の騎士は眉を下げて何と言ったのか。

 ユーファリアは思い出したくなかった。





 *   *   *




「――ファリア殿下、ユーファリア王女殿下」


 過去を思い出していると、ふと名を呼ばれている事に気付いた。

 

「何?」


 豪奢なケープに下は可愛らしいミニスカート。その上に純白のマントを羽織った幻想的な美しさを持つ妖精国の王女はツインテールを揺らしながら自らの塔――【妖精の塔】に設けた書庫で忙しなく調べ物をしていた。

 

 書庫とは言っても一般的なイメージとは大分乖離している。

 

 部屋の中央に大きな木が植えられており、更に周りに蛍のような点々とした光がいくつも宙を漂っている。


 整然と並べられた木製の本棚には蔦が巻き付いており、屋内とは思えない光景が広がっていた。


「……本当に【世界騎士ワールド・ナイト】をお辞めになるのですか?」


「どうかお考え直しを」


 散々泣いたのか、目元が赤く腫れているユーファリアは読んでいた本を閉じてから配下達に視線を向ける。


 腰に短剣を差し、背に弓を背負った狩人のような装いの妖精族二名が片膝をついて嘆願している。


 使用人兼護衛である妖精族の戦士達だ。


「……どうでもいい。これはもう決めた事」


 同胞たる存在にユーファリアはきっぱりと断りを告げ、まだ何か言おうとする二人にぞっとするほど冷たい双眸を向けて遮る。


「……そんな事より、命じた事は調べた?」


 獣人族の英雄レオハルトが意識を取り戻す数日前に既にユーファリアは目覚めていた。

 自分達が逃がされてからの事の顛末は全て聞き知っている。


「……はい」


「ん。じゃあ報告を」


「……は、はい。神聖皇国上層部――聖霊庁に問い合わせたところ、以前アレン様が捕まえた魔王軍八魔将の一人【反魂の魔将ゼロス】は現在、大監獄島ゲヘナに収監されているようです」


「……やっぱり」


 年中雪と氷に覆われた極寒の島ゲヘナ。

 そこに建造された牢獄は一国を揺るがす危険度の犯罪者ばかりが収容されている。


「……あの忌まわしき外法――死霊術の使い手の居場所を知っていかが為されるおつもりですか?」


「教えない。ただ、覚えておいて。今後ユーファは妖精国に戻らないし、英雄としての地位だけじゃない。王女としての立場も捨てる」


「……は?」


 ユーファリアの目的は単純だ。


 もう一度、【黒曜の騎士】に会いたい。


 そのたった一つの願いの為に、ユーファリアは地位も名誉も――いや、己の全てを捨てる覚悟である。


「それじゃ。ここまでご苦労だった」


 王女として臣下を労った後、ユーファリアは読んでいた伝記――これまでの黒曜の騎士の冒険が描かれた【黒騎士伝説】を抱えて椅子から立ちあがった。


「お、お待ちを、王女殿下! まだ傷も癒えていないのにどこへ行かれるのですか!?」


「ほ、本当に辞めるにしても、まずは人類盟主国である皇国の王の元へお伺いをですね――」


「あの妖怪に挨拶する必要ない。皇国側にはしばらくユーファが眼を覚ました事は黙っておいて」


 そのまま立ち去ろうとしたユーファリアの背に、臣下の一人が俯き加減で重々しく言葉を投げた。


「……ユーファリア様。恐れながら、ゆめゆめ後悔なさりませんように。妖精エルフ王は激怒なさる事でしょう」


 歩みが止まり、彼女の小さな身体が震える。


 種族を代表する英雄たるユーファリアが明確に怯えを見せた。それだけ、父である妖精エルフ王は彼女にとってのトラウマなのだ。


 しかし、振り返った姫君は瞳を見開きながら、


「……王に伝えて。ユーファはもう子供じゃない。なんでもかんでも、支配できると思わないで」


「「……ッ」」

 

 瞬間、小さな姫君の身体から凄まじい殺意の波動が放たれ、妖精族の戦士達は息をするのも忘れて硬直した。


(……アレン。。その為ならユーファ、悪い事いっぱいしちゃうと思う。だからもう一度会えたら、ユーファの事いっぱい叱って。いっぱい怒って)


 光を失った瞳で頬を紅潮させながら、ユーファリアは身長に反して豊満な自らの胸を抱きしめた。

 

 想像すると身体がぶるりと震えてしまう。


 アレン・ノーシュに叱られて、躾と称されて様々なところを虐められる自分の姿を。


 妖精族の王女にして魔法の大天才はドMだった。【黒曜の騎士】にだけ。

 その他大勢にはドSである。

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